42-1.昼食係1(Side チギラ料理人)
【アルベール商会 料理人 チギラ視点】
自分は今日もパンを捏ねている。
捏ねれば捏ねるほど新しい発見があって、まったくもってパンとは奥が深いものだ。
このパンを考案……ではなく、知識を披露してくれたのはシュシューア姫だ。
この姫さんは何でも知っている。
言うだけで何もできないが、とにかく知っている。
そこがこの姫さんの秘密だ。
私語は禁じられているし、離宮内部のことも他言無用だ。
しかしだな、何も気づかないふりしてこっちが遠慮してるというのに、歌うのだ。
あの姫さんは、遊びながら歌で秘密をぶちまけるのだ。
転生だの、予言だの、聖女が毒婦になって帰ってくるだの(これは最後に『ザマァ』と、謎の掛け声で大抵締めくくられる)
私語の禁止は、姫さんが転生者だと言う事を隠すためでもあったのだろうな。
しかし、子供に秘密を守らせるのは難しい。
この姫さんだったらポロッと口からこぼれるのは目に見えている。
実際、もう秘密でも何でもなくなっているし。
姫さんのように前世の記憶を持ち越して産まれてくる人間は、稀にいるらしい。
別大陸の前世持ちが通訳として重宝されているとか、幼いうちから熟練の技術を持っているとか……まぁその程度のことはみんな知っている。これまで会ったことがないから、珍しい存在ではあるのだろう。
畑人も、ランド職人長も、その他大勢も、ずっとあの歌を聞いていないふりをしている。
ここには信用できるやつしかいないから、姫さんの秘密は守られるだろう。会長が厳選した人材だけのことはある(自画自賛含む)
狡賢いやつらから俺たちが守ってやらなきゃな。
……が、あの歌遊びは城の方でもやっていると最近知った。
秘密にしている意味ねぇぞ。もっとしっかり教育しろ、親。
ここのところ雨続きで外で遊べない姫さんは、食堂から外を眺めながら石を蹴る真似をして気を紛らわせていた。
その姿がなんとも哀れで「昼食は姫さまの好きなものを作りますよ」と、つい言ってしまった。
甘液を多めに混ぜ込んだパンが姫さんの好みだ。
そのパンは仕上がりがしっとりしているので、他の試食係たちにも好評だった。
喜んでもらえるならいくらでも作るが、練ったパン生地の1次発酵、2次発酵の調整がいかんともしがたい。
パン生地発酵専用の保温具の導入を会長が許可してくれて助かった。今ある保温具は酵母作りで塞がっているのだ。
特急依頼にもかかわらず、魔導士長からは快い返事をいただけた。あの方は料理の世界に本当に理解がある。精進して恩を返せたらと思う。
彼の部下が作ったという魔導調理器具も続々と増えていっている。
泡だて器とミキサー(姫さんがミキサー、ミキサーと繰り返し言うので定着した)には泣きそうになった。ゴムベラも最高だ。
新しく増設される『多目的調理台』の設計図を見せられた時も度肝を抜いたものだ。
火台と火窯が一体化した鉄製の贅沢品───
薪煙用の煙突は調理台から延びる丸筒が壁を突き抜け、料理煙用は天井煙突に設置した大型の筒が調台の真上まで延ばされている。これは中に吸い込み羽が付いていて厨房が汚れないという寸法だ。煙突の汚れ防止の覆いまで付いているらしい。
鍋料理で強火を使うときはこの中心の大天板を外すんだな。脇の小天板に置いておけば弱火……いっぺんに鍋料理がいくつもできるな。その下の左右両方に扉付きの窯があるのは……必要になるんだろう。鉄皿がいくつも差し込めるようになっているのも同じ予感がする。下の引き出しは灰受け……なるほど。
いや、待てよ。この図面おかしいぞ。増設するのは火場だけじゃなかったか? 火台の横にある台はなんだ? 洗い場? 地面の下に下水? この洗台の上の瓶は? 水を貯めてこの摘まみを回すと水が流れてくるのか。温湯を入れれば洗い物が楽? はぁぁ?
