80.プロポーズ小作戦
知識チートは停滞している。
あんなにネット検索して調べたはずなのに、覚えているのは食べ物の事ばかり。好きなこと以外は忘れてしまったということだ。トホホ……
それでも時々ではあるが、微妙なお役立ち情報を思い出しては、一応記録は残している。
記録したものは提案箱に入れて、後はアルベール商会におまかせだ。
その提案箱は軒下テラスの隅に筆記具と並べて置いてある。
離宮に出入りしている者全員が、気軽にアイデアを出せるようにとランド職人長が用意した。
最近ヒットしたのがランド職人長のお弟子さんが提案した『靴のゴム底』だ。
本人は作業現場での滑り止めのつもりで書いた案だった。
それを何かの偶然で知った神官が「靴音を響かせずに神殿内を歩ける」と上層部に報告したから、さぁ大変。
神殿から突然の大量発注が来てしまって、一時ガモの品薄状態が続いたのだとか。
何が受けるかわからないものだと、アルベール兄さまは笑っていた。
☆…☆…☆…☆…☆
「姫さま、どうですか? 綺麗に固まりましたよ」
見せられたお皿には、シンプルな3種類のチョコが並んでいた。
ブラックチョコレート、ミルクチョコレート、ホワイトチョコレート。
どれも表面が艶々していて口溶けが滑らかそうに見える。美味しそう……
私が『こんなのあるよ情報』を伝えると、チギラ料理人はすぐに取り掛かって、何日もしないうちにこうやって形にして持ってくる。
何も混ぜないチョコレートを作ろうとしていたので、カカオバターを混ぜると表面が綺麗に固まると、ちょこっと言ったら速攻でカカオバターを作り、カカオバターから白いチョコレートも作れると言ったら、今こうやって目の前に完成品が差し出された。
【カカオバター】殻をむいたチョコレートの素を圧搾して取り出した油分。
【ホワイトチョコレート】カカオバター+砂糖+粉乳(粉乳なんていつ作ったんだろう)
「君、その白いチョコレート。すぐに隠しなさい」
シブメンがおもむろに言った。
彼は間違ったことを言わない。
チギラ料理人も素直にしたがって布を被せようとしたが、遅かった。
「見たぞ、白いの」
「アルベール兄さま?」
ツカツカ歩いてきて、ホワイトチョコレートをパキンと割って口に放り込む。
しばし味わって『よし』と頷く。
「よし、じゃありません『君のために』はやめてくださいよ」
ミネバ副会長が両手に書類の束を抱えて追いかけてきた。
そうか、また貢ぐ気なのですね。
「それでは『この白いチョコレートには〈レイラ〉と名付けたよ、ふっ』はいかがですか? 王子妃の白いチョコレート 『レイラ』……素敵っ」
「採用しよう。チギラ、今日中に菓子の形にしろ」
んな?
「レイラお姉さまは領地に帰っているのでは? 王都にいらっしゃるなら紹介してくださいませ」
私は5歳になったのです。
「今も領地にいる。明日朝一番で出立するぞ。ミネバ、その書類は今日中に片付ける。二階の書類も全部だ」
慌ただしく階段を上っていくふたり。
何があったのでしょう。
「隣国の王子に先を越されましたからな。焦っておいでなのです」
食後の緑茶を一口すすって、聞いていない答えをシブメンは言った。
「何のことですか?」
「レイラ嬢宛に白薔薇が贈られたと、知らせが届いたのです」
……だから?
「年頃の女性に『白』を送るのは求婚の意です」
求婚? えっ? 隣の国の王子が? レイラお姉さまに? いやです! レイラお姉さまは、私のお義姉さまになるのよ!
「はっ。あれあれ、あれがありました! 白薔薇の生クリーム」
……半年も前だけど。
「上手く使えなかったようですなぁ」
アルベール兄さま…………もしかして、ヘタレですか?
「とっ、とにかく、アルベール兄さまの一大事です。チギラ料理人、求婚にふさわしい、なんかこう、なんかこう、お洒落な白チョコを」
「幸せを運ぶ白い鳥はどうでしょう。鳥の抜型で焼いたクッキーに白チョコを絡めて」
「それがいい。運ぶ途中で何があるかわからないから、予備をたくさん作っておきなさい」
チギラ料理人は、シブメンの指示に即座に反応して動いた。
「王女殿下。以前、紙で箱を作っていましたな」
「はい」
ラッピングの見本を作ろうとして、上手く作れずに放置したままだけど。
「ランドなら作ることが出来るでしょう」
シブメンはランド職人長を呼びに庭へ、私は食堂の棚に置いてあるお道具箱をテーブルに持ってきた。
厚紙があって良かった。色紙と、蝋引き紙と、緩衝材も紙でいいかしら。
「あぁ、これがいい。箱の蓋に使いましょう」
ちょっ、私のお絵描き帳……家族の全員集合を描いたやつ。
「求婚の贈り物は家族の手が入ったものが喜ばれます。いえ、新たに描く必要はありません。楽しく描いたこの絵からは良い波動が出ています。いえいえ、歓迎しているという意思表示なので下手でも良いのです。さぁ、ランド、ここに失敗作の紙箱がある。見本にしたまえ」
お道具箱ごと工房に持ってかれた! シ~ブ~メ~ン(怒)
仕方ないからランド職人長の箱作りの監督に入る。何も言わなくても素晴らしいものを作るだろうけど。
「姫さま、この紙とこっちの紙を使ってもいいですかね。それと、絵の方の端っこのここんとこ……」
「良いように切ってください。でも、本当にこの絵でいいのでしょうか」
「上手に描けてますよ」
チギラ料理人も加わってウンウン頷く。
ぬるい微笑みがむず痒い。
「我らに出来ることはもうありません。王女殿下、今日も100回の続きです。やる気の抜けた1回は100回のうちに入りません。よろしいですかな?」
スタスタ庭に行ってしまう。
くぅぅ、こなくそ~。
それから、それから?
次の日の朝食の席で、アルベール兄さまがユエン侯爵領に出立したと知らされた。
「やっと動いたかぁ。ネハームに頼んでよかったよ」
ルベール兄さまは厚焼き卵をモグモグしながら満足顔。
「ネハーム王子とは懇意にしているようだな。良いことだ。そのまま続けるといい」
お父さまも満足顔。
ネハームとは、マラーナの王子さまの名前ですよね。
レイラお姉さまに白薔薇を送ったのは、まさか、まさか……
「兄上がモタモタしているから焦れったくて」
「そんなぁ、レイラお姉さまがうっかりその気になってしまったらどうするのですか?」
「ないない。あのふたりは相思相愛だよ。きっと冬の社交シーズンには婚約発表するだろうから、安心して待っておいで」
……安心なんてできませんよ、も~。
 





