3.スイーツテロ?
波打つ金髪は艶やかに輝き、紫の瞳は宝石のように……母をこよなく愛する父の賛美が恥ずかしい。
でもまぁ確かに、お母さまは女神と称えられるほどの美女であります。
だけどお父さまも負けてはいないのです。茶髪茶眼の甘~いハンサムさんなのです。
……でね、
お父さま似の優し気な顔立ちを受け継いだのは、ルベール兄さまとベール兄さまです。
ちょっとタレ目なの。
私とアルベール兄さまは、お母さま似の強気顔ね。
シュッとした切れ長の目なのです。吊り目でないところが繊細な美しさを醸し出していると、父が申しております。母を見つめながら。
それでもって私たち兄妹は全員が金髪紫眼。
母の遺伝子はとても強いようです。
☆……☆……☆……☆……☆
(王さま、砂糖の使用許可出しちゃったよ)
(娘に甘ぇな~)
(甘ぇ甘ぇ、砂糖より甘ぇ~)
そんな声が聞こえてきそうな料理人たちの表情が、正直で面白い。
すぐに大きな体の料理長がズイッと前に出てきて、面倒くさそうに『ガキが何の用だ』って言いそうな顔で『ごっ、ごきげんよう』だなんて似合わない挨拶をするものだから、ベール兄さまが思い切り吹いた。
後ろの料理人たちも料理長に続いて頭を下げたけど、かなり肩が震えていた。ぷふふっ。
「おいしい、おかちを、ちゅくりましゅ。おさとうと、たまごと、ミルクね。わたくちが、つくりゅの、みて、くらしゃい」
……【訳】砂糖、卵、ミルクを用意なさい。手順はこうです。
〈カン〉
……卵が。
〈カンッ! カンッ!〉
……硬くて。
〈カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!〉
……割れない!
〈ズ〉
……鉢が。
〈ズッ〉
……重くて。
〈ツルン〉
……動かない!
うぐぅ……華麗にクッキングするつもりがカッコ悪いことになった!
〈コトン……カン、パカッ、ぽいっ、カン、パカッ、ぽいっ、カン、パカッ、ぽいっ……〉
「!!!」
踏み台の上で呆然とする私を見かねて、料理人Aが卵を割ってくれた。
「あいがとぅ!」
見事な片手技だったので拍手を送った。
じゃ、次にいきましょうか……あぁ~っと、泡だて器がないね。
身振り手振りで説明したら、料理人Bが3本のフォークを扇状に持ってシャカシャカしてくれた。
砂糖は黄色くて粒も大きいから(きび砂糖かな?)ミルクと合わせて火にかけてもらおう。これは料理人Cがやってくれた。
沸騰する前に火からおろして、卵の鉢に少しづつかき混ぜながら投入してくださいね。
そうしたら、これを網で濾しつつカップに入れていくのだけど……
「ベールにいしゃま、あじみの、ちっちゃいの、ちゅくる、して、いい?」
「ぜんぶ味見用にしていいぞ」
卵と砂糖の組み合わせがありえないとかブツブツ言っています。
「じゃぁ、なべに、おみじゅをいれて、おゆにしゅる、ちます。あの器に、これを、いれて、なべにおくの。んで、ふたをするちて、グツグツちて、ちょっと、まちゅするの」
……【訳】小分けにしたカップを湯煎します。
湯煎係は料理人A。BCはお片付け。
ベール兄さまは料理人たちの手際の良さに釘付け中。
私は料理長に抱っこしてもらって、なんかよちよちされてる。
後で知ったことだけど、ここは王族や来客に提供する上級料理専用の厨房で、お城で働いている人たち用の厨房は他にあるそうだ。たぶん社員食堂的なものなのだと思われる。そのうち見に行ってみたい。いや、絶対に行く。食べに行く。
ちなみに私たち家族は朝食と夕食は一緒に食堂でとるけれど、昼食はそれぞれ別に食べている。
大人は公務の会食だったり、移動中に簡単に済ませてしまうみたい。
私はだいたい兄さまたちの誰かと食べている……ような気がする。気が付くと用意されていて一緒に食べているから。
「あいっ、れは、ひをけすして、まちましゅ」
「どのくらいでしゅか~?」
おっと、料理長がメロった。
私を抱っこして父性スイッチが入ったな。
「おうたをうたって、まちゅのよ」
5分くらいなんだけど、説明できないから童謡を歌ってごまかす。
料理長も付き合ってくれて、抱いた私をくるくる回してあやしてくれた。
あぁ、こういうの初めてだなぁ。
大きな男の人に甘えるって、気持ちいいなぁ。
前世の父親は忙しかったのかな。
今世の父親も忙しいみたい。
遊んでもらった記憶が……ないなぁ。
「──つっ、次は俺なっ!」
ベール兄さまが期待に満ちた瞳で料理長を見上げている。
たぶん彼もお父さまと遊んだことがない。
わかるよ~その気持ち。
「りょうりちょう、ベールにいしゃまと、いっちょに、クルクルちて」
「よっしゃぁ、来いっ」
「うはっ」
料理長の太い腕が、ベール兄さまを軽々とすくいあげた。
「料理長、外でやってください」
料理人Aに窘められて、私たちは厨房の裏口らしき木戸から外に出た。
「お~っし、大回転してやる。怖がって泣くなよ~」
おぉ、厨房の外って本当に外なのね。
菜園と家畜小屋と、普段会うことがない下働きの人たちが沢山いた。
「どりゃーっ」
「きゃーっ」
「うわーっ」
私たちの胴を抱えて、自分を軸にすごい勢いで回りだした料理長。まさに大回転!
