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プロローグ「分からない世界」


 皮肉なものだ。


 きらびやかな虹色の光を纏う刃が、脇を掠める。

 私は身を翻し、刃の主の手元を甲で弾きあげた。

 攻撃の軌道を逸らされた刃の主は、大きく仰反り声を漏らす。


「くっ!」


 刃の主は、派手なドレスに身を包む1人の少女。

 まるでアイドルグループのステージ衣装のような浮世離れした出で立ちに、恐ろしいほどに整った容姿と、超人的な身体能力。

 およそ人知の範囲外の存在であることは明白であった。


 彼女はのけぞった勢いを利用して宙返りする。

 すかさず撃ち込まれる蹴りを捌き、私は掌底突きを放つ。しかし、それも僅かな差で交わされてしまい、互いに捌き合うだけの時間が過ぎる。

 振り下ろされた刃が地を叩く。

 私は飛びのいた。

 彼女の持つステッキから伸びる虹色の光剣は、軽い一振りでアスファルトを切断し、地下の水道管を引き裂く。

 吹き出し、五月雨の如く降り注ぐ水道水。

 はたと立ち止まる私と彼女。

 私は前髪をかき分けた。


 時刻は22時。

 私達の立つ中心街の交差点は、範囲2kmの封鎖により完全無人と化している。


「やめにしませんか? お嬢さん」

「こっちのセリフです。邪魔しないでください」


 強い口調の彼女に、私はため息をついた。


 魔法少女。

 ある時期から現れた超能力戦士。

 地球に飛来した宇宙人の撃滅することを目的とするヒーロー。

 未知の力で宇宙人を抹殺する姿が今では日常だ。

 かつて、アニメを賑わした空想の戦士だが、その存在は酷く歪なものである。


 魔法少女が身構えた。

 見た目にして齢14歳から16歳程度だろう。もしかしたら、変身を解けばもう少し若いかもしれない。

 そんな彼女が、大人である私に一歩も怯むことなく向かっている。


「お兄さんの仕事や気持ちはわかります。でも、私だって、私にしかできないことをしてるんです。誰かが叫ぶから私は飛ばなきゃダメなんですっ!」


 どこか切な気で、どこか申し訳なさそうな。それでいて、これが揺るがぬ信念だとでも言うような強い言葉。

 私達大人がどこかで忘れてきた純粋な光が目の前にあった。

 されど、その正義を支える力は彼女達の身にどこまでも不相応で、かえって歪に見えて仕方がない。


「……世の中、自分にしかできないことなんて案外ないものさ。君がそうしなくても世界は回るし、代わりはいずれ現れる。私だって同じだ。だから、今この瞬間のソレを君が背負う必要はない」


