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日常系、時勢・時事問題のエッセイシリーズ

有馬温泉に対する有馬源泉とゆっくり動画の商標権問題は同一ではないので勘違いしないように

 令和4年5月15日。

 突如Twitterトレンドに入ってきた文言を見た筆者は「これは一体何の陰謀で何がしたくてこういうことをしたのか?」と首を傾げた。


 一見すると「SofTalk(通称:ゆっくり)」を活用した動画を投稿する製作者をけん制し、混乱に陥れようとしているように見えて、実際には「所属事務所ごと一部のYoutuber」を陥れようとしているように見えたからだ。


 人の本心なんてものはわからないものなので、商標登録した当人が何を目的として今回のような行動を起こしたかはわからない。


 ただ、私からすると長期的視野で見た場合に本件でダメージを受けるのは著名Youtuberが所属する事務所的な会社組織であり、さらに言えば有るのか無いのかもわからないYoutuber全体のイメージ低下も生じるのではないかという点については一言添えておいてもいいような気がした。


 さて、本件の問題についてであるが、先に結論を述べておく。

 これまで"投稿していた投稿者"、そして"これから動画を投稿したい"と考える人達に向けては下記の行動を行っても何ら問題ないと言っておこう。


 それらを下記に箇条書きにする。


 1.「ゆっくり」「ゆっくり実況」「ゆっくり解説」「ゆっくり劇場」などといった"題名"とする、または"台詞"や動画内での"表示"など、使用を行った動画の投稿や、その動画へのハッシュタグの使用、その他の関連行為

 2.「SofTalk」を「ゆっくり」などと通称する行為

 3.よく見る饅頭絵アイコンを用いた「SofTalk」等を使用した解説動画を作り、それらを公開する行為(著作権法的に許諾を得ている、あるいは許諾がなされているのであれば)

 4.該当商標について業として使用しない範囲での商標利用


 これらは各種法律から考慮して全く問題ない。


 他方、商標をそのまま使用した場合は商標権侵害を問われる可能性があるので注意。

 該当商標そのものに効力があれば……だが、それは後述する。


 では上記4点について順を追って説明していこう。


 まず「1.」及び「2.」についてだが、これは商標法第26条の「商標権の効力が及ばない範囲」に十分該当するため、問題ないと言っていい。


 ちょっと検索しただけでもこれらの投稿動画数、ハッシュタグの登録数等は各種投稿サイトを早計すると軽く10万単位となっており、一般的に「普通名称(あるいは慣用名称)」と呼ばれる範囲となる。


 上記はあくまで題名やハッシュタグ等を簡単に調べただけだが、恐らく台詞や歌詞その他で利用されていることを考えるともっと利用されていると言っていい。


 商標法第26条では、仮に登録された商標が普通名称と類似する場合、それらに向けては商標の効力が及ばないと定義される。


 もともと商標というのはその標章の独立性を担保し、独占権を付与するものだが、独占権の性格上、極めて強い拘束力が及ぶため、第三者に強い影響を及ぼす場合は登録することが出来ないものであるのだが……


 ゆえに自身の商標が仮に登録されたとしても、普通名称と化すほど普遍的に活用されるモノと類似していた場合、その効力は及ばない事になっている。


 それだけではなく、26条の法解釈の原則論では、そもそもが自身の商標そのものが「普通名称」と化してしまった場合は、登録商標という事実があっても当該商標は形骸化し、登録されただけの普通名称ということで何ら効力の生じえない10年に1度更新費用がかかるだけ不良債権と化す。


 この26条の範囲内とされた普通名称化された商標に関しては商品の表示等において信用棄損等が生じた場合に罰することが出来る不正競争防止法なども効力を生じなくなるとされ、商標権者というのはともかくこれを防ぐためにあの手この手で活動しなければならない。


 だが、そういうことが可能なのは法人かつ大規模な組織ぐらいであり、個人ではまず無理な話である。


 "本件について一言言えるなら、叩き潰したいというならば「業として使用するという範囲外」で、とにかく使いに使って26条の範囲内に落とし込めばいいだけの話だ"。(すでにそのような流れになっているようだが)


