22.花火(Side アルベール)
【アルベール視点】
「黒色火薬とは、導火線を通じて仕掛けた弾薬が爆裂するものではないのか? そなたの口ぶりでは飛ばすことも出来るようだが……そうなると、陸から船に向けて攻撃することも可能か?」
父親に顔を覗き込まれて、シュシューアは考え込む。
「う~ん……」
この唸りが始まったら、決して邪魔をしてはならない。
「……大砲?」
「『たいほう』とはどんなものか、説明しなさい」
父はシュシューアを膝から降ろし、長椅子の隣に座らせた。
「え~と、鉄の球を遠くへ飛ばす武器ですけど……威力は投石機と変わらないです。大きな音に驚いて敵が逃げるくらいでしょうか…「ドドーーーンか?」…はいそうです。あ、鉄球ではなくて弾薬を飛ばせば良いのですかね? あ~、でも命中率が低いから勿体ないか。ん~、アームストロング砲は……ん~、ん、描けそうです。そうだ、威力は小さいですけどオルガン砲もお勧めです。木の盾を貫通するので、戦争が起きてもあっという間に終わりますよ!」
一国の姫が、鼻の穴を広げて力説を始めた。
「それも絵に描けるのだな?」
「はい、お花畑に往かなくても描けます。前世のわたくしはお馬鹿さんではなかったのです。オタクでしたけど」
”おたく”は何度も耳にした。他者に理解されない拘りを趣味に持つ者のことだ。
「ティストームのためにはなるが、お父さまは少し心配だ。平和な前世であったはずなのに、なぜこんな武器の知識があるのかな? 」
「男の浪漫です」
偶の持論を出してきた……お前は前世も女だろうが。
「わたくし、ベール兄さまのお尻が蜂に刺されることを知っていたら、先に蜂の巣を探して叩き落します。蜂はかわいそうではありません。人間もかわいそうではありません。もしここに、ベール兄さまのお尻に矢を放った人がいたら、わたくしは、ぶちます。蹴ります。傷口に塩を塗りこみます」
『ぶちます』の動作がどう見ても鞭を持っている。
「そなたの作った武器で人を死に追いやる……そんな責任や重圧に耐えられるのか?」
「ベール兄さまのお尻のほうが大切です」
「ベールの尻を取るのか」
ここにベールがいたら『俺の尻を例えにするな!』と暴れそうだ。
「でも、弾薬で死んでしまったり、体の一部や、特に顔の一部を失った人の苦しんでいる姿は見たくありません。狡いことを言っていますが、嫌なのです」
「それは剣の戦いでも同じことだ。鍛冶士が自責に駆られて治療院に出向くことはないであろう?……そなたには何も思い煩うことなく心安らかに過ごしてほしいと、お父さまは望んでいる。国のために使われるその武器の事は、全てお父さまに任せておきなさい」
「……お父さま」
見上げるシュシューアの瞳が、父親を気遣うものになっている。
「わたくしは、傷つきません」
「……そうだな」
諦めたようにため息をつき、娘をきつく抱きしめて頭に接吻をする。
父上、今はやめてください。花畑に往ったら話が進みません。
「そなたは死を乗り越えているのであったな。元気に遊んでいる姿を見ていると、つい忘れてしまう」
「死ぬときは苦しかったですけど……死ぬことよりも死んでお別れすることの方が、今はとても怖いです。お父さまは長生きしてくださいね。わたくしより長くても構いませんよ、あと100年ぐらい」
「何を言うか。子供が親より先に往くのは許さんぞ。シュシューアはもう150年上乗せしなさい」
「ブファッ!」
……失礼。王子にあるまじき吹き出し方をした。
ぎゅるるるぅぅ~。
「腹が減ったな。三の鐘は鳴ったか?」
一瞬シュシューアの腹の虫かと思ったが、父だった。
「先ほど鳴りましたね。父上、たまには離宮で昼食を召し上がりませんか? 今日はチギラ特製のチューカ・ファースですよ」
「おぉ、音を立てて食べるファースか。呼ばれるとしよう」
「では、準備させましょう」
部屋の外に待機する、父と私の侍従に指示を出す。
王が離宮へ移動する準備とチギラへの知らせだ。確か王に食事をふるまうのは初めてだったはずだ。さて、どんな顔をする事やら(もう体験しています。42-2話参照)
「やはり、私の代で戦争は起きるのか……はぁ」
戻ると、ルベールのようにだらけた父の姿があった。
「……どうして『やはり』なのですか? 戦争の予定があるのですか?」
妹は冷めきった茶を飲みながら不思議そうな顔をしている。そして私を見て『そうなの?』と首をかしげてきた。
そうなのだ。予定は確かにある。
完全な友好国は国力が同等なマラーナのみであり、西大陸のほとんどの国が虎視眈々とティストームを狙っているのだ。
そもそも侵略戦争の危険は祖父の代から囁かれ、備えも現在進行形で整え続けられている。
20年前のトルドンとの戦いも、王子時代の父の練習台であったのだと、祖父から聞いていたくらいなのだ。
「ティストームのように豊かな国が、狙われないわけがないだろう?」
ベールもそれを承知で騎士を目指しているのだ。
ルベールには参謀になってほしかったが、マラーナ王太女との婚約がほぼ確定した今となっては、あきらめるしかないだろう。しかしマラーナからでも力を貸してくれると、無条件で信じることが出来る。
「それでも、なぜ、お父さまの代なのですか?」
しつこいな。私は肩をすくめて無視をした。
「ねぇ、お父さま、なぜですか?」
しつこさは父に移った。
「では聞こう。そなたはなぜ、そのように何度も尋ねるのだ?」
そう言われて、はたと止まる。
「………」
考えているようだ、暫く放っておこう。
だが待たなくとも、出される答えは父も私も、そしてここにはいない家族も知っている。
戦争は起きるのだから。