ベール兄さま大喜び! 私も大喜び!
下働きの人たちもこちらを見て笑ってる。
うはぁ~っ! 楽し~~~っ!
◇…◇…◇
ひとしきり遊んだ後は再び厨房へ。
「ちゅぎは、なべかりゃだちて、みじゅにいれて、れいぞーこにいれれ、まちましゅ」
……【訳】粗熱を取ったら、冷蔵庫に入れて待ちます。
うふふ~、氷を利用した冷蔵庫があるのだよ~。ファンタジックよね~。
「今度はどのくらい待つんだ?」
ベール兄さまは料理長ともっと遊びたいご様子。
でもなぁ、1時間も料理長を拘束できないし……よしっ、予定変更!
「きょうは、あったかいのを、たべまちょう。ええと……いち、にー、よん…しゃん?なな?……「全部で6人だ」シュプーン、ろくにん」
……【訳】冷める前のものを食べましょう。皆さんスプーンの用意はよろしくて?
「いっこを、みんなで、あじみね。さいしょは、わたくち」
スプーンですくって、あむっとひとくち。
ちゅるん──うん、普通に美味しい。
次は料理長が『んじゃ、俺も』って、はむっといく。
ふむふむ。味わっていますね。美味しいでしょ?
「味の予想はしていたが、菓子では舌触りが新しいな。おい、お前たちも食べてみろ」
普段料理をする人には材料だけで味の想像がつくらしく、料理人たちも躊躇なくスプーンを口に運んだ。
「旨いですね」
「こう、つるんとした感じが……」
「弾力も面白い」
それを見ていたベール兄さまも、恐る恐る、ちょびっとだけすくって舐めた。
『あれ?』って顔をして口の中で舌先を転がしている。
「…………」
今度は戸惑いなく、スプーンに山盛りでカプッといく。
「………っ、うまっ!!!」
かふっ、かふっ、かふっ。
カップに残っていたプリンは、あっという間に無くなった。
「はぁ~、うまぁ~~~い」
まだ手を付けていない4つのカップをチラリと見ましたね。
はい、ここで交渉です。
「ベールにいしゃま。おいしーの、たべてもりゃって、おさとう、かってもりゃう、しましょう」
……【訳】残りは冷やして投資してくれそうな方に試食しもらいましょう。資金が入ればもっと美味しいお菓子が食べられます。
スプーンを持ったままのベール兄さまの顔が、おあずけされたワンコみたいになった。
(ううっ、可愛いな)
「…………いっこ、らけれしゅよ」
私がメロってどうする。
私の可愛いお兄さまは、厨房の端っこにプリンの世界を作りに旅立った。
木箱に座って幸せそうな顔をしてる──なんか、子供を適当に丸め込んでしまったような罪悪感が……これからも美味しいお菓子をたくさん作るから、許してたもれ。
……で、
「ねぇ、みんな。おしゃとう、かってくれる、おとな、おしえて?」
「ゼルドラ様だったら、協力してくれるかもしれません」
料理人Aが言う。
「ジェルドリャ……だりぇ?」
「魔導士長ですよ。ほら、眉間にシワが3本ある」
あぁ、あのシブメン。一番偉い魔導士だったんだ。
「きのー、ダメ、らった」
「すごい甘党ですから、この菓子を食べたら気が変わりますよ」
ほほぅ、甘党とな……ギャフンと言わせるチャンスかのう。
「シュシュ、アルベール兄上に1個食べてもらおう」
ベール兄さま、頬にプリンがついています。
「アルベールにいしゃまも、あまいの、しゅきらの?」
「普通に好きだぞ。それよりアルベール兄上は金儲けが好きなんだ。この菓子を売り出してくれるかもしれないぞ。売れた金で砂糖を買ってもらおう」
売る? 売れるの? プリンが?
「かんちゃんに、だりぇでも、ちゅくりぇるの」
「簡単に作れるけど作り方を知らないだろ。お前たち、これの作り方は外に漏らすなよ」
全員が神妙にうなずく。
え、そんなに?
スイーツテロはチョコレートがお約束じゃなかった?
プリンでフィバーできるの?
……できるかも。
私もコンビニでプリンを買ってたわ~。えへへ~。
プリンで3話ほど引っ張ります。





