Ⅴ ハーシェルーⅹⅷ
「クレイセスは、あまりの変化の速さを訝しんでいた。伯父上の側近や使用人、献上されたものまで、調べていたんだ。結論はまだ知らされていないがな」
「推測されることが、あるのか?」
「ああ。クロシェが言っていた。ひょっとすると、今のこの事態は、フィルセインの自作自演ではないかと」
「な……に?」
「わたしはよく知らないが、フィルセインはずいぶんな野心家らしいな? 今の王の血筋が絶えれば、一番近いのは自分だという自負があるらしく、酔えばよく『自分が王だったならば』という仮定の話をしていたそうだ」
「しかし、それだけでは」
結論が飛躍しすぎだ。
「それだけじゃない。フィルセインの領内では、怪しい薬が横行している。飲めば気持ちが高揚するそうだが、やがてそれがなくては動けなくなるほどの中毒性を持っているという。その禁断症状というのが、伯父上の状態と酷似しているんだ」
サンドラの言葉に、ハーシェルは「そうか」と立ち上がった。
「そう考えれば、父の奇行も、ミレイア叔母上にまで手が及んだことも、納得がいくな」
ハーシェルは、皇太子であった兄を降ろしたのは父の勅命だったかもしれないが、殺害にまでは及ばなかったはずだと考えていた。すでに王位継承権を放棄して降嫁した姉や、サンドラの母まで殺害するなど、「現王」の血筋を執拗に絶やそうとしていることからしても、フィルセインが、自分の血統の正当性を謳うためだとするならば、現状を引き起こした一連のことに、納得もいく。
「テラ様は? クレイセスもお前も、刺客は来なかったのか」
「来たさ。生かして捕えるまではしたんだ。しかし、黒幕を吐く前に、自害した。テラ様と、あとエリゼル殿下のお子たちは、セルシア騎士団の兵舎にお移りいただいて、警護している」
「そうか……」
自分がうかうかしている間に、彼らは、やるべきことをやってくれていた。
「礼を言う」
「それは、何に対してだ?」
サンドラの問いに、ハーシェルは笑った。
「全部だ。俺に時間をくれたことも、お前たちが死なないでいてくれたことも、残っている者たちを庇護してくれたことも」
言って、ハーシェルは夜空を見上げて宣言した。
「俺は、王になるよ」
「ハーシェル……」
正直、民や世界のことなど、大きすぎてわからない。けれど、兄弟のように思える仲間たちや、尊敬する叔母や稚い姪は、ハーシェルが守りたい者たちだ。彼らを守りたいのなら、この現状を終わらせなくてはならない。
ならば、自分は王になる。
「手を、貸してくれ」
「もちろんだ」
力強く頷いたサンドラが差し出した拳に、ハーシェルは拳を合わせた。




