Ⅰ 旅立ち― ⅸ
「ふうん……レジエントには初めて行くんだが、そんなに穏やかな場所なのか」
「ああ。なんていうか、時間がゆっくり流れてる場所っていうか……街も整備されてて、すげえ住みやすそうだ。流れの商人だったのが、あそこで腰を落ち着けるヤツも多い。ちょっと郊外に行けば、畑や森が広がる。だから農作物も木材も豊富だしな、冬に困らない。なんたって街自体がさ、洒落てんだ。どこを見ても絵になるっつーか」
「へえ。王都より整ってるのか」
「ある意味じゃあな。まあ、着いてからのお楽しみだ。きっと気に入るぜ。そうそう。お前も知ってると思うが、あそこには五人の姫さんがいる。どれも美人なんだけど、末の姫さんがめちゃめちゃ美人て噂だ」
「ああ、聞いたことある」
「一度でいいからお目にかかってみてーよなあ。雪を欺く白い肌に波打つ黄金の髪、麗しい果実のような唇に琥珀の瞳。吟遊詩人が謳うくらいだからさ」
話題が逸れて安心したものの、レジエントに逃げ込んだ貴族というのが一体誰なのか、本当は問い詰めてみたいところではあった。
セルシア騎士団に在籍する以上、まさか彼らが追われたりはするまいが……
「逃げ込んだ貴族ってのも、案外末の姫が目当てだったりしてな」
「そうかもな」
ははっと笑い、話が終わる。
ハーシェルの耳にも、深窓の令嬢・ユリゼラの話は届いていた。その類い稀なる美貌に、一目でも垣間見た貴族は骨抜きにされるとか。ハーシェルは、そんな魔性なんぞ傍に置いたら身が保たん、と思ったものだ。当の男爵自体も王宮に参じることはほとんどなく、ハーシェルには記憶がない。ほとんど来ないとはいっても、数年に一度くらいは報告や式典への参列にと、城に出入りはしているはずで、ハーシェルも会っているに違いないのだが。
ゆっくりと流れる景色はやがて、単調な森の景色から人の往来がある街道へと姿を変え、一行はその中を進んで行った。
「明日には、レジエントに着きそうだな」
最初に声をかけてきたこの商隊の主、マルヴィンが、ハーシェルの隣に馬を寄せて言った。
「ああ、そのようだな。何事もなさそうで、何よりだ」
「それはお前のおかげだ、ダリ。俺たちにもう少し付き合うつもりはないか?」
「レジエントは安全なんだろう? だったら、俺の腕はもうお役御免だ」




