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33.揚げジャガ サクリ

 

すっかり私の昼寝場所となっている離宮二階の一室、アルベール商会の仮事務所。


隅っこに置かれた古いカウチには毛布も用意されていて、お母さまが刺繍してくれたクッションがコロコロと鎮座している。

夜ひとりで寝ている時と違って、ここでは必ず誰かの気配が傍にいある。

私のお気に入りの時間と空間なのだ。



目が覚めたら、アルベール兄さまが藁紙に何やら書きまくっている横顔が見えた。


「寝言を言っていたぞ『オカラ、ウノハナ、ショーユ』…当ててやる。食べ物だろう?」


「えへへ。オカラはだいずのしぼりかすのことです。ウノハナはオカラをつかったりょうりのことで、ショーユはだいずからつくる、ちょうみりょうです。しょうゆはぜったいつくります。なんねんかかってもつくります」


「豆乳マヨネーズより旨いのか?」

「まったくちがうものです。それはもう…それはもう……おいしいの、です」


存在が当たり前すぎて説明できぬ。

しかし、それがかえってアルベール兄さまの興味を引いた。


「何を用意すればいい?」


「つくるとちゅうは、くさいので、ちいさな小屋を建ててください。くさいので、おにわのはしっこがいいです」


『くさい』を二回繰り返したら嫌な顔をされてしまった。





アルベール兄さまの書類仕事が片付くまで、私はこの仮事務所の続き部屋を冒険することにした。


家具の引き出しをひとつひとつ開けて見たり、布がかけられているソファーに潜ってみたり、カーテンとバルコニー窓の隙間を通ったり、すっごく、すっごく、無茶苦茶楽しい。


なかでも侍従用の小部屋は隅から隅までチェックせずにはいられなかった。

だって備え付けの机棚と小さな腰掛があるだけで窓もないのだ。スパイが機密情報を電波送信する隠し部屋みたいでゾクゾクしちゃう。


あれ? もしかしてここはリボンくんがお茶を用意してくれた場所? ここにリボンくんが立って重要任務(給仕)を!? きゃー--ん!


「シュシューア、来なさい」


アルベール兄さまに呼ばれた。いいところだったのに。お仕事終わったのかな?


「なんだ、頭がぐしゃぐしゃではないか。ここに座りなさい」


ぐしゃぐしゃ…かな? 布と戯れたしな。


私が椅子に座ると、アルベール兄さまは上着の内ポケットから櫛を取り出した。


「いつもくしを、もちあるいているのですか?」


毛先からちょいちょいと髪を解いてくれる。


「そうだな。櫛と小鏡とハンカチーフは必須だな……分け目を変えてみるか」


私の髪で遊び始めた。


「わたくしは、もちあるいていませんが」


なんか、髪の毛をクルクルされている感じ。


「淑女は独り歩きをしない。そういうものは侍女が備えている……案外巻けるものだな」


頭がなんかホカホカしてきた。

あ、その櫛は魔道具ですね。


「うん、悪くない。これで仕上げるか」


自分の上着から飾り紐を解いて、ハーフアップにまとめていく。


「よし、上出来だ」

「かわいく、なっていますか?」

「当然だ。ほら、見てみなさい」


機嫌よさげに小鏡を手渡してくれた。


「……わぁぁ、すごいです。おひめさまみたい!」


ゆるゆるの癖毛が豪華な縦ロールに!


「みたいではなく、お前は姫だ」


「リボンがうしろになっていて、みえません、もうひとつ、かがみはありませんか?」


「聞いているのか? お姫さま」


「あわせかがみがしたいのです~」


頭の上から大きなため息が聞こえたけど、それどころではありません。

アルベール兄さまがしてくれたヘアメイクです! お初ですよ。二度とないかもしれません。あぁ、自撮りしたい。


ねぇ、鏡はどこですか?