『チギラりょうり人、これがあなたの仕事場になります。楽しみですね』
自分の? 自分がこれを独り占め? いいのか? 気持ちは嬉しいが恵まれすぎてて怖いぞ。
『差し込み火窯ができたら菓子パンをたくさん作ってもらいます。今の窯でも作れますが、いっぺんに焼ける数が少ないので、ベール兄さまがいじけているのです』
下の殿下か……甘ジャガのケーキを食いはぐって暴れてたっけな。
窯がふたつなのはそういうことか。
「今日の昼食は、シュシュの好きなものだって言ってたね」
おっと、物思いにふけってしまった。
「何を食べさせてくれるんだい?」
今日の付添いの中の殿下も甘ジャガのケーキが食えなかった派だ。
暴れる下の殿下を止めなかったんだよな。優しげだけど、何を考えてるかわからなくて自分は苦手だ。
「ルベール兄さま。わたくしは今まで、えんりょして言えなかったりょうりがあるのです。たまごでつつむ『オムレツ』です。とってもおいしいのですが、むずかしいのです」
姫さん、よだれが……しゅっとハンカチーフで拭われた。兄ちゃん、素早いな。
「じゃぁ昼食はその卵料理でよろしく。今日は職人たちが来ていないから、チギラも入れて4人分(魔導士長は常連)パンはどんなのを仕込んだんだい?」
「大豆の搾りかすと甘液を練りこみました」
正確に言うと、搾りかすを粉状にしたものだ。腐らせるのが嫌でパンコモドキを鉢で擦って混ぜ込みやすくしたのだ。
姫さんは『おからパン』だと言って喜んだ。
「それでは、今日の王命をすいこうしましょうか」
王命とはジャガ料理の種類を増やすことだ。
これの試食と、1日に何度もパンを焼いて練習していることもあって、自分はすっかり離宮の食事係になっている。
姫さんたちが城から持ってきていた包食は、今では個人的に差し入れとしていただいている。中身が昼食ではなく、平民では絶対に手に入れることが出来ない高級食材なのは黙っておこう。自分たち仲間内だけのお楽しみだ。
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平ジャガのポタージュの作り方
①鍋にバターを溶かし、薄くスライスした玉ねぎを透明になるまで炒める。
②細かく切ったベーコンと薄力粉を入れて炒める。
③乱切りの平ジャガ+少量の水+塩胡椒を加えて煮込む。
④平ジャガが煮崩れてきたら鍋の中で泡だて器で潰す。
⑤豆乳を入れて煮て、とろみが出たら完成。
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……見た目が寂しそうだから、出すときに青葉を刻んで散らそう。
「ではいきますよ、チギラりょうり人。しっぱいしても、ちからをおとさないでくださいね。いちどで成功する人はいないのです」
そんなに難しいのか?
「それは見ものですなぁ」
この人は ……本当にいつも丁度いい時間に来る。
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オムレツの作り方
【具】
①平ジャガを1cm角に切って水にさらす。
②みじん切りした玉ねぎと人参+細かく切った肉を炒める。
③全部+豆乳少々+塩胡椒を加え、ジャガが柔らかくなるまで煮る。
④水溶き片栗粉を入れてとろみをつける。
【卵】
①油を敷いた平鍋に多めの溶き卵を入れて全体に広げ、軽くひと混ぜする。
②卵が固まりきらないうちに、中心に【具】を置いて周りの卵を寄せ被せる。
③平鍋をひっくり返して、皿にのせて完成。
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「卵のかえしは、腕です。はしっこを、ぺろんって、ぺろんって、こんこんって」
食べたい味と完成形は把握した。が、こんこんって……平鍋を持つ手か。叩いた振動で返すのか。なるほど、なるほど。こうか。
うまく丸まったところで綴じ目を上に持ってきて、皿に被せるように乗せる。
姫さんが『サスガ、プロ!』を連発して拍手喝采してくれた。
「きれいに仕上がったねぇ」
「上手すぎて見ものになりませんでしたな」
失敗するところが見たかったのか。
「オムレツにはケチャップをかけて食べます。じゅる」
「わかりました。続けて作っちゃいますんで食堂でお待ちください」
パンを焼き、ポタージュを温め、オムレツに添える野菜を用意する。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャ、ちょいちょいちょい、コンコンコンコン……
下味が付いているからケチャップはこのくらい。
「あれ、これ保温具か?」
鉄皿を入れられる大きさだからパン生地の発酵用だな。
あの人は……いつも黙って置いていく。
ありがたく使わせていただきましょう。
「お待たせいたしました」
 





