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14.藁紙

 

王宮の食堂で朝食を取り終えると、私とベール兄さま以外の家族は執務棟へ向かうのが日常である。


私は自由行動。

ベール兄さまは自室に戻り、訪問する教師たちとのお勉強が待っている。


ベール兄さまの授業には前に何度か乱入したことがある。

意味が分からない教師の単語に質問に質問を繰り返し、程度の低い私のための授業にスライドしてゆき、また、一を聞いて一を聞いて一を聞いて、聞いた傍から頭からこぼれていく不毛の時間に、最初は我慢…根気よく見守ってくれていたベール兄さまも堪忍袋の緒が切れたらしく、授業中は二度と来るなと厳命され追い出されてしまった。

実はベール兄さまは本気で怒ると結構怖い。アルベール兄さまの半分ぐらいは。ええと、もうその半分くらいかな…………あれ? そんなに怖くないかも。ほとぼりが冷めた頃また突入しよう…(※喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプ)


ということで今、朝食を終えたファミリーは食堂の大扉を出てそれぞれの予定のために散ってゆくところである。


「シュシューア、離れなさい。危ないですよ」

「いーやー」


私は今、お母さまのドレスにまとわりついている。


今日のお母さまのドレスはギャザー寄せがたっぷりで、体を絡みつかせることができるほど布地をふんだんに使った超贅沢品なのだ。サラサラしていてとっても気持ちがいい最高級品なのだ。


品質はさておき、お母さまは歩行中であった。

私も追いかけつつ絡みついていた。


間の悪いことに、最高潮に巻き付いたところで私の足がお母さまの足の甲に乗った。

歩を進めて前に浮かせた母の御御足(おみあし)である。当然私も一瞬浮かんだ。そして私は巻き付いていたドレスから解かれることで勢いがつき、軽快に転がった。万歳ポーズで三回転はしたであろうか。



面白かった。



「もういっかい!」


「ダメだよ、お転婆さん」


ガバリと起き上がった私を後ろから抱き上げたのはルベール兄さまだ。


「もういっかいだけ~! おかあさま~!」


クスクス笑いながら通り過ぎようとするお母さまに手を伸ばすも叶わず、あきらめきれずに目で追うと「ロッド、今の見ましたか?」と、はしゃいだ声のお母さまは遠ざかっていく。そして娘をネタにお父さまとイチャイチャしだした。今はもう無理っぽい。


──…ふふふ、でも、私はあきらめない。夕飯の時に再チャレンジする所存!


ベール兄さまと目があった。

私が何を考えているか見抜いたベール兄さまは口パクで「ばーか」と半眼でチラ見しながらスタスタ行ってしまった。


──…ぬぅ、ベール兄さまだって面白そうだと思ったくせに! もう一回やらせてもらって見せびらかしてやる!


「う~ん、僕のお姫さまはどこに行っちゃったのかなぁ?」


お姫さまらしくないと言いたいらしい。


「ルベールにいさまが、いま、だっこしていますよ」


いちおう主張しておく。


「僕が抱っこしているのは、お転婆さんだよ?」


「おひめさまですよぅ」


ルベール兄さまの両頬をペチペチ叩き、寄せて上げてグニグニする。

アルベール兄さまには決してできないおふざけである。


──…コロコロが出来ないなら、イチャイチャに変更だぁ。


「やめないか」


アルベール兄さまの邪魔が入った。


「シュシューアはこれから離宮へ連れていく。ルベールはこれから視察が入っているのだろう? 早く行くといい」


そう言ってルベール兄さまの腕から私をもぎ取る。


「あぁ、もう馬車が待っているかも……それじゃぁ僕は行くけど、シュシュ、お行儀よくね」


「はぁぃ、いってらっしゃい」


いってきますのほっぺにちゅうを残し、ルベール兄さまも手を振って行ってしまった。

残るはアルベール兄さまと私だけとなった。


「今日の付添人はミネバだ。面倒を掛けないように良い子にしていなさい」

「アルベールにいさまは?」

「来客が多くて、今日は予定が立たん……ミネバ、頼む」


おっと、ミネバ副会長がいた。

廊下の端とはいえ王宮に立ち入ることを許されているとは、かなりの信用を得ていると見える。

私をポンと預けてしまえるのだから、これはもう相当のことだ。


アルベール兄さまは私を下におろし、昨日のリボンくんの様に服の乱れを直して「行ってこい」と送り出してくれた。もちろんお返事は「いってきます」だ。


「おはようございます、姫さま。今日はよろしくお願いいたします」


「おはようございます、ミネバふくかいちょう」


ミネバ副会長の顔は無表情だけど、こちらに手を伸ばしてきたので迷わずキャッチする。指一本にぎにぎ戦法で父性を爆上げするのだ。──…ぬぅ、表情に変化なし。

けど、私は挑み続ける。いずれ、そのうち、いつか、たぶん、攻略……は無理そうなので観賞だけに留めておく。クールマンは一歩引いて眺めるのが正解なのである。





*******************************************




 

