6.お花畑
今日も離宮でおやつを食べた後、私は音楽堂へ直行した。
歌の練習のためだ。
私は音痴を直したい。
音痴克服バケツ法には、マガルタル楽士が根気よく付き合ってくれている。
本当に効果があるのか興味もあるのだろう。
最初は吹き出していたけど、心の広いお姫さまは気づかないふりをしてあげるよ。今も苦しそうに笑いをこらえている他の楽師たちもね。
ふん。音痴が治ったらみてなさいよ。絶対ぎゃふんと言わせてやる。
「シュシュ~、頑張ってるか~い?」
ようやく忙しさから解放されたらしいルベール兄さまがやって来た。
「お~そらのくもは、ど~こへゆく~、か~ぜがつよいと、は~やいなぁ♪」
ルベール兄さまのペイアーノの伴奏で『元気な雲さん』を歌っている。
最終確認だ。
ルベール兄さまのOKが出たら、音痴は脱出したことにする。そう決めた。
兄の素敵な笑顔を頂きました! OKってことよね。ねっ、マガルタル楽士。
『発声練習は毎日行いましょう』は答えになってないですよ。ねぇったら。
「でも……踊れないから、歌っても楽しいのは半分だけなのです」
体がムズムズして仕方がないのだ。
「シュシュが歌を作って、振り付けも考えたらいいよ。兄上に見直してもらおう」
歌って踊って雷を落とされたのバレて~ら。
「……歌。うた、うた~、うった~、うた~、たぁ」
……うん。これは歌じゃないね。
「どうしたの? いつも歌ってるみたいなのでいいんだよ。あ、イティゴ姫みたいのはやめておこうね」
イティゴ姫?……そんなの歌ったっけ?
「あ~、無意識だったか。じゃぁ……」
何か考えてくれているようなので、待ちます。
「……窓の外には何が見えるかな?」
「……お花」
「何色かな?」
「赤と黄色」
「つぼみかな?」
はっっっ!
「咲いています……あ~かい お~はなが さきました~♪」
手の平を小さく開いて花を表現してみた。
ルベール兄さまはニッコリ笑った。
マガルタル楽士はウンウン頷いた。
♪~♪♪ ♪~♪♪♪ ♪♪♪♪♪~
自分の練習をしていた楽士が、私が歌った節を奏でてくれた。
「き~いろい お~はなも さきました~♪」
両手を大きく開いた。
先を促され、ペイアーノの合の手が入る。
「あ~おい お~はなは どこにあるぅ~♪」
額に手をかざして探すふり。
「お~さんぽ しながら さがしましょ~♪」
腰に手を当ててスキップ。
「ランランラ~ン、ランランラ~ン、ラララララ~ン♪」
回転しながらスキップ スキップ。
スキップ スキップ スキップ……
スキップ スキップ スキップ……
家族の憩いの時間にお披露目した。
拍手喝采だ。
お父さまは『うちの子は天才だ!』と親馬鹿を炸裂させた。
お母さまは感動して涙ぐんでいる。
アルベール兄さまからは『まぁ、いいだろう』を頂いた。
ルベール兄さまは縦琴での伴奏係。
ベール兄さまは予想通りの爆笑。
ルーちゃんはゆりかごでネンネだ。
特別ゲストのシブメンは、新作のお菓子に視線が行っている(聞けよ)
なぜシブメンがいるのかというと、家族立ち合いのもとで私の鑑定をするためだ。
媒体というスキルを持っているかどうか……なんか、妄想している様子がかもしれないということらしい。
ルベール兄さまも持っているという媒体。
外付けハードディスクのような、ソフトウエアのような、持っていると便利そうな媒体。
欲しいな。持ってたらいいな。ルン♪
「媒体は……ありますな」
あったーーーっ! やったーーーっ!
「しかし、媒体と繋がる条件が快楽だけというのは、残念なことです」
あれ? 残念って、言われちゃった?
「残念ですなぁ」
もう一回言われちゃった。
「ゼルドラ、使い道のない媒体など可愛そうではないか。前世の記憶はよく覚えているだろう? 因果関係はどうなっているのだ? 何かあるだろう?」
お父さま~♡
「人間を深く鑑定するのは好きではありません。不快な時もあるのです」
シブメン、そこをなんとか!
