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58.境の森 2(Side ヨーン男爵)

 

嫌だ嫌だと思うとそうなってしまうもので、魔素溜りの洞穴口が3倍の大きさに広がっていると報告が上がってきてしまった。


すぐさま森近くの村人たちを南側の村に避難させ、国への支援要請、隣領のガーランド伯爵とオマー子爵にも要請の鳥を飛ばした。


「あの鳥は、本当に目的地に飛んでいくんですか?」


ルエは疑わしそうに、見えなくなっていく鳥を眺める。


「代官たちがそう言っているんだから、行くんじゃないか?」


俺も鳥を飛ばすのは初めてなんだ。知らん。


「じじい達が持ってきたんですか? んなの信用できませんよ。馬車を探してきます。あいつら走れないんだから森から離しておかないとっ、ぐへっ」


飛び出して行こうとしたので首根っこを掴まえて引き戻す。

あの爺さんたちが甘やかすから、ちっとも立場や身分をわきまえない。


「代官はあそこにいるのが仕事なんだよ。お前はここでお前の仕事をしろ。ほら、またノッツの使者が来たぞ。迎えに行け」




俺たちは討伐には向かわず、1日3交代で森の入口付近に陣を張っている。


魔獣は確実に増えていっている。

以前は3日に1度程度の出動であったが、連日2度3度と、更に大型が目立ち始め、今ではもう森に入らなくとも、あちらから森を出てくるようになってしまっていた。

せめて一匹ずつ……と詮無い愚痴が兵たちからこぼれてくる。

俺たちはもう、狩って、狩って、狩りまくるしかなかった。


それにしても、腐らせておくだけの肉がどんどん積みあがってゆく事の虚しさよ。

谷に捨てに行く余裕もないとは、ますます尋常ではない事態に嫌気がさす。


そこに毎日のように、ノッツ伯爵からの使者が森を抜けて逃げこ…書状を持って現れる。

良く生きてここまでたどり着くものだと毎回感心さえする。


そうしてやってきた使者と護衛の冒険者たちは、もう一度森を通って帰ろうとはしない。

ここから一番近い港から半月近くかけて船で帰るのだ。


冒険者たちの一部には、交渉してそのままこの陣に加わってもらっている。

そこだけはありがたいのだが、使者たちが毎度煩くてかなわない。領民に被害が出ていると悲鳴交じりで訴えてくるのだ。


ノッツ伯爵から届く書状はあくまでも苦情であって、支援要請ではない。

自国の他領や、国にも支援を要請していないと聞く。俺らは速攻でした。


ノッツ領で何が起きているのか。


問い詰めた使者が言うには、ノッツ伯爵夫人が「森の管理責任は風上のティストームにあるのだ」と言って聞かないのだそうだ。


風向きが何だというのか。


更には「領兵は領主邸を守るためのものであって、領民は自衛しなければならない」と訳の分からない理屈を並べ立て、自領民を守ることもしないそうだ。


領税を何のために納めさせているのか。


よくよく聞いてみると、ノッツ伯爵夫人はトルドンの第一王女だというではないか。

それこそ父王に助けを求めればいいものを。


何を考えているのか、何がしたいのか、まるでわからん。いや、不利益になる責任を他に取らせようとしているのだろうが……理解できん。


そうしているうちにも魔獣がわんさとあふれ出し、兎のような小型魔獣も激増していった。

じきに手に負えなくなる。撤退するべきか……



カーン、カンカーン。



見張り櫓の鐘がなる。


『良い、来た』の合図だ。援軍が来た。この速さだと隣領のガーランドからだろう。


「ウリード! 間に合ったな!」


ありがたい!

ガーランド伯爵は、騎士の下積み時を共に過ごした男を寄こしてくれた。大型魔獣には打ってつけの剛弓の使い手だ。従兵たちもいい面構えをしている。


「オレドガ! よく来てくれた! 肉は腐るほどあるぞ、たらふく食っていってくれ」

「はっはーっ! 確かに、くせーな!」


相変わらず豪快な男だ。


「鳥、ちゃんと行ったんだ……」


ルエが新しい発見をしたように、唖然とつぶやいていた。



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