 普通名称かどうかにおいては「業としての使用されてきたかどうか」などは前提とされていないので、皆様が業としての使用範囲外……つまり、個人的に使用したり研究用等で使用しても「普通名称化」は生じうる。


 無効審判を行おうなんて話もあるそうだが、私からしたらそんなのに労力を使う必要性があるのかと言いたい。


 いや確かに商標無効審判を提起しうる事由はいくつかありそうだが、そんなくだらない事せずとも商標法に抵触しない範囲で使い潰せばいいのである。


 正直言って上記の話はwikipediaにおいても「商標の普通名称化」としてまとめられているので、今更ここで詳細について論じる必要性すらないと思う。


 気になる方は見てみればいいが、本件もそうであるというだけだ。


 正直、割と大したこと無い話なのでエッセイを書く必要性も無いと思ったのだが、Twitter等を見ると勘違いしているのか狙っているのか……誤った情報を流布している人間がいるので本エッセイを投稿した次第である。


 次に3.の行為だが、これは著作権法上の問題であって本件商標の問題ではない。

 仮にそのアイコンが商標登録されていた場合は商標法の問題となるが、本件商標とは無関係。


 本件商標は「文字のみからなる商標」+「標準文字」であって、該当するのは文字のみ。

 ちょっと知恵をつけて来ているのか「標準文字」としているので多少漢字を旧字体等に変更しても同一とみなされる可能性があるが、「3.」の行為とは無関係。


 よって問題が無い。

 「1.」及び「2.」の範疇で動画を編集し、好きに投稿すればよい。


 もちろんそれはアイコンが著作権法や商標法等に抵触しない場合である。


 最後に「4.」だが、これも商標法の原則は「業としての使用」としているので問題ない。

 むしろ前述した通り、"普通名称化"の要件に「業としての使用は含まれていない」ので、不特定多数の者が使用した場合は本件商標を形骸化させることが出来る。


 ようは繰り返しになるが、「どうにかしたい」と思うなら積極的に「4.」をやれということである。


 本件についてはこれ以上特に言うことが無いので以上である。


 さて、次に題名の通り「有馬源泉」についてなのだが、ごく最近話題になった影響なのか「有馬源泉」と「商標登録第5095061号 有馬温泉」の事例を持ち出し、「ゆっくり実況」等も類似するのでアウトなどと騙る者たちがいたので釘を刺しておく。


 本件の問題はそもそもが「商標登録第5095061号 有馬温泉」が「地域団体商標」に登録されていたからこそ法廷論争となっても100%も勝てない事から、訴えられた相手側である被告人が表記の是正を行うとなった事件である。(ニュースでは地名の在り方がどうのこうの述べられてるが、この件については何ら関係なく商標権侵害なだけである)


 一見すると似ているように見える事件ではあるが、本件登録商標は通常の商標ではない。


 「有馬温泉」というのは「地域団体商標」と呼ばれ、通常登録できない「地域名」+「普通名称」という組み合わせを、商標法第7条の2の要件によってその高い周知性より例外的に登録したものであり、そもそもがそのままでは個人や法人が登録できない標章である。(まだ未完成ながら筆者の別の連載エッセイに詳細が書いてあるのでそちらを参照)


 どうも被告人側は「商標登録なんて出来ない名称だから」――と、類似する名称でもって旅館業を始めたようであるが、旅館名を決める前の段階できちんとした専門家に相談すべきであった。


 確かに「〇〇温泉」というのは従来までならばある意味で自由利用可能で、それこそ環境省指定の国民保養温泉地でもない限りは、よほどの使い方でもない限り不正競争防止法等での問題提起も難しく、旅館組合等は泣き寝入りするしかない状況であった。


 ――と言っても、地元で業として何かやろうって時に地名そのものに「〇〇温泉町」と行政区画化されているようなケースでもない時に無断で温泉名を用いた場合には、この手の温泉地というのは観光協会や商工会等とも密接に連携して長年ブランド維持をしてきた事から、村八分に近い状況に追いやられて恐らくまともに商売なんてできるとは思えないのだが……


