26.アルベール商会(side アルベール)
【第一王子 アルベール視点】
アルベール商会のレストラン《アルベノール》
意味するところは『アルベールの味』だ。
『べ』に続く語呂の良さから父上が命名した。
舌でなかったことに、ほっとしたのを覚えている。出資者の案には逆らえないものなのだ。
いつだったか、シュシューアにこれを話したら腹を抱えて笑われた。
異世界のニッポン国では、「舌」は「舐める」の擬音なのだそうだ……まったくもって不愉快な偶然である。
☆…☆…☆…☆…☆
王妃主催の茶会で出されたプリンアラモードの噂は、貴族婦人たちの間で瞬く間に広がった。
ティストームの菓子史上最高の大流行が巻き起こった……というのは大げさだが、砂糖が高価故に流行自体が起こらなかったのだと考えている。
しかし、流行は起こった。
プリンアラモードが食べることができるアルベノールの予約が、あっという間に3ヶ月先まで埋まってしまった程である。目論見通りではあったが……(3ヶ月より先は予約を受け付けていない)
元より予約席は安くない別料金だ。
プリンアラモードの値段も、敢えて高額に設定して暴利をむさぼっておいた。
消費者が金に糸目をつけないのは物珍しさが利いている今だけである。
次の商品開発のための資金が必要なのだ。どんどん金を落としていって貰いたい。
───プリンアラモードの人気は今でも上がり続けている。
時間がたつにつれ、レストランだけでは対応しきれず、料理人の派遣も始めてみた。
完成品を持ち込んで盛り付けるだけではあるが、その需要も相当のものになった。
同時にプリンアラモード専用の足つき皿も飛ぶように売れた。
決して品切れを起こさなかったのも、流行を衰えさせない計略のひとつではあった。
しかし、いささか成功しすぎた。
黄ヤギと玉鳥(卵用)が不足する懸念が出てきたのである。
おかげで門外漢の畜産にまで手を広げることになってしまった。
そういうことで、アルベール商会の傘下には牧場が加わり、同じ流れで契約農園の数も増えつつある。
──…どちらもシュシューア繋がりだな。
今後も必要なものは全て揃えてやるつもりではいる。
私自身楽しんでいるのもあるが、そして儲かるというのもあるが……こほん。
一方、砂糖は各方面から融通してもらい、代わりとしてカルシーニ蜂蜜を提供した。
それによって、一時高騰した砂糖の価格は、今はやや高値で安定している。
じきに甘液に切り替える予定であるから、砂糖の価値は徐々に下がっていくことだろう。
煩い砂糖利権団を黙らせるのは父上の領分だ。
商会では黍酒の輸入を大幅に増やすよう動くつもりだが………私に鎮圧の仕事を振られたら嫌だな。嫌な予感がする。甘液を譲ったんだから後は国で何とかしてくれ。頼むから。
ともあれ、プリンアラモードの人気は貴族婦人から社交界へ、社交界から裕福層へ、王都の外にも浅く広く伝わっていくという快挙が続いている。
それによって領地で隠居していた紳士淑女の耳にも情報は流れて行った。
噛まないという菓子が少なかったこともあり(歯のない)年寄りたちの反応が凄まじいものになったのだ。
社交界を退いていたとしても金だけは持っている。
ルベールが強く薦めてきた『調理法・泡だて器・絞り器』の組売りが功を奏した。分離具も併せて気兼ねなく吹っ掛けた金額で売りつけてやった。ふっ。
◇…◇…◇
調理法は人伝てに広まるのは承知していたので、組売りが落ち着いてきた頃に器具の方は単品販売も始めた。
泡だて器と生クリーム用絞り器は類似品が横行したが、それを取り締まり賠償金を徴収するのは商業ギルドの仕事だ。
賠償金の一部はギルドにも入る。ギルド職員たちは張り切って摘発していた。
このあたりでシュシューアの針金製造具が完成し、泡だて器の量産が可能になった。
泡だて器は菓子作りのみならず、料理には欠かせない基本的な調理器具になるはずだ。
チギラもそう言っていたし、調理現場を見ていれば嫌でもわかる。
なによりマヨネーズ作りに必要だ。
同時期に完成したゾウゴウ菌除去具は今のところ販売の予定はない。
開発者であるゼルドラ魔導士長が、他の有害物もまとめて除去できるよう改良したいのだそうだ。
試作品となったゾウゴウ菌の除去具はアルベノールの厨房のみで活躍中である。
最近は食品関係以外の外来商人が調理器具を大量に仕入れていく。
取り敢えず話題の物を購入したいという顧客が多いらしい。商人さえよくわかっていない。
『パソコンを持ってないのに、Win95ソフトを買うおじさんたちみたい』
シュシューアが前世の言語で言っていたが、何となく呆れているのはわかった。
現在のアルベノールではシャーベットも注目を集めている。
『期間限定』が消費者を熱くするのだと力説したシュシューアを信用して、収穫終了間近のシプードで宣伝したのは効果があったのかなかったのか。
プリンアラモードの人気もまだまだ根強い。
『預かった茶器にプリンと生クリームを詰める』という販売を始めるため、予てから計画していた傭人の寮として空き家を買い取り、その1階の半分を仕込み専用の厨房に改築した。これでレストランの方は落ち着いていくことだろう。
次はレベ・シャーベットだったか……忙しいことだ。
余談だが、商会の料理人が王宮の厨房にプリン作りの指導を受けに行った際のこと───
商会から持参した『泡だて器』と『生クリーム用絞り器』を見た王宮の料理人たちが目を剥いて『俺たちのあの苦労は~っ!?』と叫んだという笑える噂が料理人たちの間で広まっているらしい。
発売前の調理具を持ち帰らず、そのまま厨房に寄付したのは言うまでもない。
もうひとつ。
妹が『リボンくん、リボンくん』と煩い。
リボンを昇進させて、しばらくあれから離すことにする。





