39.スイートポテト
ふわぁぁぁ……お昼寝から起きました。
「ルベール兄さま。今日のおやつは…も、甘ジャガにしましょう」
「もしかして、カンショーモ?」
私の口元を拭きながら、ルベール兄さまは意味ありげな笑みを浮かべる。
……はい、乾燥芋の夢を見ていました。
あ~でも、乾燥芋は食べたいけれど、あれは今日作っても今日は食べられないのよね。
甘ジャガ、甘ジャガ、甘ジャガ……
そうだ、おやつは、あれにしよう。
ついでに新スイーツも………うん、あれがいい。
「シュシュ……」
また口元を拭かれちゃった。
☆…☆…☆…☆…☆
「チギラ。うちの妹は、おやつにも甘ジャガを所望しているよ」
厨房に入ってルベール兄さまの最初の一言に、なにか山ほど作っていたチギラ料理人はサッとそれを片付けて調理台に戻った。
「甘ジャガをたくさん、むしてください」
「たくさんですね」
チギラ料理人は軽快に返事をして素早く用意を始めた。
大股だけど緩やかに保管室に向かい、籠に入れた甘ジャガを軽そうに抱えて外の水場に洗いに行く。爽やかな水しぶきの音、リズミカルな手仕事音、足音もなく戻ったあとはサラリ、スルリと無駄なく体を移動させ、目にもとまらぬ速さで調理器具たちが彼の手で遊ばれる。
「ちぎらりょうり人を見ていると、楽しいですねぇ」
「わかる、わかる。手際が良すぎてダンスを踊ってるみたいだ」
「……やめてくださいよ」
赤くなった。いや、ピンクだ。
白人系の赤面はピンクなのだ。
おっと、私語は厳禁。アルベール兄さまがいなくてよかった。
◇
甘ジャガを蒸している間は「スイートポテトケーキ」の下準備を並行して進めましょう。
火台に被せて使う簡易窯を出してもらってからのスタート。
まずはケーキの下に敷くビスケット生地を作ります。
豆乳バター+甘液+卵+小麦粉を混ぜて窯で焼きます。焼きあがったら砕いちゃうので適当に。砕いたビスケットは、溶かした豆乳バターと混ぜて鉄皿に平たく敷いて押し固めます──その前に鉄皿に豆乳バターを塗って強力粉を全体にふるうのを忘れずにね。クッキングシートの代用なのです。
スイートポテトケーキの本体は、潰した蒸し甘ジャガを裏ごしして、豆乳バター+豆乳生クリーム+卵+甘液を混ぜたもの。
鉄皿に敷いたビスケットの上にのせて押し固めます。つや出しのために卵黄を塗って窯に in! 粗熱を取って冷蔵箱で冷やしたら完成です。
次は本命の保存食───携帯に便利な『乾燥芋』を作ります。
蒸し甘ジャガを熱いうちに皮を剥いてください。滅茶苦茶熱々です。チギラ料理人はトングと包丁の背で頑張ってます。
触れるぐらいに冷めたら縦方向に1cmの厚みで切って、重ならないようにざるに広げて5日ほど天日に干します。1日1回ひっくり返し、夜は屋内に置いておいてください。虫と鳥対策に網をかぶせておきましょう……乾燥芋は冬場の暗所で保存すれば1ヶ月ほどもちます。
「かんそうしてくると白いこなをふきますが、カビではありません。カビは固まってもり上がりますので見ればわかります」
次は今日のおやつのスナック菓子。
甘ジャガを薄めにスライスする。ピーラーといっしょに作ってもらったスライサーがここで大活躍した。チギラ料理人が楽しそうだ。
その後は特に何か必要はなく、中温の油鍋にどんどん投入。
カリッと揚がったら、熱いうちに塩をふってサツマイモチップスの完成だ。
シナモンパウダーはお好みでどうぞ(薬草課にあったよ!)
「ルベール兄さま。おやつのじかんまで、文字をおしえてください」
「いいよ。名前は書けるようになった?」
「えへへ~、シュシュ……まで。ゥアは、まちがえます」
「『ゥ』の文字は逆に書いちゃうよね。間違えない方法を教えてあげるよ」
やった! お勉強~♪ ルベール兄さまとお勉強~♪
食堂に移動して、甘~いルベール兄さまの声にうっとりしながら、まったりとした時間が過ぎていく。
そよ風が木の葉を揺らす音が、鳥の鳴き声がジュッジュッ……これは和まない。
ジュジュ、ジュ…ジューーーーッ! なんか喧嘩が始まったし。
「ルベール、戻ったぞ。シュシューアは勉強か、偉いな」
「ただいま戻りました」
アルベール兄さまとミネバ副会長が来たというか、帰ってきたというか。朝にここで落ち合ってから出かけたのかな?