 そう言って再びため息をつく。

 魔法少女は何も言わない。

 ただとても悲しそうな目で私を見つめている。


 あぁ、きっと彼女は優しいのだ。

 叩けば砕ける私の言葉を敢えて砕かず、魔法少女としての社会的期待を全うしようとしている。

 私がもし彼女なら「だからといって、それは今を捨てていい理由にはならない」と答えるだろう。その一言で、私の今の発言は瓦解する。

 それほどに脆い言葉だ。

 でも、彼女はそうしない。彼女は魔法少女が希望の光であるという期待を裏切りたくないのだろう。

 そんな、何かに立ち向かう一生懸命な魂を止める言葉を、私たち大人は持ち合わせていない。

 理屈、経験、現実、あらゆる鎖が、その愚直な魂にぶつかり合える言葉を塞いでしまう。


 だから、私達大人は力をもってして、それを止めるほか無い。

 全ては彼女達を救うため。


 心底、皮肉な話だと思う。

 彼女らを救うためとは言え、これほどまでに無垢で真っ直ぐな正義をへし折らねばならないのだから。


 私は身構えた。


「問答は、無用かな」


 言うなり左腕のスーツの袖をまくる。

 あらわになった黒いブレスレット。

 目には目を歯には歯を。という言葉がある。

 私はブレスレットにそっと触れ、僅かに捻った。


 刹那。

 ブレスレットからバチバチと黒い電気がほとばしり、左手の中に長さにして2mはあろう棒状の物体を形成していく。

 瞬く間に形状を完成させたそれは、巨大な鎌。

 まるで死神を彷彿とさせるソレを構え、私はスゥーっと息を吐いた。


 魔法少女の制圧を試みるならば、当然として相応の武力が必要になる。

 通常兵器が通じないならば尚のこと。

 同質の力が必要となるわけだ。


 私の武装をみて、魔法少女の目の色が変わる。

 途端に魔法少女の体から、虹色のオーラが溢れ出す。

 彼女が苦痛に顔を歪ませた。

 見れば虹色のオーラがじわじわと各所の皮膚を侵食している。

 魔法少女が叫ぶ。


心華万象(しんかばんしょう)!!」


 凄まじい爆風とともに、激しいエネルギーの奔流が彼女を包み込み、そして弾ける。

 私は余波を鎌で引き裂き、衝撃を回避する。

 嫌な展開だ。


 土埃の中から現れた彼女は、酷く痛々しい姿となっていた。

 衣装の大半が消失し、虹色に変質した皮膚を露にしており、各所から金属片が飛び出している。しっぽのように垂れ下がるドレスに裾は、竜の顎へと変化しており、まるで生き物のように蠢いている。

 背部には無数の剣が螺旋状に並び、ゆっくりと回転している。


 心華万象(しんかばんしょう)

 魔法少女の必殺形態。能力の完全解放状態であり、彼女達の魂における「力」のイメージそのものの具現化である。場合によっては空間侵食や天変地異すら引き起こす極大クラスの大魔法である。


 私は彼女を見上げた。

 同質の兵装を並べられ、実力を鑑みた結果の行動だろう。

 天を浮遊する今の彼女はまるで、魔人である。

 こんな姿になってまで、守りたいものなのだろうか。


 一抹の疑問。

 使命感や正義感から来る想いは時に、可能性や理屈を覆すものだが、それが今なのだろうか。

 それほどまでに彼女は自身が魔法少女であることに拘るというのか……。

 何が彼女を苦痛にまで飛び込ませる。

 ふと脳裏に、かつてみた1人の少女がよぎる。


「ほんっと、君みたいな子は……大嫌いだよ」


 呟く言葉が届いたのか否か、不意に彼女の背後に浮かぶ無数の剣が一斉にこちらへ切先を向けた。


 手数では勝てない。

 経験、地力、はこちらが勝ったとして、圧倒的な手数で押し込まれれば、勝機はない。

 ならば、初撃のコンタクトが雌雄を決する。

 正直、命の駆け引きは好きではないが、やらねば次がない。


 私は神経を研ぎ澄ます。

 狙いは彼女ではない。

 必ず見えるはずだ。

 どこかにある。

 今を打開し、根本的な問題を解決することができるアレが。


 魔法少女が動く。

 彼女が手を振り下ろすや否や、私の方を向く刃達が一斉に飛び出した。

 まるでスローモーションの如く、無数の刃が文字通り、雨のように降り注がんとしている。


 まだ、見つからない。

 でも、必ずどこかにある。

 私は目を見開き、更に極限まで神経を研ぎ澄ます。


 その時、

 次々に飛翔してくる刃が何か小さな光を反射した。

 あまりに一瞬で、あまりにも小さい。

 だが、それで十分だった。


 私は唸る。


心華万象(しんかばんしょう)


