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36.作り置きがなくなった2

 

ぐぅぅぅ……


ベール兄さまのお腹が元気に鳴いた。


「そろそろ昼の時間になるぞ。いつもはどうしてるんだ?」


あ、お城の厨房に寄ってくるの忘れた。


「良かったら、油煮でも作りましょうか?」


チギラ料理人が悪戯っぽく笑った。

手ぶらで来たのバレテーラ。


「うふふ、そうですねぇ……きのうの『コロッケ』…黄ジャガのつぶしたほうの、つづきをしましょう」


「旨いのか?」


ベール兄さまは瞳を輝かせて反応した。


「うまいです」


ふふん、期待に応えましょうぞ。


今日作る予定だったケチャップで食べるつもりだったけど、コロッケはまんまでも美味しいのだ。


いちおう、味をつけないで食べるとチギラ料理人に伝えたら、私の知らない調味料を何種類もコロッケのタネに入れていた。私がわかったのは塩だけだ。


コロッケのタネを平たく固めて、小麦粉→溶き卵→パン粉の順につけてゆく。

パン粉はおからで作った()()()ね。油は中温。菜箸で確かめてコロッケを投入。途中に裏表をひっくり返しながら、目安は3分です。



「キツネ色…そのくらいの色で揚げあがりです」


油切りに乗せて、しばし待つべし。


「溶き卵を使いきっちゃいます。残りも揚げちゃいましょう。食堂に持っていきますので……あぁ、来た来た」


ドヤドヤと外が騒がしい。きっとお弟子さんたちだ。


「「「セーレンサス!」」」


やや緊張気味の揃えた声も聞こえてきた────ってことは……


リボンくんだ! リボンくんが戻って来た!


「ベール、シュシューア、戻ったぞ。ん? いい匂いだ。ジャガを揚げたのか?」


おかえりなさい。アルベール兄さまと、リボンくん。

お弟子さんたちは『セーレンサス』を褒めてもらえたかな?

ランド職人長と、またもやタイミングのいいシブメンも来た。


「リボンくん! コロッケ食べていってね!」

「喜んでお呼ばれいたします」


一緒に、オ・ヒ・ルゥ ♪


「王宮の料理人に持たされたのですが……」


ミネバ副会長が籠を持って現れた。

一番大きな籠ではない。お弟子さんたちの分はなさそうだ。


「チギラ、出せる分は出してやれ」


アルベール兄さまはクスクス笑いながら食堂に行ってしまった。


『さすが会長!』『いただきまーっす』『うっす』


リボンくんの足がピタリと止まった。


──…あぁ、お弟子さんたち、()りてない。また叱られちゃうよ。


「……いや、商会内のことか」


リボンくんは小さな独り言を残し、食堂へと消えていった。



──…セーーーフ!



どうやら今のアルベール兄さまを、王子ではなく商会の会長と位置づけたらしい。




チギラ料理人はコロッケの第二弾を油に投入したところだ。


皿を出せ、野菜を洗え、混合具踏んでろ。

お弟子さんたちに指示がバシバシ飛ぶ。


「それでは、チギラりょうりにん。おにくのつづきも、やっちゃいましょう」


ハンバーグのタネにも味を足してもらって……


形を形成して左右の手でポイポイ投げて空気を抜く。そして真中を凹ませます。ハンバーグは焼き始めると真中が膨れてくるからです。焼きは平鍋に油を引いて中火で3分ずつ。両面に焼き跡をつけた後は、蓋をして弱火で10分弱蒸し焼きにする。中心を菜箸で刺して透明な肉汁が出てきたら焼き上がり。濁ってたらまだ半生ですよ。


……と伝えて私の役目は終了。ベール兄さまと一緒に食堂に引っ込んだ。


窓は全開にされていたが、食堂も揚げ物のにおいが充満している。

『換気扇』が話題になっているのは言うまでもない。至急必要ですね。夜露死苦シブメン。


「改めて……3種とも紙の形になった。シュシューア、おめでとう」


私たちが席に着くと、アルベール兄さまがスッと身を正した。


「あ、ありがとうございます。でも、みんなのおかげで、できたので、みなさん、ありがとうございました」


実際に私がやったのは口を出すことだけだもの。


「後日、国王陛下から褒美を出してもらえるそうだぞ。何が欲しいか考えておきなさい」


欲しいもの……お父さまの時間? 肩車してもらおうか。いや、お母さまに反対されるか。だったら馬に乗せてもらってカッポカッポ……ふわぁ~、楽しそう!


