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 セレモニーホールからワンブロックほど離れた児童公園のベンチにて。スマホで数分間誰かと話していた除霊師は、ふいに通話を終了させ、言った。

「“アストラル局”に問い合わせてみた。つい昨日、担当の成仏推奨カウンセラーから成仏済みの報告があったそうだ。だから、彼女の霊は既に現世にはいない」

 その報告に、わたしは胸を撫で下ろしすぎて全身が溶けたかと思った。

 少しの間安堵を噛み締めた後、確認のために彼に問う。

「じゃあ……里穂ちゃんは、怨霊になったりせず、ちゃんと向こうに行けたんですね?」

「うん。それについては僕が保証する」

 何だか珍しく彼が頼もしく思えた。

 わたしは目一杯息を貯めて、すぐに吐き出す。

「…………そっか、良かったぁ……いえ、良くはないんですけど……」

 彼女が死んでしまったことに変わりはないのだから。

 だが、それでも一番最悪の可能性を回避していたのは不幸中の幸いと言っても良いはずで。

 そして、それが確認できたのなら、わたしも次のことに意識を向けなくてはならない。

「除霊師さん」わたしは彼に呼びかける。「彼女のことは残念です。でも、だからこそ……決めました。わたし、絶対に成仏して見せます。自殺もしないし、絶望に負けて怨霊になったりもしません。きちんと成仏して、向こうで彼女と会います」

 わたしにしてはかなり頑張って、素直な気持ちを言い切ったつもりだった。

 だがそこに来て、脳裏に湯ノ沢先生から聞いた断片的な知識が過り、明らかな懸念を生んだ。だからわたしはそれを加味した上で、再び言葉を継ぐことになった。

「……でも、成仏の後には所謂“転生”をしなくてはならず、それまでの期間は、四十九日しかないことも知っています。だから、それまでに……できるだけ早く、残りの未練を自覚して、消化して……彼女の元に行きたいんです!!」

