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楽しい日々

 特に何があるでもなく、6限目の授業が終わり。昇降口でローファーに履き替えて校門に向かう途中だった。


 わーわー騒いで走る男子集団が後ろからやってきた。

 ドンという衝撃で尻餅をついてしまう。

 手に痛みを感じ、見てみると血が滲んでいた。

 ツイてないなと思いながら立ち上がる。


「大丈夫?」と声がしたので振り返ると先輩がいた。

 会えて嬉しいのに緊張も一緒にやってきた。冷静を保とうと自分を落ち着かせる。前回よりも上手く話そう。頑張れ、僕。


「だ、大丈夫ですよ。少し掌を切っちゃっただけなんで」


「結構血が出てるじゃん。付いてきて」


 付いていくと手洗い場だった。


 蛇口を捻り、先輩が僕の手を洗ってくれる。


 人に手を洗われるのは、こそばゆくて、照れくさくて、今さら自分でやるとは言えないから先輩にされるがままだ。自分の手の感覚がいつもより増して敏感になっている。

 それを悟られないように自然体を装った。


「ぶつかっておいて、そのまま行っちゃうなんて信じられないね」


 僕の為に怒ってくれるなんて良い人すぎる。


「大したことじゃないから平気ですよ」


「軽いケガで済んだから良かったけど、もし頭とか打ってたら大変だったんだよ」


 僕が平気と言ってもまだプンプンしている。先輩は怒らせると怖いのかな。


「はい、これ」


 さっと出されたハンカチ。


「ありがとございます」


「後輩くんの手は大きいね」


「そ、そうでもないですよ。せ、先輩の手はかわいいですね」


「…そう…かな?」


 顔を赤らめてもじもじする先輩。


「あ、いや、その。すみません。気持ち悪いこと言っちゃって」


「ううん。そんな事初めて言われたから。……ありがと。それじゃあ」


「はい、ありがとうございます」


 足早に行ってしまった、先輩の後ろ姿を見送る。


 大人っぽい先輩のもじもじする姿を思い返す。先輩は褒められるのに弱いんだろうか。ふと気づくと手に握ったままの物があった。


 あ、ハンカチを返すの忘れてしまった。


 ☆☆☆☆☆


 先輩に借りたハンカチを返そうとして、もう1週間がたつ。


 毎日、昼休みに校内をうろついたけど結局は返せなかった。

 仕方ないので放課後に音楽室いこう。


 ぼーっと授業を過ごしてたら、あっという間にやってきた放課後。


 先輩がいつ音楽室に来るか分からないから、授業が終わってすぐに音楽室に来た。


 音楽室に出入りする人が見えるポションに位置して、先輩を待つことにした。


 しかし、先輩はこなかった。


 かなりの人数が音楽室に入っていった。部活が始まったら、もう音楽室には入れない。

 こうなったら誰でもいいから部員の人に頼んでハンカチを先輩に返してもらおう。


 意を決していざ音楽室へ。


 ドアから音楽室を覗くと部活の準備をしている生徒たちが見える。


 よかった。シーンとした空間だったら誰にも声掛けられなかったし。と安心してドアに近づいてきた女子に声を掛けた。


「すみませーん。ちょっとお願いがあって」


「お願いって何ですか?」


「あの、これ部長さんに渡してもらいたくて」


「分かりました、部長さんにですね」


「お願いします」


 ちゃんとお願いできて、よかった。これでハンカチは先輩の手元に渡るだろう。


 音楽室を後にした。ひと仕事終えた安心感から、ぼけーっとしていた。


 後ろから小走りで走る音がする。


「ねえ、待って」


 俺かなと思い振り返ると先輩だった。


「先輩。部員の人にハンカチを先輩に返してもらえるように頼んじゃいました。本当は直接渡してお礼を言いたかったんですけど」


「そっか、ありがと。でも、お礼なんていいのに、後輩くんは律儀だなぁ。後輩くんみたいな人の彼女は羨ましいね」


「か、彼女なんていません」


「そうなんだ。後輩くんが気がついてないだけで回りに立候補したい人がいるかもよ?」


「そんな人いませんよ」


 あはははと自分でも情けなってくるから薄笑いで誤魔化した。


「それじゃあ、私が立候補しようかな?」


「えっ」


 僕の体は熱くなる。

 嘘でしょ。もう、これは告白なんじゃないの?