「他にもあるかもしれませんよ? 全部視てください。ね?」
「普通は視られることを嫌がるものですが」
「わたくしに隠し事はありません!(キリッ)」
「存じていますが、お断りします」
「お願いしますぅぅぅ。わたくしだけお馬鹿さんなのは嫌なのです~、ねぇぇ~」
アルベール兄さまは、婚約者にヘタレな以外は完璧なお方。
ルベール兄さまは、視野の広さと思慮深さが媒体にあったと判明=天才。
ベール兄さまは、聞いたことは忘れない質だと私は知っている。
ルーちゃんは、お祖母さまの賢さを受け継いでいるに違いありません。
お願いを聞いてくれないと足にしがみつきます。あ、気づかれた。足を組んだって諦めませんよ。くっ、アルベール兄さまにも気づかれた。睨まれているけど今回は譲れません。私の一生がかかっているのです。さぁ、シブメン、勝負です!
「……血縁者になら、媒体と同調させることは出来ますが」
簡単に打開策が出てきた。
「よし、やってくれ。良いなシュシューア?」
シブメンは小さく頷いた。
私は大きく頷いた。
「…………」
どうしました? みんなスタンバイできていますよ。早く同調とやらをやってください。
「……あ、そうか。シュシュ、おいで」
ルベール兄さまがお膝をポンポンした。わ~い。
「あぁ、快楽が必要だったな……茶を配ってくれ」
お父さまは、部屋侍女にお茶の用意を指示する。
本日のお茶請けはシブメンも狙っていた『チーズテリーヌケーキ』です。
ルベール兄さまの好きなドライフルーツをたっぷり入れた、白くて可愛いケーキなのです。
「万物に感謝を」
感謝を~っ!
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ドライフルーツのチーズテリーヌの作り方
①白ワイン+粉ゼラチンを湯煎で溶かし込む。
②クリームチーズを湯煎で柔らかくする。
③ドライフルーツとナッツを細かく刻む。
④全部と蜂蜜を混ぜて、冷やして完成です。
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白いチーズテリーヌの中に閉じ込められたカラフルなドライフルーツの宝石。
めちゃくちゃお洒落! 贈り物に最適! お茶会で出した最初の人は時の人になること間違いなし!
今日がお初のクリームチーズは、モッツレラをクリーム状になるまでミキサーにかければ出来上がります。
濃厚さを求めるなら、モッツレラを作る過程で生クリームやヨーグルトを加えましょう。これはワインのお供としてもおすすめですよ。
「お前は乳の加工品が本っ当に好きだな」
「えへへ~」
「褒めていない」
アルベール兄さまが面白くなさそうに舌鼓を打つ。
美味しいのでしょう? 美味しいですよねぇ? 顔でバレていますよ。黄ヤギが足らないなんて言ってられませんよね。
「僕のために作ってくれたんだよね~」
「はい。干し果物のお菓子は、すべてルベール兄さまのためのものです。わたくしの愛情がたっぷり詰まっているのです(作ったのはチギラ料理人ですが)あ~ん」
「あ~ん」
「美味しいですか?」
「美味しいよ~、プニプニ~」
「シュシュですよぅ」
「シュシュも、あ~ん」
「あ~ん」
うふふふ、あははは……
ほわわ~ん……
お花がいっぱ~い、ひらひら~ん、らんら~ん♪
「なるほど……」
お父さまの声?
「シュシューア、こちらにいらっしゃい」
お母さま?
「この蝶……シュシューアか?」
アルベール兄さま。
「お花畑かぁ、シュシュらしいなぁ」
ルベール兄さま。
「蝶なのに歌ってる。気持ち悪いぞ」
ベール兄さま。
「すぅすぅ」
ルーちゃんはお眠です。
ひらひら~、ららら~……
私の家族は~、私のお花畑で~、お話し合いを~、していますぅ♪
そうか、あれが、これが、それは……
「………………………………………………………わかった。もう良い、ゼルドラ」
お父さまの声でハッとする。
同調が解けたの?
皆の顔を見る。
みんなも私を見ている。
ぬるい表情が揃っていた。
……あぁ、そんな目で見ないでくださいませ。
ううぅ……私だけお馬鹿なのぅ?……う~、えぐぅ。
「ばっ、媒体で歌っているなら、歌で記録するとか暗記するとかできそうじゃない?」
苦しそうに言うルベール兄さま。
「つながる条件が快楽なら、歌に酔いしれる必要があるだろう」
アルベール兄さまの無情な分析。
「気持ち悪いから人前でやるなよ、シュシュ」
ベール兄さま、出来そうもないと思っていますね?
「暗記項目を歌にするのは、通常人でもやっていますな」
またシブメンは~、挫けるようなことを~。
「お父さ……」
お父さま、お母さま……微笑みが優しすぎるぅぅぅ(涙)
おつむが弱い転生者なんてカッコわるすぎるよ。
チート来い、チートよ来い!
……あぁ、別の話題に飛んじゃった。トホホ……
 