 最後まで言うと、除霊師は感心したような、ちょっと気圧されたような顔になった。

 わたしは改めて彼の目を見つめる。

「協力、してくれませんか? 改めて」

 今度は、『殺してくれ』とかの無茶なものではなく、一方的でないお願いを、まっとうにしたつもりだった。

 既に成立した約束を、きちんとした形で上書きする儀式。

 想いが通じたのか、彼は快く微笑んでくれた。

「そっか……分かった。僕にできることなら、何でも手伝うよ」

「ありがとう……ございます」

 わたしはお礼を言うと同時に、ちょっとビックリしていた。

 除霊師の笑顔が、思わず甘えたくなってしまうほど頼もしく、思いの外素敵なものに見えたから。

 そんな顔をしてくれるとは思ってもいなかったので、わたしはちょっと彼のことを、ガチな意味で好きになりかけた。多分気のせいだろうけど。

 そして、そんな思いもあって心が緩んだからか、脳裏ではずっと引っ掛かっていた不安が顕在化してきていた。

 ──期間内に成仏したとして、彼女から拒まれたら、世話ないなぁ、と。

 もう彼女が成仏してるということは、この世に未練がなかったということだ。向こうにいる彼女にはわたしのことなどどうでも良いのかもしれない。

 何せわたしは、自殺をすることで彼女の気持ちを真っ向から裏切っているのだ。下手したら嫌われていたっておかしくない。

 ……と、そこまで考えると、今度はそれに反発する希望的な意見も浮かんでくる。

 そもそもを考えると『未練』という概念自体彼女に不釣り合いだ。過去に執着すること自体が里穂らしくない……という風にも思える。

 ひょっとしたら、わたしのことを信じて待っててくれてる……なんていうのは、さすがに希望的観測が過ぎるか。

 色々考えてみても、結論が得られるわけではなかった。

 まあ何にしても、まずは成仏してみないことには何も分からないし始まらないわけだ。

 わたしは再度、決意を固める。

 今度はわたしの方から、彼女の元に向かわなければならないのだ。




   ***


 除霊師宅の最寄り駅に着いた頃には暗くなり始めていた。

 季節が春とはいえ夜は冷える。幻肢痛的な錯覚かもしれないが、幽霊にも夜風は冷たく感じられるものらしい。

 二人で改札を抜けたところで、彼はふと思い付いたようにこんなことを言った。

「双葉さん、少し寄り道していきたいところがあるんだけど、良いかな?」

 それに対し、成仏を目指す意識高い浮遊霊と化していたわたしは脊髄反射でこう答えた。

「でもわたし、できるだけ早く成仏しなきゃ……」

 そこまで言って、さすがに発言が極端だと思い至る。

 彼も同意見だったようで、クスリと笑った。

「そんな、今日明日のうちにパパッとできるようなものじゃないでしょ。早く成仏したいんなら、気分転換も大事だからさ……ね?」

 他に断る理由がなかったので、わたしは従うことにした。


 そうして彼に連れていかれたのは、少し意外で、とても素敵な場所だった。




   ***


「凄い、こんなに星がよく見える場所、わたし初めて来ましたよ」

 そこは住宅街から外れ、林の中を十五分ほど歩いたところにある廃旅館の屋上だった。

 人工の光から隔絶され、上空には星空が丸裸にされたように露になっている。

「こんなザ・廃墟みたいな分かりにくい場所、よく知ってましたね?」

「昔、天体観測が趣味だった時期があってね。まだ仲違いする前、たまに葛葉と二人でここに来てたんだ」

「そうだったんですね。意外な一面」

「あいにく、今日は望遠鏡の類はないけど」

 除霊師が何故か、照れたようにそう付け加える。どうでも良いことだった。

「そんなのなくて良いですよ。普通に見ても十分奇麗なんですから」

 実際はここよりもよく星空が見えるちゃんとしたスポットなんて腐るほどあるんだろうけど、そもそもわたしは今まで星などというものを意識したことはなく、ほぼ初見に近い感覚だった。星明かりはとても新鮮で、お世辞とかじゃなく素直に綺麗だと思った。望遠鏡なんてなくても。

「確かにね。楽しいとき、悲しいとき、退屈なとき…………」うわこの人突然何か語りだした怖。「……いつ見てもその美しさに違いがないのが、星の良いところだ」

「除霊師さん、意外とロマンチックなんですね。普通にキモいです」

「その流れで罵倒するか!?」

 つい脊髄反射で罵倒してしまった。

 だってこの人わたしに似てるんだもん。

 彼は彼らしく、しどろもどろになって弁解のようなことを始める。

「……い、いや、その……原始的な感動っていうのは、余計な思考を伴わないからさ。良い気晴らしになるかと思って…………ね」

「キモさ加速してますよ」

「分かったよ黙るよ! 黙れば良いんだろ!?」

「嘘ですよ。冗談です。ほんの照れ隠しですって。わたしそういう性格じゃないですか」

「それ絶対自分で言うやつじゃないからな……」

 悲しげなツッコミが静かに星空へと吸い込まれていく。

「除霊師さんには、感謝してますよ」

「本当か?」

「ちゃんと、分かってますから」

 それからわたしたちはしばらく、無言で星灯りを鑑賞していた。

 わたしの胸は温もりで満ちている。それはいくつかの嬉しさの混合物だ。美しい景色が見えたこと。その体験を誰かに与えてもらえたこと、そして共有できたこと。

 こんなわたしを、誰か一人でも応援してくれているというのが分かったこと。

 除霊師の少年に感謝しているというのは本当のことだった。

 彼が今日連れ出してくれなければ、わたしはずっと、何も知らないままだったかもしれないのだから。

 でもきっと、彼みたいな人には、言わなきゃ伝わらない。

 ちゃんと、言葉を尽くさないと伝わらない。

「除霊師さん」

 だからわたしは、敢えて心地の良い静寂を破って口を開いた。

「ん?」

「今日は、ありが――」



 だが、その先を言うことは叶わなかった。

 突如として。

 屋上の壁と柵を登って現れたらしい、影のように黒く巨大な……トカゲのような化け物がわたしを丸呑みしたからだ。




   ***


「……は?

は??