 いや、そんな事はないな。僕が先輩に好かれるよう事をした覚えもないし。

 なんて答えればいいのか正解が導き出せない。こんな時はどういう事ですか、と素直に聞くのがいいのかもしれない。

 そうだ、そうしよう。口を開こうとしたその時。


「あははっ。そんな真剣考えちゃって面白いね。ちょっと、からかってみたかったの、ごめんね」


 先輩の笑顔はとても可愛らしくて、その笑顔を見た人なら誰でも好きになってしまうんじゃないかと思わせるほど素敵だった。


 その笑顔を見れただけでも、僕は幸せで。からかわれたことを忘れるほど笑顔を見れたことが嬉しかった。


「それじゃ、部活あるから」


「部活、頑張ってください」


 また先輩の笑顔を見たい。いつも横で笑ってくれたりしないかなと想像したけど、高嶺の花である先輩に僕の手は届かないんだと頭を振り想像をかき消してから昇降口へと向かった。


 ☆☆☆☆☆


 先輩と顔を会わすことなく夏になってしまった。


 そんな事が頭をよぎったがそれより今は学校へ向かって猛ダッシュしている。


 やばい、いつもより1時間も寝坊した。


 はあはあ言いながら校門にたどり着いた、もう急ぐ必要もないなとゆったりした足取りで昇降口に向かう。


 上履きに履き替えて階段脇の壁に背を預けてゆっくりしゃがんだ。生徒を探すが目の前は下駄箱があるだけ、左右に伸びてる廊下にも誰も居ない。ここで休もう。

 息を切らせてる奴が授業中の教室に慌てて入るなんて目立つ事はしたくない。


 もう夏だもんな、汗がだらだら垂れてくる。手で汗を拭う。


 シーンとした廊下でしゃがみ息を整えていると、ガラガラと左の廊下から聞こえたので見ると、そこは保健室で誰かが出てきたみたいだ。


 先生じゃなきいいなと思っているとこちらに近づいてくる気配。

 嫌な予感が当たったかなと天井を見上げ遅刻の言い訳を考えるが思い浮かばない。まあ、いいや、先生だったとしてもちゃんと謝れば許してくれるだろう。


 足音がぴたっと横で止まったので、その人物を見れば先輩だった。


 先輩はしゃがんで目線を合わせてくる。


「こんな所で何してるの?」


「えーと、遅刻してしまって。駅から走りっぱなしで来たから疲れて休んでたんです」


「ふーん」


「先輩は保健室から出てきましたけど、体調でも悪いんですか?」


「うん。ちょっと貧血ぎみでね、保健室で休ませてもらってたの」


「そうなんですね」


 ガラガラと保健室から先生が顔を出す。


「部長、まだいて良かった。ちょっと来て」


 と手招きしている。


「あ、行かなきゃ」


 もう行っちゃうのか、もう少し先輩と話していたいという願いは叶わないようだ。


 残念がっていると先輩は髪をかきあげ左耳にかける。内緒話をするように僕に顔を近づけ囁いた。


「遅刻しちゃダメなんだぞ、後輩」


 そう言って保健室に戻ってしまった。


 何が起きた。

 頭の理解が追い付かず、でも体は反応しているようで顔は真っ赤に染まる、心臓はドクドクと音をたてる。

 先輩に囁かれた左耳は焼けそうに熱い。


 目は先輩が入っていった保健室に釘付けになる。


 チャイムが鳴った。

 あ、教室に行かないと。


 落ち着かない思考、落ち着かない鼓動、理解が及ばない先輩の言動。頭はフリーズしている。


 でも確かな感情があった、先輩と会えて嬉しかった。思わず綻ぶ顔で階段を駆け上がった。

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