Ⅱ レジエントーⅳ
「旅を、なさっているお医者さま、なのですか? ずいぶんと、手馴れておいでですのね」
「医者ではないが……こういったことは簡単には教わった。どのあたりから落ちたんだ? 靴を探してくる」
「いえ……まだうろついているかもしれませんし」
「うろついてる? 何がだ」
「盗賊です。ここは治安の良いところでしたが、つい最近、盗賊が現れたのです。先程も追われて……」
「それから逃げ切れたのか? 意外にやるな」
「供と二人でしたから、森に逃げればなんとかなるかと……ですが先日の雨で地面が緩んでいて。身を隠したまでは良かったのですが、木と一緒に滑り落ちてしまいました」
言われてよく見ると、ドレスは泥だらけだ。彼女の顔にも少しだけ泥がついていて、ハーシェルは手の甲でくいっとそれを拭う。すると彼女の顔が瞬時に真っ赤になり、ハーシェルは驚いた。どうやら対応を間違えたことを悟り、謝罪を口にする。
「ああ……すまなかった」
「いえ……っ」
うつむいた彼女に、ハーシェルはどうすればいいかわからず、とりあえず口を開いた。
「家まで送ろう。道を案内してくれないか。俺はこの土地に着いたばかりで、よく知らないんだ」
「は、はい」
キラキラした琥珀色の瞳が、真っ直ぐにハーシェルを見て返事をする。ハーシェルは微笑むと、彼女を抱き上げてゼタに乗せた。
「綺麗な馬ですね……よく手入れがされていて。速く走れそうだわ」
ゼタの首筋を撫で、ようやく笑みを見せた彼女に、ハーシェルはほっとした。
「ああ。乗馬の経験があるのか。ならいい。どっちに進んでいけばいい?」
「上流に向かって進んでください。少し入ったところに整備された道がありますから」
「わかった」
指をさされたとおりに行くと、細いが川に沿って整備された道があり、ハーシェルは手綱を引いて上流に向かって歩いて行く。夕暮れの森を早足で歩きながら、ハーシェルはつけ狙う気配を感じていた。
(三人……いや、あっちにも二人)
五人。一人なら何の気兼ねもないが、動けない彼女を連れてとなると。
(一気に抜けるのが早いな)
「悪いが、急いでここを抜ける。少し無礼を許せ」
「は、はい!」
彼女のうしろに乗り、手綱を操る。ゼタを走らせ、ハーシェルは道を駆け抜けた。
「次はどっちだ?」
「あの城へ!」
見えてきた城を目がけて街道をひた走る。風を切る音がして、ハーシェルはうしろから来た矢を剣を抜いて叩き落とした。
舌打ちすると、ハーシェルは迫ってきている騎馬の相手をすべく剣を構える。
「怖ければ目を閉じてるんだ。手綱をしっかり握っていろ」
迫ってくる盗賊らしき男の剣をハーシェルは受け止め、躊躇せず脇腹を貫く。落馬したその向うからもう一騎が来て、ハーシェルは三度刃を受け止めると、ニヤリと笑った。
「騎士崩れだな、お前たち。何を狙っている?」
この姫か、自分か。