はぁ????」


 現れたのは巨大なトカゲ型怨霊だった。体長は大人四人分くらい。大きく開かれた口とその上に縦向きに付いた一つ目以外に顔の部位はなく、全身が黒く塗りつぶされているようだった。鱗なども確認できない。星明かりに照らされていても、その表面には不気味なほど光沢がない。

 ソイツがとった行動。

 まず、細長い尾が、凄まじい速度──夕方の生首の怨霊とは比べ物にならない──で双葉さんの身体をかっさらい、そして、待ち構えていた本体の口へと投げ込み……飲み込んだ。

 それが起こってから完結するまで、ほんの一瞬だった。

 あまりに突然の出来事に、思考が混乱し混濁しぐちゃぐちゃになった。



 人が前を向けた瞬間に初めて立ち合った。自分がそれに少しでも貢献できたことが、きっと物凄く嬉しかった。

 調子に乗っていたのかもしれない。

 誇らしさに陶酔していたのかもしれない。

 こんな自分でも、誰かの役に立てるんだって……。

 馬鹿じゃないのか?

 警戒が足りていなかった。

 護衛のくせに。こんな人気のないところに連れ込んだりして。

 本当に最低だ。

 彼女は前を向いたのに、僕は何にも変われないままだ。

 僕はトカゲ型怨霊を睨みつけ、得物のシースナイフを取り出した。

「お前らのせいだ……」

 ナイフの刃に霊気を纏わせていく。

「あの時と同じだ。いつだってお前らは、容赦なく奪っていく……!」

 誰かのせいにしたい。

 誰かのせいであればどれだけ良いか。

 胃に滴り続けていた黒い感情が閾値を越えたのか、口から絶叫の形を取って抜けていく。

 刃を振りかざす――そして。



 怒りと恐怖と混乱の中、僕は考える。

 誰かの助けになることができた。そんなささやかな陶酔すら、過去からの逃避の一環だったのではないのだろうか、と。だって、僕自身はまだ何も成していないのに。僕の問題は何も進展していないのに。そのくせ良い気になって。