「おはよう、ランド」

「副会長……姫さまも、おはようございます」

「おはようございます、ランドしょくにんちょう」


私は今、ミネバ副会長の腕の中から挨拶をしている。

刃物があるから危ないと、離宮の門をくぐると同時に抱き上げられてしまったのだ。

まぁ、昨日と一緒である。


ランド職人長の二の腕も昨日と変わらずムキムキだ。私の歯型つきだけど……うん。噛み切れないハムだったね。


「きのー、たべて、ごめんなさい」


ランド職人長の腕を指さし、いちおう謝っておく。反省していないから思い切り笑顔の謝罪である。

ちなみに「たべて」は「かみつく」「かむ」の単語を知らないからであります。


「あ~、いやいや」


ランド職人長の返事は外見通りおおらかだ。

王侯貴族に対してこの態度はダメだろうけれど、たぶんアルベール兄さまは商会内では良しとしているのだろうなと思う。ミネバ副会長も何も言わないし。


私はもう一度ランド職人長の二の腕を見る。何度見ても立派なふくらみだ。腕だけではなく胸筋も立派である。頼んだらピクピクやってくれるであろうか。


──…あの筋肉に抱っこしてもらったらどんな感じだろう。ふかふか? かちかち?……むらっ


我慢できずにランド職人長へ向かって手を伸ばす。手だけではなく体全体で。半びちになった。


「ランドには作業があります。おとなしくしてください」


「ちょっとだけ~」


「………会長に報告しますよ」


抑揚にないミネバ副会長の声に、ぴきっと体が固まった。


「……ハイ、ワタクチハ、ヨイコデス」


──…カミナリ怖い。


「うははは、じゃぁ昨日の続きといきますか。こっちに用意してありますよ」


厨房の床に置かれた大量の桶とご対面だ。

水に浸して紫外線にさらしておいた藁と、沢山作っておいてとお願いしていた草木灰の灰汁である。

火台にも火が入っていて準備万端のようだ。


「粘っこいのも作ってありますよ」


──…にゅわ~の根っこも来てたのね。


根っこを叩きまくって、にじみ出た粘液を布で濾すだけのこの『にゅわ~』は『ねり』といって、水槽に浮かべた繊維を沈殿させないために使われる糊のような液体である。

糊と言っても接着剤ではない。紙は繊維の絡まりだけで結合されるのだ……繊維って凄いね。




「では、はいのおけのみずで、わらを、にます。わらがやわらかくなるまで、にます。こんかいは、3ときぐらい、にます」




昨日、桶で熱湯に漬けておいた草木灰の上澄みを掬って、藁と一緒に煮る。

草木灰の上澄みは灰汁のことで、そして灰汁はアルカリ液のことだ。

アルカリ液で煮た藁が柔らかくなるまでの時間は不明なので、今回は3時ほどと目安を付けた。


3時後、柔らかくなった藁を網器にあけて水でよくすすぎ、金づちを使って平板の上で叩いて潰す。繊維をより細かく解すためである。


次はそれをはさみで細かく切りながら節やゴミを取り除き、混合具(ミキサー)にかける。これも今回は目安で半時ほどにしておく。




作業は確認を取り合いながら進められた。


時間がかかる作業の間は道具を見て回ったり、離宮の中を案内してもらったり。ずっとミネバ副会長に抱っこされたまま、()()楽しい時間を過ごした。

なんと昼食とお昼寝にまで付き合ってくれたのだ。始終ムスリとしていたけど。


でもね、見た目ほど迷惑に思っていないことに気づいちゃったのだ。


だって顔に書いてあるもの…『この子供は商会の役に立つ』…ってね。


合理主義者なのだとピーンときた。


かくいう私も前世ではそうだったから間違いない。

初めての昇進で得たひとりの部下。彼は非常に仕事がデキるやつだった。私は何があろうと絶対に手放さなかった。

我ながらめっちゃ大事にしたわ~。自分のためなんだけど~。


そういうことで、私に利用価値があるうちは良いおじさん(失礼、まだ20代でしたね)でいてくれることは確実なのだ。

文句なんてありません。ひとりでは何もできない私こそ利用する立場なのだから──…あ、嘘です。もうちょっとフレンドリーにしてくれてもいいと思うの。アルベール兄さまみたいに睨まなくていいのですよ。ね?




