Ⅴ ハーシェルーⅳ
ぼうっとしていたハーシェルは、小声でそう呼ばれてはっと顔を上げる。
「シンか。ここではダリと呼んでくれ」
気が付くといつの間にか、警備強化のためにと置いていかれた、ハーシェルにとっても馴染みのある顔が、相変わらず愛想のない顔で立っていた。
「本当に似合わぬ名をつけたな」
彼はサンドラの腹心の部下で、槍術と馬術が突出している騎士だ。しかし友と同じく、情緒が足りない。ぬけぬけと気にしていることを言い放つ。
「お前ね……サンドラもそうだけど、もう少し気遣いとかさ……」
「してほしかったら王子としての責務を果たしにお戻りください」
慇懃ながら単刀直入にもほどのある物言いに、ハーシェルは怒る気も呆れる気も半々に、とりあえず腹に一発と拳を放つが、あっさりと躱される。
「ガゼル様もサンドラ様も、お優しいので直截には仰らないでしょうが」
「俺が戻らずとも、兄上たちが何とかなさる」
「本気で、そう思っているのか」
「思っている」
ハーシェルの答えに、シンは奇妙な表情をした。
「長官たちは、本当に何も言わなかったんだな」
「何もとは、なんだ」
「皆、殺されたと、今朝方連絡があった」
シンの言葉に、ハーシェルは言葉を失くした。頭の中が白くなり、何も考えられなくなる。
「皆、とは……」
「エリゼル殿下が殺されたのは承知してるな? ブライス殿下も、ミューテル殿下もだ。セルシア院の騎士隊が、遺体を確認した。……姉姫のシェリル殿下も、毒を盛られて身罷られたと」
「!」
言葉を失ったハーシェルに、シンは続ける。
「長官は、この一件が片付いた時に正式に話すと言っていた。長官たちも、殿下たちとは親しくしておいでだったからな。お前が受ける傷を考えて、黙っておられたのだと思う」
「そんなこと……!」
気遣いで、黙っていていいことではないと叫ぼうとしたハーシェルを、シンは遮った。
「お前が立つことを信じているからだ」




