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12.長いの

 

子供用の椅子に座らせてもらって、一息つく。


テーブルの位置は食堂(ホール)の中央、豪華なシャンデリアの下。ほんのりスポットライトを浴びているような最上級席だ。


他の席にも序列が付いているみたいだけど、私は一生このテーブルにしか着かないはずだから覚えなくてもよいのです。よくないか。


「どう? シュシュ」


離宮での食事をレストラン仕様にして練習したのでバッチリです。でも、そういうことが聞きたいのではないですよね。


「食堂の中の人のザワザワがウキウキします。厨房から漏れてくる食器の音もワクワクします。天井が王宮よりも高いから良く響いて、音楽も気持ちがいいです。どこから聞こえてくるのですか?」


見たところ、食堂に楽団はいない。


「楽団は隣の部屋だよ。壁と天井の間の空洞……あそこが隣の部屋と繋がっていてね、ふふっ、凄く狭い部屋で演奏しているんだ。見に行かないであげようね」


裏舞台か……見に行きたいけど我慢しよう。


「失礼いたします」


制服姿の給仕が、おしぼりとレベ水を持ってきた。


食事前に手を拭くという習慣は「お手水」同様まだ布教中だ。

おしぼりはアルベール商会の他のレストランでも提供されている。ただ周知はされていても普及がイマイチ。ならば王族のデモンストレーションで確固たる地位を築きましょう。控室で手を洗った直後だろうが関係ないのだ。ふきふき。


次は、メニューを開いて注文……とはならない。ティストームの高級レストランでは事情が違う。

メニューは予約時のためのものであって、来店時には予定の仕込みが全て終わっているものなのだ……あ、日本でもそうだった?…そうだったかも。料亭とか。ごほん…テーブルに案内されたら、美味しい食事が運ばれてくるのを大人しく待ちましょう。


「追加をしたい時? 給仕に言えば、希望に沿うそれらしきものを出してもらえるよ。もちろん無理な時は断るけどね。プリンアラモードのおかわりとか」


「まだ無理ですか……」


「プリンアラモードだけは無理だねぇ。レストランで出すプリンはチギラの特別レシピだから……追加を受けると争奪戦が起きるらしいよ」


特別レシピですと!?


「僕たちは離宮で食べてるよ」


……ならいいです。文句ありません。



「お待たせしました」


サラダが運ばれてきた。


「枝豆の冷製スープでございます」


枝豆の冷たいポタージュが運ばれてきた。



「万物に感謝を」



上流階級の食事には出される順番というものがある。

最初に冷製のものが出される……これだけ(笑)そして完食しなくても次が運ばれてくる。温かいものを先に出すと冷めてしまうから後に来るというだけだ。そして、こまめな空皿の回収はない。給仕が割り込むことで会話を途切れさせてはならない、という心遣いでそうなっている。


一方、宅の常餐や晩餐会などは、大皿から給仕が取り分けていく形式が多いと聞きます。

城の料理長は時折遊び心を利かせて、冷/温/冷/温と小皿で出してきたりしますけど、それはそれで楽しいです。



「ミエムのファースでございます」


はい、待っていました、スパゲティナポリタン。

和風だしとすりおろしニンニクで、昔懐かし喫茶店の味を目指した一品です。


ホール内がザワリとした。


『あれは何だ?』

『”長いの(ファース)”と聞こえましたわ』

『ミエム……ケチャップ味?』


よしよし、皆さん興味津々ですね。


「粉チーズと刻みパセリはいかがいたしますか?」


給仕の盆には、粉チーズと刻みパセリの小皿がふたつ。


「僕は粉チーズたっぷりとパセリは程々に」

「わたくしは両方少しずつ」


スプーンでパラパラとかけてくれる。



給仕が下がる。

フォークを手に取る。

注目されている。



『さぁ、アルベール兄さまからの任務を遂行する時が来ましたよ!』



巻き巻きとルベール兄さま。

クルクルと私。


ふたり同時にパクリ。

モグモグモグ。

よく噛んでごっくん。


「美味しいね」

「はい、美味しいです」


離宮で食べるいつもの味。

ルベノールの厨房には、今日だけチギラ料理人が来ているのだ。


巻き巻き、クルクル、モグモグ……むふふ。

美味しいので演技をしなくても自然と顔が緩んでくる。

ルベール兄さまも……くぅ、モグモグしながらの微笑みは反則です。胸を押さえている令嬢が何人かいますよ。



はい、そうです。

私のプチデビューの方がおまけです。


今日のメインは『ファースのデビュー』だったのでした。



反応はすぐに表れた。


給仕が呼ばれている…質問されている…追加された。

あっちで給仕が呼ばれる…質問して…追加した。

こっちでも給仕が呼ばれる…質問…追加。


やった! 任務達成!


ケチャップが苦手な人には、カルボナーラとペペロンチーノも用意してあるのでご検討ください。でも今日の追加はハーフサイズだけですよ。今日の予約した食事が食べきれなくなりますからね──それでは、新生ファースをどうぞお楽しみください。



◇…◇…◇



王族がフォークで巻き取って食べる姿を見せるだけでいい。

それで抵抗なくファースは受け入れられるはず。


これはミネバ副会長が考えた作戦である。


当初は食べ方が特殊な麺類をレストランに出す予定はなかった。

しかし、世間にファースを広める必要が出てきたのだ。


……なぜなのか。


パスタ、中華麺、うどん……

私たち離宮メンバーは、あまりにも「長いの」が好きすぎたのだ。


『自分しか使わないかもしれませんが、姫さまが言う「ぱすたましん」を作ってください』


チギラ料理人は会長に泣きついた。

泣きつかれたアルベール兄さまも、例にもれず麺好きのひとりである。もっと頻繁に食べたいと思っていた。


『ファースの販売計画書です』


ミネバ副会長が書き立てホヤホヤっぽい発案書を提出した。彼も同類だった。




ひとたびプロジェクトが動き出したら、とんでもないことになっていった。


パスタマシンでは済まなくなったのだ。


『製麺機』を作ることになったのだ。


その流れで、チギラ料理人は研究院に出張していったのだ。泣きすがる私を置いて……



製麺機は3台に分かれた。


『まぜるくん』

『のばすくん』

『かっとくん』


…適当に私が呼んだら採用された(注:西大陸語)



ここでいよいよ、ミネバ副会長のファース販売計画が発動されるのだ。


1.ルノベールでファースのデビュー!(今ここ)


2.…以降は聞いていないけど『乾燥パスタ』を作るための実験が、研究院に丸投げされた事だけは知っている。


中華麺とうどんも諦めている様子はない。箸はどうする? ズルズル音はどうする? 販売計画に入っているんでしょ? またデビューに協力してもいいよ。王族のデモは最強だもの。



◇…◇…◇



そんなわけで、美味しいスパゲティナポリタンを完食。

ごちそうさまでした。



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