「おかえりなさいませ、アルベールお兄さま。ミネバふく会長も、おつかれさまです…した?」
ルベール兄さまにお伺いを立てる。
「おつかれさまです……だね。まだ仕事中だから。今日はもう仕事しないなら…まだ仕事するって」
「労いの言葉、嬉しく思います。姫さま」
ミネバ副会長が腰を折って律義に礼を述べた。
むふん。もう4歳ですもの。このくらい出来なくちゃ。澄子の記憶があるのに遅いくらいだ。互換性が無いというか低いというか……
「今日は山の件での話し合いでしたよね。どうでした?」
ルベール兄さまは、私用に文字の見本を描きながら、帰ったアルベール兄さまに仕事の進行状況を尋ねる──…なるほど、この文字とこの文字は違う文字なのか。
「ふぅ、山は開放しているが地借しはしないそうだ」
私はこういうことには口を出しません。聞くだけです。
先日ルベール兄さまは、つるんの木を採取した冒険者たちに会いに行っていた。
収益に関わるので通常は採取場所は明かされないものだが、何らかの契約をして聞き出したと思われる。
その情報を得たアルベール兄さまは、チョッ早で採取場所である山の持ち主〈ユエン侯爵〉との約束を取り付けたが、速攻で破談に終わって帰ってきたというわけだ。
採取場所をそのまま「つるんの木畑」にしたいアルベール商会の計画はなくなってしまった。
「まぁ、魔獣が出る危険な山ですからね。討伐との併用を考えると……」
──…な? ま…じゅう? 魔獣がおるとな?
「まじゅうですか? 戦ったのですか!? ぼうけんしゃたちが!?」
たまらずルベール兄さまにつかみかかる。
「高ランクの冒険者たちだったから心配ないよ。こら、お行儀が悪いよ」
魔獣と戦う冒険者パーティ───キン、キン、ザッ、ザシュッ、グオォォォーーーッ! ドカッ! ドォォォン!
ぎゃぁーーーん! ロマーーーン!
「やはり植樹を考えるか……ミネバ、先日契約した畑村の土地は余っていそうか?」
いいえ……と、ミネバ副会長は首を振る。
「これ以上畑を持ってもなぁ……婚約が手っ取り早いのだろうか」
アルベール兄さまの眉間に皺が寄った。
「こんやく?」
なんですか? 今、なにか聞こえましたよ。
「ユエン侯爵に打診されましたか?」
ルベール兄さまは訳知り顔で苦笑いを浮かべる。
「こんやくですか?」
「ふっ、親戚に貸すのは吝かではないそうだ」
「こんやくとはっ?」
「ユエン侯爵家の長女は、婚約者候補に入っていましたよね」
「こんやくしゃこうほーっ!?」
「シュシューア、煩いぞ」
だって、だって!
ユエン侯爵令嬢って『悪役令嬢』なんですもの!
「レイナ? レイア? レイ…」
「レイラ嬢だ……あぁ成程。その話は後日、父上とする。その時はシュシューアも一緒に来なさい」
わ~い、お父さまと遊べる~。あ、違う。
「お待たせしました」
おやつ!……ではなかった。
がっつりな食事が運ばれてきた。アルベール兄さまとミネバ副会長に。
「忙しくて昼食を抜いたのだ。万物に感謝を」
最近慣れてきたワンプレート。
何かのフライと、ポテトサラダと、生野菜……ポテトサラダ?
さっきチギラ料理人が作っていたのはポテトサラダだったのか。おからで美味しいなら平ジャガでも美味しいと思ったんだ。凄いな~、うちの料理人。
ポテトサラダを焼きたてパンに乗せてパクつくアルベール兄さまの顔はご満悦だ。好物が増えたみたいですね。
「この赤いのは『けちゃっぷ』だな? どうだミネバ」
ミネバ副会長はポテトサラダより先にフライを口にしていた。
フライの断面を見たら、なんと『薄切り肉+薄切りナス+謎の葉物野菜』のミルフィーユだった。
「ミエムの調味料ですね。アゲルにとても合っています」
「うん……茄子と肉のアゲルも旨いな」
美味しそう……今度作ってもらおう。
「お待たせしました。甘ジャガのアゲルです」
おぉ~、これこれ、これが冷めるのを待っていた。
「万物に感謝を」
ルベール兄さまと一緒にいただきますをして、パリン!
「甘じょっぱいおかし~、おいし~」
「薄いのをアゲルとこんな風になるのか、美味しいね。アマジョッパイはどういう意味?」
「甘いのと、しょっぱいのが、いっしょにおいしい、といういみです」
「どれ……」
アルベール兄さまはすいっと手を伸ばしてきて、半分に割って口に放り込む。
半分を勧められたミネバ副会長も、バリッといく。
「ん、甘い塩味の菓子だな。悪くない」
「日持ちしそうなアゲルですね」
さっきから『アゲル』が連発されてるな。
「このりょうりのなまえは『アゲル』になったのですか?」
「チギラがそう言っているから、料理人の間では定着するだろうな」
発音が『アギュゥ』になってるけど、面白いからそのままにしておく。
「アルベール兄さま、ざんねんなお知らせです。甘ジャガのりょうりは、醤油ができるまでもうふえません。醤油の小屋が早くほしいです」
「シュシュ。兄上は、冷蔵庫に入っているお菓子と、干している甘ジャガを知らないよ」
「あっ、えへへ、れいぞうこのは甘ジャガのケーキで……まだです。よくひやして明日食べます。干した甘ジャガは、4~5日あとです。たのしみですねぇ」
ミルフィーユ揚げとポテトサラダを少し分けてもらって今日は終了。
ごちそうさまでした。とても美味しかったです。
 





