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92.オマー子爵領2(Side ロッド王)

 

─翌日─……収穫祭前日。



今日は昨年とは違う視点で邸内の観察に集中する。


事務方の経領陣は、昨年同様裏方に徹していて出てきていない。

領兵の指揮系統が越権しすぎる感も昨年同様。


しかし前オマー子爵の存在が無いせいか、前線の砦のように張り詰めていた空気が幾分か和らいでいるように感じる。


その分、新しい空気に馴染まない者との二極化が際立った。


特に、大男の領兵長が幅を利かせている姿が悪目立ちをしている。

前子爵に似た振る舞いで露骨に新領主を軽んじていた。釣られて心得違いをする従事者も多そうだ。


目が合ったリボンは肩をすくめて同意を返してきた。

夫人の方も苦笑いだ。


しかし、ふたりだけで今後の人事を話し合う姿からは焦燥を感じない。


……いや、リボンから直接指示を受けている中堅の兵士が側にいた。

彼の兵上部の(やから)を見る目は、既に見切りをつけたものになっている。この男が次期兵長になる。そんな予感がした。



◇…◇…◇



午後になると、邸門の前には領都周辺の畑人が集まり、前夜祭の準備が始まった。


舵取り役の良く通る声がここまで聞こえてくる。まずは天幕張りから取り掛かるようだ。


天幕は昨年のうちに捨てるほど配ってある。

仮設の厨房として、休憩所として、そして女子供(おんなこども)が雑魚寝できるように。

畑人たちは祭りが終わるまで畑の集落には帰さず、天幕で過ごさせる。遠方の村や町でも同じ様子になっているはずだ。

やむなく集落に残った者たちは時が着たら被害を受ける事になるが、もう切り捨てるしかない。すべての民を救う力など私にはないのだ。


昨年配ったものは天幕以外にも、種芋…ジャガ、甘ジャガの苗、開墾費から、調理道具、調味料の食材、無料配布用の荷車など。全て国家予算から大量に出している。


今回は畑人たちのみを開催側にしているが、今後は多様化する予定だ……いや、今後があるかは不明だ。毎回国庫から補助金は出せん。他の領から苦情が出る。


もしかしたら、シュシューアがリボン会いたさに祭りに参加したがるかもしれんな。

戻ったら煽ってみるか。

本人は知らないが、娘はアルベール商会の役職付きの高給取りなのだ。アルベールがきっちり商業ギルド口座に積み立てているのを、父は知っているぞ。いやいや、娘の金を当てにしているわけではない……決して。


「出てきた、出てきた。リボン、お待ちかねの兵長だよ」


窓辺で本を読んでいたルベールが、指先でリボンを呼び寄せる。

部屋にいるのは、昨夜の酒席の5人。

全員が窓辺に集まる。


この領主邸で主のように君臨してる兵長が、中庭で騒いでいる姿が見える。


天幕張りを手伝っていた非番の兵士たちを叱責しているようだ。

栄誉ある子爵領兵士が下働きをするとは何事だ!…とかほざいている。

畑家出身の兵士もいるであろうに、何を言っているのだか。


「彼は南部侯爵家の次男です。前オマー子爵の友人の伝で兵長の役を得ています。職務実績なし。実戦経験なし。人望なし。妻なし。財なし。能なし」


リボンの中では、あやつの未来はないようだ。


「聞いてくださいませ。あの男、私の夫になって子爵になるつもりでいましたのよ」


サハラナの、この物怖じしなさは良し。

城の侍女にならなかったのが惜しまれる。


「今は止めなさい、サハラナ」

「僕は聞きたいよ」

「うむ、私もだ」

「……お二人とも」


リボンに睨まれた。

こういう若者も城に従事して欲しかった。


「父と兄の訃報を聞いて修道院から戻ったその日の夜、何故かあの男が私の寝所にいたのですわ。事もあろうに湯あみ後の姿で寝台に腰かけておりましたの」


修道院から付添ってくれた尼僧の部屋へ就寝の挨拶に行き、戻ってきたところでの衝撃。

そのまま気付かれないように尼僧の部屋へ取って返し、匿ってもらったそうだ。


そして、暫くして邸内が騒がしくなり、サハラナの不明が知られるところとなる。


聞き耳を立て届くのは、兵長と家令の声が初夜の是非を問うている会話。

サハラナを探す使用人たちの報告も胡乱じみていた。


子爵家乗っ取りを計っているのだと、サハラナは気づいた。


邸人は誰も信用できない。


サハラナと尼僧は隙を見て脱出し、領都の小神殿に身を隠した。



サハラナの純血を散らし、夫の座に就こうとするとは見下げ果てた男だ。

なるほど、リボンの口が辛くなるわけだ。



そこから先は我々の知るところである。


サハラナは小神殿の神官に手紙を託して、隣のガーランド領に送り出した。


婚約者(リボン)は遠い王都。

友人のユエン侯爵令嬢も王都。

母親の実家は王都よりもずっと先。


一番近くにいる未来の義父に助けを求める以外、案など浮かばなかったのだ。


……結果として、それは正しい選択であった。


サハラナからの手紙で、オマー子爵と子息の死を初めて知ったガーランド伯爵は、即座に動いた。


訃報の知らせを鳥に託して王都へ飛ばし、同時にオマーに向けて密かに手練れを走らせる。

次いで神官を連れて急ぎ駆けつけた中には、ガーランド伯オレドガ本人もいた。見知りでないと安心できぬであろうという配慮からである。


「あの時は子供の様に泣いてしまいましたわ」


思い出したサハラナは目元を潤ませる。


「良いところを父親に取られたな」


「……私が到着した時も泣きましたよ」


父親に対抗する息子。

唇を尖らせる子供っぽいリボンを(シュシューア)が見たらどう反応するか。『眼福!』とか叫びそうだ。



王都にオマー子爵と子息の死の知らせが届いたのは、ガーランドからの鳥が最初であった。

同時にリボン宛のサハラナの危機も……リボンが急に出立した理由がここにある。


オマー領からの知らせは定期書簡にて、そのずっと後であった。

意図的に遅らされたのは明白である。



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