☆…☆…☆…☆…☆




階下に下りると、道具で散らかっていた工房がすっかり片付いていた。


井戸で洗い物をする班、藁紙の準備をしている班。漉いた紙は重しを乗せられて水切りの台に収まっている。やっぱり多人数でやると早いですねぇ。


私とアルベール兄さまが顔を見せると、チギラ料理人はささっと厨房台の位置についた。


私の髪を見て「おぉ?」って顔をしてくれた。反応が嬉しい。褒めてくれてもいいのですよ。おっと、私語は禁止でしたね。


「作り置きの分は冷蔵庫に、黄ジャガは冷凍庫に入れてあります。明日の準備を始めますか?」


「黄ジャガは、こおっていますか?」


「凍ってますけど……もう、使うんですか?」


(作り置きじゃなかったのか?)


チギラ料理人はわかりやすいですねぇ。


「こおらせたものを油でりょうりします『揚げジャガ』は、そうしたほうが、おいしいのです。今日のおやつにしましょう」


外はサクッ、中はホクッ、なのだ。


「アルベールにいさま。揚げジャガは、さめると味がおちてしまいます。ゼルドラまどうしちょうを呼びに「お構いなく」…… 来ましたね。では油を、なべにこのくらいいれて火にかけてください」



冷凍ポテトは高温で揚げるのが美味しい。

使ったことがなかった菜箸が、やっとここで役に立つ。


………………………………………………

油の揚げ温度の確認方法

①菜箸の先を水で濡らして拭き取る。

②熱した油に箸先を入れて様子を見る。

低温 150~160度 先から静かな泡

中温 170~180度 全体から小さな泡

高温 180~190度 全体から大きな泡

………………………………………………


「やけどに気をつけてください。油は、ねっすると、水よりずっとたかいおんどになります。ねっしすぎると火がでます。かじにも気をつけましょう」


火傷と聞いて、アルベール兄さまは私を抱き上げ一歩下がった。心配性ですね。


「この湿らせた長い棒を油に差し込むんですね」


チギラ料理人は丁寧に差し込む。


「はい、この泡の出かたは、ていおん。菜箸をあげてください。じかんをあけて……もういちど菜箸をぬらして……はい、そのくらいの泡の出かたは、こうおんです。れいとうジャガを油がはねないように、ゆっくりいれてください」




ジュワ~ッ、ポチポチポチポチ……




美味しくなりそうな音が響く。


ちょっと遠巻きに、だけど絶対見たい。いつの間にか集まったランド職人長一行も加わり、みんなの体が伸びる。


「油の温度が低いと『煮る』で、温度が高いと『アゲル』なんですね。煮るは想像したくありませんが……」


ふふふ、じつはコンフィという油煮の料理があるのだよ。身近なところでツナ缶がそれだね。いずれ作るよ。


「しずんでいたジャガがうかびあがって、はしっこの色がこくなったら、あみですくって油きりにうつしてください。そうしたら、ついかして揚げていきましょう。揚げたときの音が、さっきより大きくなるようでしたら火をよわめて、ちょうせいしてください」


網おたまと油切りのトレイは正しく使われて、フライドポテトは厨房台の上に。少し間をおいて、お皿にあけて塩をふる。


「アルベールにいさま。揚げジャガは、ゆびでつまんで食べてもゆるされます。わたくしに1本とってくださいませ」


抱っこされているので取れません。

おっと『あ~ん』されています! 逃してなるものか!


ふぅふぅ、あ~ん。


「ほふっ、ふっ、むっ、んまっ!」


注目されております。


「では、失礼して……ふむ」


一番手、シブメン。感想は、ふむ。


二番手、アルベール兄さま。モグモグしながらお皿をチギラ料理人に向ける。


三番手、チギラ料理人。ひとくち食べて頷く。


その他大勢、アルベール兄さまに進められて1本ずつ食べる。


(なんだこれ! 初めて食べる味だ! けど旨いぞ!)


お弟子さんたちは初ジャガのようです。


ランド職人長は蒸かし芋の経験があるので「旨いです」と冷静に言って、チギラ料理人の手伝いを始めた。


「残りも全部仕上げてくれ。今のが出来上がったら食堂へ、あとは適当に分けてお前達も食べなさい。黄ジャガの在庫はまだあるな。作り置きを冷凍補充しておくように。ゼルドラ魔導士長、揚げジャガの後はアイスクリームも食べて行ってくれ。感想が聞きたい」



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