 本件についてはその地区から外れた有馬街道沿いの場所で拠点を構えていただけに、仮に商標登録していなかったら危なかったかもしれない事例ではある。(この地区というのも温泉地によっては定義が曖昧だったりするが、商標登録したことで有馬温泉は定義化している)


 しかし、国外での偽ブランドの横行や国外での模倣品の国内流通等から事態を重く見た国が腰を上げ、「地域団体商標」という、それまで登録できないとされた組み合わせを登録できるようにし、「有馬温泉」は有馬温泉旅館協同組合が権利者となった登録商標となっているため、本件は法廷論争においてはほぼ100%勝てないことがほぼ確定的となっていた。


 よって恐らく被告人の代理人たる弁護士が「――いや、地域団体商標なんてまず勝ち目ないですよ? ていうか争って敵対しちゃったら勝ち負け以前に今後やってく上でデメリットしか無くないですか?」――とでも説得したのであろう。


 判決が出る前に是正措置を講ずるという事で決着がついたようだ。

 被告人のコメントからもそれらを伺わせるような文言が散見される。


 筆者から言わせれば「揉め事を起こしたくない」というなら最初から名付けるなと言いたいが、制度やその他について詳しく無かったらどうなるかという、今後事業を行う上で反面教師とすべき事例であったということだ。


 しかしである。

 恐らくちょっと法律をかじった者なら、これまでの筆者の説明を見て「おいおい待てよ」となる事だろう。


 なんで本件は26条の問題をクリアできたるのかと、「普通名称その他の組み合わせで本来は商標登録できないのものなら、その類似品ならこちらも26条範囲内じゃね?」――と、そう言いたくなる者がいるかもしれない。

 

 いや、だからこそ「有馬源泉」の事例を出して「ゆっくり実況」もアウトだという者がいるのだろう。


 それは単純に裁判例があるからである。


「博多織事件(福岡高裁H26.1.29/平2513号)」がそうだ。


 本件では事実上地域団体商標を取得している権利者側が敗訴、被告人側が勝訴という結果となっている。


 しかし、本裁判における判決趣旨を見た場合、被告人側の主張は殆どが退けられており、勝訴といっても当初の被告人が目的としていた「組合団体に所属して地域団体商標たる博多織を使いたい」という意思が尊重されたに過ぎず、類似判断において被告人が「博多織」の代わりとして使用していた「博多帯」は事実上、継続使用が出来なくなっている。


 もともと「博多帯」という商品表示が「博多織」が使用できなかったがための妥協の産物であり、判決では「加入自由の原則が認められた組織しか地域団体商標に登録できないのに、規模が大きい会社組織が加入することで組合組織のパワーバランスが崩れることを懸念して加入を拒んだのは不当」としたことで権利濫用との判断により加入が認められた結果、妥協する必要性が無くなって「博多帯」という商品表示は事実上消滅したが、仮に継続使用しようにも判決の時点でアウトとみなされていたため、継続使用も出来なかったというのが事実なのである。


 この時の判決は要約すると「特定の業務を営む者が供出した特定の商品であることが明らか」という、いわゆる識別力がある特定の者しか使っていない状態の商品表示の方法は「普通に用いられる方法、いわゆる普通名称ではない」と判断されており……


 ようは一見して普通名称っぽい商品表示でも「特定の者」+「普通とは言えない、他者との識別が可能な表示の仕方」の2点でもって本商品表示は普通名称化されていないと定義し、地域団体商標との類似性については一切を否定しなかった。


 噛み砕いて言えば「地域団体商標」という、類似判断する際にその対象が「普通名称」である可能性が極めて高い商標においては、上記2つの要件を満たしていれば十分に類似するので商標権侵害になるんだぞということを福岡高裁は定義したわけである。