 二人で目的を共有しようなんて、それらしいことを言って。彼女の弱さに依存して。

 彼女のためを思っていたとはとても思えない。

 だって現に、こうして彼女が危機に直面しているというのに。

 僕はあの時と同じで、手が震えてうまく戦えない。


 彼女に死んでほしくない――そう思っているはずなのに。



 やがて、僕より先にトカゲ型怨霊の尾が動き――直後、強い衝撃と共に僕の意識は暗転した。




   ***


 記憶の中を転がり落ちていき――やがて忌まわしい過去に到達した。

 三年前の、大規模怨霊集団との戦闘。数十年に一度あるかないかの非常事態で、除霊師という除霊師が動員された。まだ子どもだった僕や葛葉も例外ではなかった。

 そこはまさしく戦場で、行われているのは害獣駆除なんかではなく、正真正銘の戦争といって差し支えなかった。

 敵の攻撃が一度行われるたびに十人規模の味方が引き裂かれ、体液と臓物をほとばしらせながら絶命していった。

 近くに居た人の血やゲロが僕の顔に何度もかかり、生暖かさと気化熱による冷気が交互に訪れたのをよく覚えている。

 地獄の風景を前に、僕はクソ小便を垂れ流し、泣きじゃくりながら内心で後悔していた。

  除霊師になんてなるんじゃなかった。僕は隣で果敢に戦う妹や両親とは違い、周りに流されるように、ただ何となくこの場に居るだけだったのだ。

 それでも戦場にいる以上、僕は機械的に得物を振るい、必死に前に進むしかなかった。

 だが、いずれ限界が訪れた。

 その時。

 目の前で負傷した両親が、怨霊に食われていた。

 残酷なのは、それが当時の僕の力では敵わないこともないくらいの相手だったことだ。

 さらに残酷だったのは、両親はその時まだ生きていたということだ。

 それでも僕は身動きが取れなくなっていた。

 あの光景を前に、何かの線が切れてしまったかのように。

 それ以上、ほんの少しも戦うことはできなかった。

 僕はあたりを見まわし、必死に探した──戦わなくても良い理由を。

 それはすぐに見つかった。妹の葛葉だ。足を負傷していて、こちらは物理的な意味で身動きが取れなくなっていたのだ。

 “しめた”――ハッキリとそう思った。

 その時の僕には、妹の命なんて本気でどうでも良かった。ただ、逃げる口実ができたのが嬉しかった。



 数分後、僕は負傷した葛葉を背中におぶって、戦線の逆方向に全力疾走していた。

「兄さん、戻って! お父さんとお母さんが死んじゃう!」

 背中でそんな悲痛な声がしても、僕の足は止まらない。

「も、もう無理だ……手遅れだ……」

「どうして逃げたりしたの!? 兄さんの力だったら……」

 それでも、声は僕の背中に容赦なく突き刺さる。当然痛みはあった。

「し、仕方なかったんだ……」

 僕は足を動かしながら、必死に言い訳を口の中で転がしていた。

「僕だって万全の状態じゃないし、樟葉も怪我してる……あのまま戦ってたら、樟葉まで死んでたかもしれない……!」

「嘘でしょ……何よ、それ……?」

 妹の声の質が、明らかに変化した。

「わたしを、理由にするの……?」

 振り返らずとも分かった。

 どす黒い軽蔑の眼差しが、容赦なく僕の背中を射貫いていることを。

 もう何も言い返すことはできなかった。



 夢の時系列は飛び、それから数ヵ月後。

 その時の僕はまだ楚谷の本家に居た。

 『異動要請──成仏推奨カウンセラー補佐、兼、臨時浮遊霊護衛員』と書かれた書類を手にしており、傍らには葛葉がいて、蔑むような視線をくれていた。

「事実上の戦力外通告みたいなものよ、それ」

「……分かってる」

 俯いたまま、僕は力なく答える。

「じゃあ、わたしはあなたにもう関係ない、除霊師の仕事があるからこれで失礼するわ」

 葛葉が冷たく告げ、その場を立ち去ろうとする。

「待って、」

 それを僕は引き留める――具体的な理由があるわけじゃなかった。

「何?」

「樟葉も、除霊師なんてもうやめたらどうだ?」

 口をついて出たのはそんな言葉。即興で考えた台詞だが、内容は一応、本心のつもりだった。

「一応訊くけど、何故?」

 葛葉が目つきをより一層険しくして問うてくる。

「危険な仕事だからだよ。君に危ない目に遭ってほしくないんだ」

 僕はそれでも、真剣に説いたつもりだった──しかし。

「……嘘つき」

「え?」

「わたしが死んたとき、罪悪感に溺れるのが怖いだけでしょ」

 一際冷たい口調で、そんな胸をえぐるような言葉を浴びせられ、一瞬目の前が霞んだような気がした。

「ち、違うよ! ぼくは──」

 僕は必死で否定する。

 そんなんじゃないんだ。

 自分が一番可愛いだなんて、そんなこと思ってる人間じゃないはずなんだ。君のことが一番大切なはずなんだ。

 でも不思議なことに、時々、そうじゃなくなることがある。

 恐怖を前にすると、僕は僕じゃいられなくなる。

 それがたまらなく嫌で、僕は自分自身から目を逸らしてしまう。