───目が離せない工程に入った。


水を張った大きな桶に藁とねりを入れ、よく掻き混ぜ、簀桁で繊維を掬う『漉き』作業である。


ランド職人長の手が揺れる。

もう完成形が予想できているのか、何度も掬って何度も揺する。

いい感じだ。ランド職人長も納得して手を止めた。


今日の締めくくりは繊維を布と平板に挟む作業である。


網がない方の枠を外し、網の上の繊維に布と平板を置いてひっくり返す。

同じ要領で上になった網付き枠も外し、もう片面にも布と平板をかぶせる。


ランド職人長の手は大きく指も太いが、指先の動きは繊細だ。


崩れないように、慎重に、布と板に挟んで重しを乗せたら、水を切るためにこのまま半日ほど放置する。


明日、火熨斗をかけたらどうなるか……


「これで1枚の形になったら、凄いことになりますね」


ミネバ副会長の声は感心したように聞こえるが、無表情は崩れない。


「はい、ドキドキしてきました。ランドしょくにんちょう、またあした、おねがいしますね」


「はい、明日も朝一番で来ますよ。楽しみですねぇ」


「はいっ!」





───で、次の日の朝。


なんかみんな楽しみだったらしく、兄ーズが全員集合していた。


リボンくんも来ている。

私そっちがいい、ミネバ副会長、下ろして!



私とミネバ副会長の攻防をよそに、今日のイベントが開始される。



ランド職人長の手で重しが除けられた。


板が剥がされる。


布の上から火熨斗がかけられた。


布が剥がされた。



──…おぉ?



海老反っている場合ではなかった。

重要な局面である。



裏の布も剥がされた。



──…無事に紙になっていますように。



ランド職人長から、私に手渡される。



片手指で挟む。



振る。




ペラッ。ペラッ。




「「「「「「おぉぉ!」」」」」」




その後は藁紙の奪い合いが始まった。


見せろ、触らせろ、書かせろと、煩い。


細筆はまだ届いていない。


リボンくんがインクと羽ペンを持ってきた。


羽ペンを握ったのはアルベール兄さまだ。


私はミネバ副会長にまだ抱かれている。むぅ。


縦に一本線が引かれた。


滑りは悪そうだが、アルベール兄さまの顔が悪魔になったので、使えると判断されたようだ。


今度は羽ペンの奪い合いが始まる。


藁紙はそんなに凄くないと言いたかったが、ミネバ副会長の手からアルベール兄さまの手に渡されてクルクルまわされたら、どうでもよくなった。


でもこれは外でやったらアウトだね。

恐ろしい形相の男に持ち上げられている幼児を見たら、わが身を捨てて助けに来る大人が続出しそうだ。



「昨日の余りを捨てずに取ってありますよ。作りますかい?」


ランド職人長の言葉に全員が頷いた。

そして藁を漉く姿に釘付けになった。


昨日と同じように重しが乗せられ『明日の朝には同じ紙になってますんで』に、もう終わり? という顔をされて、ランド職人長は『その前の工程が多いんですよ』と収めた。


「残りの藁も紙にしてくれ。1日で何枚作れる?」


アルベール兄さまから指示が出された。

顔はまだちょっと黒い。


「待ち時間が長いですからねぇ。今ある道具では5枚がいいところですかね」


「当面はシュシューアが使うだけだから問題ない。他の仕事と並行して進めてくれ……ミネバ、二階で打ち合わせをするぞ。リボン、茶の用意をしてくれ」


食堂の真上にはアルベール商会の仮事務所があるのだ。

食堂の使用人用階段を使えばすぐに行ける位置にある。

昨日ミネバ副会長に見せてもらったから知っているのである。



「ベールは授業に戻りなさい。抜け出してきているのを知っているぞ」





ベール兄さま、またもやハブに……


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