 (ついでに補足しとくと地域団体商標というのは登録要件が非常に厳しい関係上、類似とされる範囲は通常の登録商標より広く判断され、防護標章登録されたものに匹敵する扱いがなされているとも述べておく。)


 ゆえに通常の商標と同じような基準で判断すべきではないということだ。


 以降の類似した裁判例でも、上記を踏まえた上でほぼこの裁判例が引用される形で適用されるため、「有馬源泉」についてはほぼ勝ち目が無い状況だったというわけだ。


 「有馬源泉」という名称を使用している組織は特定の会社組織だったし、またその掲示方法も他者との識別が可能な、明らかな状態であったことはほぼ間違いないからである。


 では逆に本裁判から「ゆっくり実況」等の問題を考えてみると、これらは「不特定多数が使用」し、さらに「ゆっくり実況」やら「ゆっくり解説」なんかは、ジャンル名として投稿者と他の投稿者とを「識別することができない」状態で使用されているわけである。(題名等だけで投稿者が誰であるかを見極められない)


 よって商標法上では、あくまで26条等で記述される品質表示ともいうべき使用形態である。


 だから「有馬源泉(正確に言えば判決前に相手が折れたので、事例としては博多織)」とは異なるわけだ。


 なので、Twitter等を見て是非勘違いしないようにしてもらいたい。


 しつこいようだが結論から言えば1.~4.の範疇での使用なら以前と変わらないということである。


 さて、最後になるがTwitter等を見ると「なんで登録できたんだ!」なんて話があるのが気になった。


 さも特許庁側がまるで何1つ調べもせず登録したかのような罵詈雑言が並んでいる。


 ここについて一言いいたいが、「茶番劇」なんていう題名ついてる動画殆ど見つからないんだが?

 この「茶番劇」というのはタグであって題名じゃなかったのではないのか?


 確かに該当商標はハッシュタグにある。

 あるけど、「茶番劇」なんて題名あえて付けて投稿している人がどれぐらいいる?


 他は10万単位だけど、こっちはタグだけだと数千だし、題名だともっと少ない。

 恐らく商標審査官もその状況を見て「これなら大丈夫か」と思って登録しただけである。


 先使用等で処理できるだろうと、その程度の考え方だったのだろう。


 一応言うと先使用っていうのはごく最小限の状態でない限りは4条1項10号やら15号なんかに引っかかるわけで、引っかからないと判断されたには使用者が限られていたとしか言いようがない。


 ついでに言うと先使用権っていうのは審査官は全知全能になれないのだからということで規定として設けただけで、実際の法廷論争では案外認められなかったりするので「先使用があるから大丈夫」というのは、業界人ではあまり口にしないということも併せてここに述べておく。(本件においてもやたら先使用があるからーというが、先使用かどうかは法廷内で争い、司法が決める話であることを注意する者が少ないのが気になった)


 だから「ゆっくり実況」なんかで出願してもまず登録されないと思われるし、そうしなかったのだと推測できる。


 ようは世のクリエイター達はこんなことで動じずに、しっかりとした正しい知識を付けて冷静な判断をということだ。


 特にYoutubeやニコニコ動画等の動画配信サイトの運営者、類似か非類似かの判断もしない状況で焦って削除祭りなんて事にはするなよ?


 むしろハッシュタグや大百科等で文言を登録しているなら、それを理由にクリエイターを守るために行動するぐらいの気概であってくれ。

本項でも触れたwikipediaのリンクを念のため。

「商標の普通名称化」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%95%86%E6%A8%99%E3%81%AE%E6%99%AE%E9%80%9A%E5%90%8D%E7%A7%B0%E5%8C%96

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― 新着の感想 ―
[良い点] 流石、特許関連にお詳しい。 [一言] 今回は特許庁も迂闊な事しましたな。 ジャンルを示す言葉は問答無用で却下するべきでした。 商標はその名前が付いた現物が有る場合にのみ認めるとか何かしら対…
[良い点] 状況を理解する助けとなりました。執筆&投稿ありがとうございました。
[一言] ネット民、それもねらーを敵に回すのはやべーだろと思ってみてたら案の定……
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