Ⅱ レジエントーxⅴ
彼は、ユリゼラのことをやや距離を置いた場所から守っていた。余計な口は利かないし、どこかで傭兵としての経験があるのだろうと推測された。
「でも、どこで見たのか、思い出せなくて。お父様がお会いになったってことは、本当は貴族で、身分を隠しておいでなのかしら」
「うーん……そうかもしれないな。彼の態度が不思議と気にならないのも、それならわかる」
本人は無意識なのだろうが、美しく伸びた姿勢と、怯えたことなどないようなまなざしは、時に男爵を自然と畏縮させる。
ユリゼラは、「野生の狼のようですわね」などと彼の鋭く射抜くようなまなざしと、孤高の雰囲気を評していた。
「それに、使用人たちにも大人気」
「そうだな。この辺りでは見ないほどの美丈夫だしな。性格も実直だし、あの腕前だし、素性さえしっかりしているならお前を嫁がせたいくらいだ」
「まあ、お父様ったら。未来ある方に、私などを押し付けてはだめよ」
くすっと笑ったユリゼラだったが、いつもと違って少し寂しげに映る。
「お前も、彼を好ましく思っているだろう?」
「気持ちの良い方ですもの。彼を嫌う理由などないでしょう?」
ダリは朝は自分の部屋で軽食を摂り、ゼタと一緒にひとっ走りしているようだという。ユリゼラが臥せっているときなどは自分も部屋にいるようだし、書斎で本を読んでいることもあった。
話してみると教養も高く、バイオリンの腕もある。苦手だと言いながらも、ピアノの腕前も素晴らしいものだった。政治の話も、中央の経済の話もそこそこ知っているし、何より治安の面でのことには精通しているといっていいほどだ。
「セルシア院に、身を置いていた方なのかしら。でも、騎士章をお持ちではないようだし」
騎士章は、その強さと誇りを示すものだ。王立騎士団、セルシア騎士団、貴族の私設騎士隊や、地方院でも取得は出来る。中でも最も取得が難しいとされているのは、セルシア騎士団の騎士章だ。
彼がセルシア院に属していたなら、治安を預かる職に就いていたとも考えられる。しかし、あれほどの腕前でありながら騎士章を持ちえないとなると、院の者でもないのだろう。侵入した賊はゆうべのうちにセルシア院に引き渡したが、「これを倒せるなんて」と、現役の騎士たちが感嘆の声をあげたほどなのに。
「ルイが、ダリの部屋には常にいろいろな場所の地図が散乱していると言っていた。次の目的地を探しているのかもしれないが、彼がいなくなると、淋しくなるな」
「そうですわね……」