「遊んでもらうのではない。物品だ」

「え~。ほしいものはアルベール兄さまがそろえてくれるので、とくには……」

「食べ物から離れなさい」

「シュシュ、額入りの装飾短剣をねだれ。宝石をちりばめたやつ」

「ほしくないです」

「じゃぁ、長剣……か?」


ベール兄さまは剣以外の物欲が無いらしい。


「……う~ん、ん? ピンクの、あんさつ…「物品だ」」


う~、そうは言っても食べ物以外は別に……あ。


「ビニールハウ…おんしつがほしいです。わたくしは、おんしつで南のくだものを食べ…そだてたいです」


「食べ物から離れないのな。でも、俺も南国の果物は食べたいぞ」

「おんしつができたら、シプードが一年中、食べられますよ」

「おぉ! そうだな!」

「わたくしは、バナナと、マンゴーと、アボガドと……」


「簡単なもので良ろしければ、温室は私が作りますが」


わぁ、シブメン! なんて男前な!


「でしたら、とりあえず現金を…「物品だ」」


……う~ん。食べ物以外だとヒロイン関係になっちゃうのよねぇ。



……あ、閃いちゃった!



「とくていの人が入ってこられないようにする、ぼうはんのまどうぐを作ってもらうというのはどうでしょう。ゼルドラまどうし長に、ええと、まどうぶに、お父さまからいらいしていただくのです」


ヒロインが侵入したら電撃が出るような……うはっ、いい考え! 冴えてる私!


「対象がはっきりしないと作れませんな」


──…対象がはっきりしてたら作れるんだ。要求しておいて何だけど、凄いな。


「シュシューアのいう事だ。どうせ建国の聖女のことだろう?」


──…その通り。


「顔も名前もわからないんじゃなぁ」


──…まったくもって、その通り。


「聖女は大地をじょうかするまりょくを持っているのです。そこにはんのうする、まほうじんは作れませんか?」


「大地の浄化……魔素の中和ですな……ふむ」


「防犯魔導具か。単に動きに反応するものだったら商会でも欲しいな」


赤外線センサーみたいな? 目に見えない魔力の糸を張り巡らせて、それから……


「どうぞ、姫さま」


リボンくんがスッと藁紙を出してくれた。筆と墨と……はいっ、描きます。


シブメンが何か考えてくれているみたいだし、ダメもとであれもこれも要求しといちゃいましょう。



◇…◇…◇



「お待たせしました。味見のための作り置きを中心にお持ちしました」


キターーーッ! もうお腹ペコペコよ~。


チギラ料理人が運んできた昼食で、テーブルの上が一気にファミレスチックになった。


コロッケとハンバーグのミニサイズと、イタリアンドレッシングかけサラダのワンプレート。そしてテーブルの中心に定番のパン入りバスケット。野菜スティック&おからのツナマヨもどき……これは居酒屋の絵からきてるかな。


食堂の入口にランド職人長がお茶を持って来てくれている。

チギラ料理人がそれを受け取りに行くのだが、気が付いてしまった。


ランド職人長は呼ばれないと食堂に入ってこない。チギラ料理人も給仕以外では入らない。

やっぱありあるんだ、身分的な何かが。


気にしないで入ってきていいよ~…などと言ってはいけない。

相手の人は困ってしまうだろうし、この間アルベール兄さまに『王女としての自覚を持て』とチクリとされたばかりだし。きちんと覚えなくちゃね。マナーの勉強も頑張ろう。


モブだけど、完璧な淑女になってヒロインにギャフンと言わせてみせるのだ。



「万物に感謝を」


万物に感謝を。いただきます。



味わい中……味わい中……味わい中……



「肉を細かく切って焼くか……レストランで出せるな」

「スジのはいったおにくでも、おいしくできるのです」

「ジャガのこれ旨いな。まわりのサクサクはなんだ?」

「だいずのしぼりかすです。あとで、おみせしますね」

「あの搾りかすで、旨味と(かさ)が増すということですな」

「おかしにまぜこんでも、おなじくおいしくなります」

「搾りかすのマヨネーズ和え、何にでも合いそうです」

「さかなでつくると、もっとおいしいものができます」

「これがあの大豆で……姫さま、とても美味しいです」

「こんど、リボンくんのすきなものを、つくりますね」

「豆乳バターも仕上がっていますが、味見しますか?」

「持ってきてくれ。パンで食べてみる」


アルベール兄さまが文字数を乱して終了。




味見の結果、豆乳バターは採用となりました。


そして、作り置きは1日で無くなったのであった。



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