 同時に鎌の刀身が展開し、緑色に輝く刃が内側が大きく飛び出す。

 私は地を蹴った。

 迫り来る刃を足場にして駆ける。音より、光より、速く。

 そして、コンマ1秒にも満たない一瞬で彼女の脇を掠めた私は、その背後にある空間を思い切り引き裂いた。


《あ"っ"》


 確かな手答えと同時に何か小さなモノが、私の刃に引っかかり、地に叩き落とされた。


 その瞬間、背後に浮遊する魔法少女の姿が崩壊を始め、1人の女子学生が投げ出される。


 私は宙で空を蹴り、彼女を掴む。

 何が起きたか理解できていない彼女を抱き抱え、私は着地する。

 状況が飲めない少女をその場におろし、私は先刻叩き落とした物体に向かう。


 アスファルトにクレーターをつくっているソレは、一体の熊のようなぬいぐるみ。

 いや、正確にはぬいぐるみを模した宇宙人だ。


 魔法少女は、この宇宙人から信号を受け取ることで内にある力を変身に昇華したり、心華万象へと変換している。

 非力な宇宙人は普段は身を潜め戦いを傍観しているが、変身、心華万象といったキーポイントでは、信号を送るために、パートナーとなる魔法少女のそばに居なくてはならない。

 逆にそこを叩きさえすれば、信号が途絶え、魔法少女は変身や心華万象を維持できなくなるのだ。


 叩き落とされたショックでブルブルと痙攣している宇宙人。

 私は心華万象(しんかばんしょう)状態の鎌を宇宙人に突きつけた。


「やめて!!」


 周囲に響く声。

 視線の先では、先程の少女がその場にへたり込んだまま必死な様子でコチラを見つめている。


「ミーくんは、私の希望なの。……何もなくなった私に希望をくれたの。何もなくなった私でも誰かの役に立てるって教えてくれたの。だからっ!」


 泣いているのか笑っているのかもわからないような様子で訴えかけてくる彼女だが、私には届かない。

 それよりも私は、この言葉を聞き薄ら笑ったこの「ミーくん」という宇宙人を一刻もはやく殺したくて仕方がなかった。


 私は彼女の素性を知らない。

 しかし、全てを失ったとすら感じる絶望につけいられ、戦いに引き込まれたことは事実。

 極めて遺憾だ。


 泣き叫ぶ少女は涙を散らし、手を伸ばす。

 しかし、突如として彼女は硬直し、瞬く間に瓦礫を崩したようにその場に倒れ込んでしまう。


 つい眉間に皺を寄せてしまう。

 構う必要はない。

 私は躊躇なく、忌まわしきソレに刃を振り下ろした。

 黒い液体が飛び散り、ワナワナと震えていたソレがだんだんと動かなくなる。


 血飛沫と内臓をぶちまけたソレを嫌悪の眼差しで見つめつつ、私はスマホを取り出した。


 然るべき場所に連絡を入れる必要がある。


狭間(はざま)です。お疲れ様です。……はい。終わりました」


 私は通話しつつ、力尽きたようにその場に這いつくばる少女を見た。

 まるで体に力が入らないというにも関わらず、見開いた目は恐ろしいほどの憎しみに燃え、私を睨みつけている。


「タイプBの遺体回収と元魔法少女1人の保護をお願いいたします。……はい。意識はありますが、身体の自由が効かない様子です。私は問題ありません」


 私は話しながら自身の武装を解除する。

 緑色の刃をおさめた鎌は、塵となって消えていく。


「えぇ。周囲の規制解除諸々も含めて後はお任せします。回収班の現着をもって私は失礼させていただきますので。……はい。ええ。では、失礼いたします」


 スマホをしまい、一息つく間もなく、激しいプロペラ音が周囲に響く。

 合わせて四方からサイレン音が近づいてくる。

 空を仰ぐとそこには、2機のヘリコプターが降下を始めていた。

 公安局のマークが入った装甲車両や医療用車両も次々に現場を囲うように交差点に侵入してくる。

 到着するなり、医療スタッフや防護服を着た作業員が降りてきて、現場は一気に人だかりとなった。

 魔法少女だった少女が無事医療班に保護されたのを確認し、私は踵を返す。


狭間(はざま)。お疲れ様」


 声かけられ、私は振り返る。

 そこには、白衣を着た中年女性が立っていた。


「先生……。お疲れ様です」


 私が会釈すると、彼女は小さく微笑みコーヒー缶を投げてよこす。


 花田(はなだ)祥子(しょうこ)医療主任。

 私の恩師でもある女性だ。

 少々乱暴なように見えるが、人情深い人である。


「たまには、話しに来い。背負いすぎると毒だぞ」


 じんわりとした温かさが私を包む。

 だが、それで全て十分だった。


「えぇ。……ありがとうございます。でも……大丈夫です」


 そう言って私は現場を後にする。

 背中に染みる優しさの眼差しが、かえって痛むようでならなかった。


 多くの者が勘違いする。私自身もそう信じることで自分を騙している。

「自分は彼女達を救っている」と。

 しかし、その実、私がしていることは、奪うだけ。

 何が正しいかなど、分かるよしもなかった。



 2000年代初頭。

 ある日、人類の前に1人の魔法少女が現れた。

 彼女は地球に飛来した侵略宇宙人を撃滅し、世界に平和をもたらした。

 しかし、同時に彼女の肉体は、その強大な力に侵食を受け、崩れ去ることになる。

 悲しい結末だった。

 それから時が経ち、1人、また1人と飛来する侵略宇宙人に呼応するように、魔法少女は増えていった。魔法少女が増えるたびに、悲しい結末は後を経たなかった。

 だが、どこからともなく誕生する魔法少女の秘密というのは、予想外に残酷な真実を我々につきつける。

 彼女達が連れているマスコットのような妖精が全ての発端だ。

 かつて侵略宇宙人に母星を滅ぼされた別の宇宙人がいたとのこと。

 それこそが彼らであり、彼らは復讐のために我が星の無垢な少女を戦いにそそのかしていたのである。

 当然、看過されていい事態ではない。

 国連は各国の治安維持組織に、両宇宙人の撃滅と、魔法少女保護を目的とした組織の設立を要請。

 こうした経緯を経て出来上がったのが、我々だ。


 公安局地球防衛課。

 通称、「魔法少女殺し」である。


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