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出会い

 風が吹くとハラハラと散っていくピンクの花びら。やさしい風が吹き視界の中で花吹雪が舞う。

 チラッと自分と同じ制服が目に入り、まだ通い慣れない学校へと足を向ける。



 4月。

 高校に入学してすぐに体験入部があるのを知った。


 吹奏楽部の特集をしていたテレビを見て僕は感動してしまった。それで興味をもった僕は、吹奏楽部の体験入部にいってみる事にした。



 廊下には新しい制服を身に包み音楽室へ向かう生徒がいて、自分以外にも体験入部する人がいるみたいで安心する。


 音楽室の前では「体験入部の方はとうぞー」と案内してくれていた。


 音楽室に入ると流れ作業の様に次の人はこちらでーすと3人1セットで椅子に座る。


 椅子に座るとすぐにトランペットのマウスピースを持った3人の2年生女子がきて教えてくれる。


「私達が持っているのはトランペットのマウスピースという部分でここから息を吹いて音を出します。ただ吹くのではなくて唇が振動するように吹くと音が出ます。では見本です」


 話してくれた女子から変わり、右隣に居た女子が見本を見せてくれるみたいだ。

 マウスピースを口にあて息を吹くとブーという見事な音が出る。


 僕は心の中で拍手した。さすが2年生。


 それぞれ1年生にマウスピースを渡してくれて2年生の熱心なレクチャーが始まった。


 その後、トランペット本体にマウスピースをはめて音を出すことになり。

 トランペットを受け取り吹いてみると。


 音が鳴った。


 自分でも驚いていると指導してくれている女子達に「すごい、すごい」と言われ、照れた僕は「ありがとうございます」と言いながら頭を下げる。


 音楽室を歩き回って体験入部の生徒を見守っていた女性が僕らの前にやってきた。


 セミロングの艶やかなサラサラとした黒髪。ぱっちりとした二重の瞳、整った眉毛。芯が強そうで、それでいて優しさも感じさせる顔立ち。スタイルもすばらしい。素敵な女性だなと見惚れていた。


「あ、部長。この子、音出るんですよ」


「そうなんだ、すごいね」


 部長さんの目と僕の目が交差する。

 部長さんが素敵すぎて、どぎまぎする。気まずくて視線を下げても僕を見ている気がする。


 部長さんが「あっ」と言うと僕のネクタイに手を伸ばしてくる。


「ネクタイ曲がってるよ」


 そっと伸びてくる手に目が吸い込まれる。白くて細長い指、僕の手に収まってしまいそうな可愛らしい手。思わず握ってしまいたくなるのを脳に命令してやめさせる。


 目線を上げれば部長さんの顔が近くて恥ずかしい。日焼けなんて人生で一度もしてこなかったんじゃないかと思わせる白さ、きめ細かい肌。

 部長さんの周りに漂っている甘くていい匂いは、今まで僕が感じたことのない大人の匂いがした。


 世の中にはこんな素敵な人が存在するんだ。


 人生初の一目惚れを体験したのかもしれない。


「はい。ネクタイ直ったよ」


「ありがとございます」と言いたかったのに、「はい」としか言えなかったのが情けない。


 体験入部は部長さんの印象が強すぎて、その他の記憶はすっぽり抜け落ちてしまったみたいに思い出せない。


 女子と近いだけでも緊張して、ドキドキするし言葉が上手く出てこない。だから女子はあまり得意ではない。


 でも、部長さんのドキドキは心地いいドキドキかもしれない。


 ☆☆☆


 結局、僕は帰宅部になってしまった。


 吹奏楽部に入らなかった理由は部長さんを見ると冷静じゃなくなって楽器を扱う事が難しいから。

 こればっかりはしょうがない。


 それから僕の頭の中は9割が先輩で埋め尽くした。


 音楽室での出会いを思い出すことしかできない自分が嫌でしょんぼりする事もあったけど、良いこともあった。


 廊下を進んでいると曲がり角から部長さんとその友達が話ながら出てきた場面があった、その時に部長さんの友達が部長さんの事を「あや」と呼んでいるのが聞こえてきた。


 そうか部長さんは「あや」さんって言うのかと、一人で納得して、その日は一日気分が上がりっぱなしだった。


 1年生と3年生では見えない壁があって、その壁はとても分厚くて僕には到底壊せない壁だ。


 だから、先輩に少し近づけた気がして、ものすごく嬉しくて、もっと近づきたくなってしまう。




 ある朝、登校して数人の生徒を横目で見つつ上履きへと履き替えた。


 欠伸が出てしまったので片手で押さえて誤魔化す。


 教室は3階だからと考えてしまうのは入学してまだ日が浅いからだな、なんて思いながら階段に向かう。

 階段前の踊りスペースで、前を歩く生徒の鞄に付いていたであろう小さいクマのキーホルダーが落ちた。それを目撃して瞬間的に拾った。


「あのー、これ落ちましたよ」


 振り向いたセミロングの女性は僕の差し出した手の中を見て自分の物だと分かったみたい。


「あ、すみません。拾ってくれてありがとうございます」


 鼓動が跳ね上がる。

 振り向いてから分かったけど、先輩だった。


「い、いえ、お、落ちるのがみえたので」


「あれ? もしかして体験入部に来てくれた?」


「はい」


 ピンと背筋がのびてしまう。


「やっぱり、君だったんだ。入部してくれたら有望な後輩として育てたのになぁ」


「そうなんですか、すみません」


「入部は自由だし気にしないで。でも、君が入部してくれたら楽しそうだったかな? って勝手に思ってるだけだから。拾ってくれてありがとう」


「はい」


 その場に立ち止まり、ふぅと息を吐く。

 あー、緊張した。先輩の前だとあがっちゃうな。

 もっと上手く喋りたいのに言葉が出てきてくれない、落ち込むなぁ。


 でも、ついさっきの先輩とのやり取りを思い浮かべれば、俺の事を覚えててくれた。

 しかも、入部しなかったのを残念がってくれた。


 うわぁ、嬉しい。


 今日は朝からツイてるな。

 朝から落ち込んだり、嬉しかったり忙しい1日の始まりだった。

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