第二話 ここは異世界
「ペシッ! ペシッ!」
「うーん」
俺は頬を叩かれて目を開けた。
そこに飛び込んできた光景は、俺に跨り、顔を覗き込むようして両手で俺の頬を叩く少女。
「どっから入ってきた」と言葉を口にしようとしたが、寸前でそれを止めた。
少女の後ろには青空が広がっていた。
記憶に間違いがなければ、俺は部屋のベッドで寝たはず。
「おい、いつまで叩いているつもりだ。それと俺から降りろ」
俺は少女に対して退くように命令した。
少女は大人しく言うことを聞いて俺から降りた。
その時になって俺は少女の頭の上にケモミミが付いていて、お尻のあたりに尻尾が付いていることに気付いた。
俺は上半身を起こして、改めて少女を観察した。
十歳にもなっていないと思われる少女は銀色の髪に、青い目、そして将来は美人になることを窺わせる顔立ちをしていた。尻尾も髪と同じく銀色だ。
それにしても俺を怖がらないとは、変わった子供だ。
「それは何のコスプレだ?」
俺は場所のことよりも、まず俺のことを怖がらない少女に興味がわき、少女のことを尋ねた。
「コスプレ?」
と少女は可愛いしぐさで首を傾げた。
コスプレがわからないか……。世の中に浸透した言葉であるが、子供ならわからなくても不思議でない。
「仮装のことだ。いや、仮装と言ってもわからないか……。その耳と尻尾だ」
「耳と尻尾?」
と少女は自分の耳を触り、尻尾を見た。
「変?」
「いや、良く似合っている」
俺はお世辞でなく、正直に思ったことを言った。
「おじちゃん、ありがとう!」
少女の耳がピクピク動き、尻尾がゆっさゆっさと左右に揺れた。
「それ本物か?」
と俺は思わず口走っていた。
それに対して少女は、当たり前のことに何を驚いているのかといった風情で、不思議そうな顔をしながらも答えてくれた。
「そうだよ」
目の前の現実をすぐに受け入れられなかった俺は、思わず少女に尋ねた。
「ちょっと触らせてくれ」
「いいよ」
少女はあっさりと俺の頼みを了承して、頭を突き出してきた。そして、尻尾もお尻の方から少女の胴体にくるりと巻き付いて、尻尾の先が俺の方に向いた。
俺は恐る恐る少女の耳に触れた。
「フサフサで暖かい」
「おじちゃん、くすぐったい!」
俺の触り方が無遠慮だったからか、少女は少し嫌そうに頭を動かした。
「ああ、すまん。もう少し触らせてくれ」
少女が頷いて了承したのを確認してから、今度は丁寧に触った。
耳からは間違いなく体温が感じられる。血管も見える。これはコスプレの付け耳じゃない。
もう尻尾を確認する必要はないと思うが、銀色の尻尾の誘惑には勝てない。
「今度は尻尾を触るぞ」
俺は断ってから、少女の尻尾を撫でるように触った。
「フサフサで良い肌触りだ」
こんな比較は適切でないと思うが、ペットショップの犬の毛並みに比べると艶が今一つなのが残念だ。
「ありがとう」
と俺は少女にお礼を言って立ち上がった。
それから周囲を見回した。
俺が今いる場所は、高台にある住宅街のようだ。その内の一軒の庭というかこれは家庭菜園だな。その隅に俺は立っている。
その場からは町並みや町を囲んでいると思われる壁、それに町の外に広がる風景が良く見えた。
町中に建つ建物はいずれも昔のヨーロッパで見かけるような感じだ。詳しい人なら何々調と言うところなのであろうが、生憎と俺にそんな知識はない。
風景を眺めた後はすぐ傍に建つ建物を見た。
その建物は、町中の建物よりも高級そうな印象を受けた。
俺があれこれ観察していると、少女が俺の左手の袖を引っ張った。
俺が少女に顔を向けると、俺を見上げながら少女が言った。
「肩車して」
少女の身長は120~130センチくらい。だから俺との身長差は50センチ以上ある。
先程、俺の顔を間近で見ているし、これだけの身長差があっても全然俺を怖がる様子がない。寧ろ懐かれている感じだ。
「いいぞ」
耳と尻尾を触らせてもらったお礼と思って、俺はしゃがみ込んだ。
少女はすぐに俺の肩によじ登ってきた。
それから何を思ったのか、俺の頭の匂いを嗅ぎ始めた。
「スン、スン。やっぱりいい匂い」
「そうか? 立つからしっかり掴まっていろよ」
俺は少女の両足を両手で押さえながらゆっくりと立ち上がった。
「たかーい!」
少女はいつもよりもずっと高い視点に大喜びだ。
俺は少女のはしゃぐ声を聞きながら、俺が置かれている現状を考え出した。
俺の持っている知識で導き出せる答えは一つだけだ。それはとても馬鹿げていると自分でも思う。
「ここは異世界だ……」