Ⅱ レジエントーxⅵ
しんみりとした声音で答えるユリゼラに、男爵はなんとはない気持ちを察する。恋、未満ではあるだろうが、ほのかに抱き始めた想いがあるのだろうことを。
「彼とは、どんな話を?」
「旅の間のお話を。フィルセイン公爵の動きについても話題になれば話してくれました。以前、王都にいたことはおありのようです」
「そうか。謎の多いことだな。そのときは何を?」
「旅の間も護衛をしていたそうですが、王都でも要人の警護などを請け負ったりもしていたと」
「では、誰かの警護をしていたときに見かけたのかな、私は」
「でも、それでは私が『見たことがある』理由はわかりませんわ。王都に行ったことはありませんし。けれど、気の所為だったのかしら」
「どうかな。お前の記憶力は、ずいぶんと確かだから。きっとどこかで彼を『見て』いるんだと思うけどね。もしも思い出したら、彼の素性が少しはわかるかもしれないな」
ユリゼラは微笑み、そこに夫人が扉を叩く。
「あなた。今夜にでも、長官がこちらに着くそうよ」
「そうか。長官のお名前は」
「ドゥミス長官と、副官の方とのことですけど」
「そうか。明日にでも、ご挨拶に伺おう。若くして長官職に就かれた実力者だよ。お前たちも名前くらいは聞いたことがあるだろう」
「ええ。それにアリアロス騎士団長とジェラルド長官、レフレヴィー隊長の四人で、とても見目麗しくて確かな腕をお持ちだと、よく巷の話題になっていますわね。御前試合でも、治安維持の面でも」
夫人の答えに、男爵は頷く。
「それから、ダリが今夜は抜けても構わないかと」
「ああ……ユリゼラも臥せっているし、屋敷の警護も今日からは騎士が派遣されている。彼もずっとここにいるのは退屈だろうからね。構わないよ」
「ではそう伝えましょう」
そう言い、ユリゼラの額に手を伸ばす。
「昨日ほどではないけれど、まだ熱いわね。時間になったらきちんとお薬を飲むこと。私は少し出かけてくるわ」
「はい、お母様。行ってらっしゃい」
ユリゼラの頬に口づけ、夫人が出ていく。慈善事業として孤児の教育に力を入れており、週に一度、必ずそこを訪れていた。
「ひょっとして……長官か副官か、お知り合いなのかしら」
ふと思って口にしたユリゼラに、男爵が笑う。
「セルシア院の長官といえば、雲の上の人々だ。要人の警護をしていたといっても、おいそれと会える人物たちでもないことだし、懇意になることも難しいと思うがなあ」
「そうですわね」
まだ熱の下がらない赤い顔でそういうユリゼラに、男爵も笑った。