「安心して。わたしはあなたみたいな、怨霊が怖くて戦えなくなったような人とは違うから。そう簡単に負けない」

「く、樟葉……」

 僕はこれでも葛葉のことが好きだ。

 本当なら、兄として胸を張って君の隣にいたい。

「あなたはいつも逃げてばかり。自分の感情からも、目の前の現実からも……」

 それができない自分が嫌で、受け入れられなくて、僕はきっと、より一層逃げ続けてしまうんだ。




   ***


 悪夢から目を覚ますと、何故か目の前に見知った顔があった。

「あ、目覚めた?」

「湯ノ沢先生……? どうして……」

 訊きながら、芝生に横になっていた上半身を起こした。全身に打撲したときのような鈍痛がこびりついているようだった。

「実はわたしんちこの近くなんだ。危ないところだったね。わたしが偶然、気まぐれに星なんか見に来ていなかったら、君もアレに食われてたよ」

 彼女の言葉で、気絶する前の記憶が濁流のように、脳裏に蘇った。即座に緊張が走り、毛穴から脂汗が滲む。

「ふ、双葉さんは……?」

「君も見てたでしょ? あのトカゲみたいなやつに丸飲みにされた」

「その怨霊はどこに……」

「逃げたよ。一応、霊気から位置はマーキングしてるけど」

 そう言って湯ノ沢先生は、携帯端末のようなものを差し出してきた。画面には地図と移動する逆三角形が表示されている。

 数秒間かけて現状を整理すると、頭が急激にパニックになった。

「…………み、見捨てたんですか!? 双葉さんを……!」

 胃に沈殿していた黒いものが限界に達して、あり得ない言葉が喉から飛び出してきた。

 湯ノ沢先生の表情が、露骨に歪む。

 ――いつだって誰かのせいにしたかった。

 ――いつだって誰かのせいにしてきた。

 ――自分にとって都合の悪い物事がすべて自分以外の誰かのせいならどれだけ良いか……

「は? 人聞き悪いこと言わないでよ。わたし戦闘なんか専門じゃないし、追っ払うので精いっぱいだったんだから。第一他人に命張る義理ないし」

 当然の反論が浴びせられ、僕はみっともなく狼狽する。

「す、すみません……その、今のは動揺しててつい……」

 いつだって言い訳ばかりしてきた。

 両親のときもそうだった。人の命が絡んでいる局面でさえ、思考より先に建前が口をついて出る。

「うん。……そういうインスタントな反省ウザいから良いよ」

 先生からは、冷たく、突き放すようなことを言われてしまう──当然だ。

「え、えっと……」気まずい思いをしながらも、僕はどうにか口を開く。「あれから、何分経ちましたか……?」

 取り敢えず、必要な情報を得なければならないことにようやく思い至ったのだ。脳をそちらの方向に切り替えていく。

「まだ五分も経ってない。あの子が怨霊に消化されるまでは、まだ時間がかかるだろうね」

「応援を要請する時間は……」

「んー……一応“アストラル局”に通報したけど、なんか他でも捕食事件起きてるらしくてね。多分、連中が着く前ににあの子はどろどろになってるよ」

「クソッ……!」

 僕は悪態をつき、思わず歯を食いしばる。

 何でよりによってこのタイミングなんだ!? 大体何のための怨霊警邏隊なんだよ肝心なとき役に立たないなら意味ないだろもっと人員増やすなり何なりしろよ――他人への不満が溢れ出しそうになる。

 ……違うだろ。今そんなこと考えたって仕方ないだろ。

 大体、僕だって連中と同じ除霊師じゃないか。

 今回双葉さんを守れなかったのは、誰の責任だ?

「ねえ、どうするの? 黙って考え込んでたって何も進展しないでしょ?」

 ――いつだって誰かのせいにしたかった。

 ――いつだって誰かのせいにしてきた。

 ――自分にとって都合の悪い物事がすべて自分以外の誰かのせいならどれだけ良いか……

「まあ、わたしはどっちでも良いけどね。一応、これは渡しておくよ」

 湯ノ沢先生が、デバイスを差し出してくる。

「逆三角のマークが、双葉ちゃんを丸呑みした怨霊ね。しっぽ以外の動きは遅いみたいだし、走れば追いつけないこともないんじゃない?」

 “僕のせいじゃない”――願望は無意識に思い込みにすり替わる。

 いつだって目の前のことから目をそらして、恣意的な鈍感さに依存して、自分の人生から逃げてきた。

 でも、きっとそれは正しくない。

 認めよう――これは僕の責任だ。

 僕が自分の意志でやらなきゃいけないことなんだ。

 僕はデバイスを受け取り、立ち上がった。

「……行くの?」

 自分に責任を負えるのは、きっと自分だけ。

 いつだって、事態に直面しているのは自分自身なんだ。

「……もちろん」

 だったら、きちんと自分の足で進むしかない。

「ここでまた逃げたら、今度こそ僕は本当に、“終わって”しまう」

 僕は走り出す。


 ――それに……約束したんだ。

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