Ⅰ 旅立ち― ⅷ
「今ので喉渇いたろ? ほら」
荷台に乗り込んだハーシェルに、ふくよかな女が飲み物を差し出す。それをお礼ついでに笑顔で受け取り、一気に飲み干した。
「あんたがいてくれてホント助かったよ。レイニーなんか、あんたに見とれて声も出ないでいたんだよ」
「それは光栄だ」
世話焼きのお節介に、それ以上は不要と含んだ一言を返して会話を切り上げる。
必要以上の関わりは持たないよう、特に女性たちとは距離を置いていた。だが、ハーシェルの放つほかの男たちにはない雰囲気に、若い女たちからは色目を送られることも多い。
今までに経験のなかったそれらを、さらりと無視してやり過ごすのがハーシェルには面倒で、苦痛すら感じることだった。今になって、女に追いかけられてうんざりした顔をしていた、友人たちの心境がわかる。
息が整うと、動いている荷台から飛び降り、すぐさま愛馬に跨る。いつまでも荷台にいると、ほかの荷台から女が移って来たりもして、また面倒だからだ。
レジエントまではもうすぐで、ハーシェルはいささかのんびりとした気分で旅を満喫していた。
王宮では、同じ年頃の貴族とは仲良くしていた。中でも特に気が合ったのは、セルシア騎士団に志願した四人だった。
セルシア院の騎士団は家柄ではなく、個人の能力で以て組織されている。努力次第で取り立てられることもあることから、腕の立つ騎士が揃っていた。世間的には世界で最強の騎士団との評価もされている。
彼らは貴族で、家督を継ぐ立場の者もいたが、王統院の風紀を嫌ってセルシア騎士団へと志願したのだ。そうなると当然、ハーシェルもそこに出入りするようになる。そしてついでに鍛えられたのだ。
いつしか彼らは、まだ役職も与えられていないにもかかわらず、その強さで騎士団の中で有名になった。賊の取り締まりなどにおいてはその功績も著しく、市井においては彼らの容姿も相俟って、絶大なる人気を得るに至っている。
ハーシェルも、実はこっそり紛れて行っては賊の討伐に参加をし、帰って来ては当時の団長に胸ぐらを掴まれて叱られたものだ。そして今、友のうち二人は騎士団の長官を務め、一人は先日、異例の若さで団長に就任した。