Ⅵ 凱旋ーⅸ
夜になり、ハーシェルは男爵の屋敷へと行く。自分にこんな日が来ようとは夢にも思わなかったが、ユリゼラには王妃としての資質は十分にある。己の気持ちの上でも、手放せない女性だ。
「これは、ダリ殿」
部屋に入ると暖炉の傍にいた男爵が振り向き、続いてしゃがんでいたもう一人が立ち上がって。
お互いに絶句した。
「──殿下?」
「ラザロス……?」
ややあって、恐る恐る口にした言葉に、ラザロスが動いた。
「やはりハーシェル殿下! ご無事で良かった! 王宮は混乱していると聞いています。なぜこちらに?」
ハーシェルの目前まで来ると片膝をつき、ハーシェルの顔を見上げる。人懐こい笑みは、記憶から引き出された十年前のままだ。
「とりあえず、立ってくれないか。いろいろと、話をしたいんだ」
ハーシェルが促したところにユリゼラが入ってきて、目を丸くする。
「お兄様……いつ、お戻りでしたの?」
「つい先程な。母上が父上の様子を見て来いとうるさくて」
立ち上がりながら答え、久しぶりに会う妹を抱擁する。
「お前、身長伸びなかったなあ」
「ご挨拶ですわね」
そんなやりとりを見ていた男爵が、首を傾げた。
「ラザロス?」
「父上。殿下がおいでだとなぜ教えてくれなかったのです」
「殿下?」
いまひとつ話が飲み込めない父に、ラザロスが首を傾げる。
どう橋を渡そうかと言葉を探しているユリゼラに、ハーシェルは自分の撒いた種だと、口火を切った。
「ロムニア男爵、申し訳ない。私の本当の名はハーシェル・ハリア=レア・ミネルウァ。界王ナルセルの末子として、王族の末席を汚している」
そうして頭を下げたハーシェルの言葉に、「ハーシェル……王子」と男爵は復唱し。
「ハーシェル殿下?!」
と三歩、うしろによろめいた。それをラザロスが受け止める。
「ああ……だからか。どこかで見たようなとは、話していたんだが……」
額に手を当て、丸く見開いた目でハーシェルを見上げ、よろよろと膝をつこうとするのを、ハーシェルが制する。
「事情があり、名を偽ったのは私です。そして今日は、お暇と……お願いがあって、参りました」
真剣な表情のハーシェルに、ラザロスが不安そうに問う。
「話、とは……?」
暖炉のほかに明かりはなく、炎がゆらゆらとハーシェルの視界で揺れる。




