10.俺の妹(side ベール)
【第三王子 ベール視点】
俺の妹は馬鹿だ。
ひとりでどこかに行ってはいけないと何度叱られても、いなくなる。
専属侍女がちょっとよそ見をしただけで、いなくなる。
心配した母上が専属侍女を増やしても、いなくなる。
体が小さいから変なところに潜りこんで、なかなか見つからなくなる時がある。
そんな時は城中で捜索が始まるのだ。
いなくなるたびに専属侍女を増やしているのに、同じ勢いで辞退されていく。
変わった姫だとの噂はすぐに広まって、とうとう専属侍女の成り手がいなくなった。
専属侍女をつけることを諦めた父上は、探査魔法に反応する魔導具をシュシュに持たせた。
本人がそれとわからないようにしているそうだけど、俺にもわからない。
ゼルドラ魔導士長の自信作であるその魔導具は『愛娘発見具』という。
父上が命名した……ちょっとどうかと思う。
『愛娘発見具』のおかげで城は平和になった。
シュシュの姿が見えなくなると、すぐさま侍女長が愛娘発見具を取り出す。
その都度に現場の侍女に指示を出すことで、シュシュの安否が毎度確認されている。
今でも専属侍女はいないままだ。
けれど、それを知っている城内の人々が、それとなく姫君を見守るようになった。
妙な連帯感が生まれ、個々の危機管理が意識され、城の警備に隙が無くなってきた。
相乗効果なのか城下の治安も良くなっていった。
これをゼルドラ魔導士長の功績として、父上は愛娘発見具の売買権利を下賜した。
悪用の可能性を危惧していた魔導士長は、父上に騎士団の秘密魔導具にと進言したそうだが時すでに遅く、愛娘発見具は侍女長の手に渡っていた後だった……という経緯がある。
侍女たちの間では今でも『姫さま発見具』と呼ばれ、使いまわ……愛用されている。秘密保持ならずだ。
そういうことで”愛娘発見具”改め”魔導探査具”は、魔導ギルドに特許登録された。
製作実費は石板と小さな子具のみ。
おまけに魔法構築は無欠に完成されているので、あとは複製するだけ。
【魔法構築】難しい作業で魔導士長の才能によるところが大きい
【複製】 中堅の魔導士でもできる
子供の玩具のような原価であるのに、富裕層にしか買えない金額を設定して、消極的な販売を開始。
西大陸魔導ギルドのティストーム王国・王都支部が専属で製造販売を請け負った。
自衛手段のひとつとして、そして意外なところで高級家畜の管理にと売れているらしい。
外国には馬鹿高い関税をかけて輸出するのだと、晩餐の席で父上が笑っていた。
こうして魔導士長の資産がじわじわ膨れ上がっていたところに、甘味仲間の手によってプリンが持ち込まれた。
とんとん拍子に話が進み、アルベール商会に投資することになって今に至っている。
愛娘発見具で儲けた使い道のない金を、王女発案の甘味のために使う。
妹が馬鹿だから繋がった縁と言えなくもない。
俺は妹が心配だ。
いろいろ(前世の知識)知っているくせに物覚えが悪い。
同じ失敗を繰り返すし、周りがちっとも見えていない。
………普通の3歳児か? そうだな、普通なのか。ん? 違うよな。普通じゃなくてもいいけどな。妹だし。
今日も馬鹿なことをやらかした。
シプードを凍らせるよう料理長に頼み、蜂蜜を混ぜた乳を凍らせるよう料理人Aに頼み、両方をこっそり持ち出して俺のところに来てくれやがりました。
別々に頼んだからバレないのだと、腹が立つほど得意気に……(凍らせる場所は同じだ、馬鹿たれ)
そして砕いてくれと、庭師から借りてきた木槌を押し付けてきた。
フォークと木槌で砕いてやったけどな。旨かったけどな。
なんだよその顔は。褒めるわけないだろ、馬鹿。
しかしこれは誰にも言えない。
馬鹿と秘密を共有してしまった。
いつかはばれるだろう。
自分で墓穴を掘ってアルベール兄上に叱られるんだ。
俺の名前は出すなよ。出すだろうなぁ。
そういえばセルドラ魔導士長も試食には呼んでくれって……あ~面倒くさい。
あぁ、またひとりで歩いてる。どこに行くつもりだ?
うわっ、転んだ!
泣いていないな、よかった。うん、立ったな。
あっ! また転んだ。よりにもよって水たまりに……
「ルエ団長、ちょっとあれ……」
「……ははは、行ってやれ」
今日の剣の稽古は終わりだ。シュシュを風呂に入れないと。
怪我してないかな。傷が残ったら母上が泣くぞ。
妹だから仕方ない。
妹だから助けてやる。
妹だから守ってやる。
だから、どこかに行く前に俺を誘え。
まったく。
最近は……
リボンの姿を見かけるたびに体をくねくねさせる妹が気持ち悪い。
馬鹿に阿保が加わった。





