第十二話 危険生物にそっくり
クロコダイルを背負った俺が街道を町に向かって歩く人やのんびり走る馬車を追い抜くと、必ず驚きの声が上がった。
町からこちらに向かってくる人とすれ違う時は、驚きの声よりも悲鳴の方が多かった。中には口をあんぐりと開けている人もいた。
さすがにこればっかりはどうしようもなかったので、そこは割り切って走り続けた。
◇
町に到着すると住民専用の町への入場審査をする列に並んだ。
「キャーッ!」「うわっ!」「父ちゃん、怖いよー!」「な、なんじゃっ!」
たちまち俺の周囲からは様々な声が上がった。そして、その声を聞いた衛兵がすっ飛んできた。
「あ、あんた……」
しかし、俺を見た衛兵は言葉を続けることが出来なかった。
体長6メートルのクロコダイルを背負っている異様な俺の容姿に言葉をなくしたようだ。
「オ、オーガキング! オーガキングが出たぞ!」
言葉をなくしていた衛兵は俺が言葉を掛ける暇もなく、突如叫び声をあげたかと思えば、門の方に慌てて戻っていった。そして、衛兵の言葉を聞いた周囲の人は今まで以上にパニックに陥った。
「に、逃げろ!」「助けてくれー!」「衛兵は何をやっている!」「キャー!」「わぁーん!」
俺はその光景を茫然と佇んで見ているしかなかった。
あっという間に俺の周囲から人がいなくなり、代わりに武装した衛兵数十人がこちらに向かってくるのが見えた。
向かってきた衛兵は俺を取り囲んで武器を構えた。
「おい! これはいったいなんの真似だ!」
状況を飲み込めない俺は衛兵に向かって声を張り上げた。
そんな俺を見た衛兵は、どよめきと戸惑いに包まれた。
そんな中でも指揮官らしき男は冷静でいられたようで、俺に近づいて来ると尋ねてきた。
ただし、質問の意図はわからなかった。
「あんた、話せるのか?」
「何、当たり前のことを言っている。お前、頭は大丈夫か?」
「もしかして人か?」
「はあ? 人に決まっているだろう」
俺の発言を聞いて、衛兵の間にはホッとした空気が流れた。
「そうか。身分証はあるか?」
「あるぞ」
俺は背負っていたクロコダイルをゆっくりと地面に降ろすと、クラウディアが貸してくれたポーチの中から身分証を取り出した。
「ほれ」
俺は取り出した身分証を男に見えるように突き出した。
指揮官らしき男は、それを手に取り目を細めてじっくりと眺めた。
「間違いなく本物だな。いや、悪かった。お前らは通常の仕事に戻れ!」
男は俺に謝罪した後、取り囲んでいる衛兵に指示を飛ばすと、身分証を返してきた。
それを仕舞いながら俺は男に尋ねた。
「俺には状況がさっぱりわからない。どういうことだ?」
「数年前のオーガキング退治を知っているか?」
「……知らん」
危うく、「昨日、この世界に転移してきた俺が知っているはずがないだろう!」と口にするところだった。
ギルドの出来事もあって、今日はどうも冷静さを失いやすくなっている。気をつけなければ……。
「そうか……。数年前にオーガキング率いる十数体のオーガの群れが現れた。その時の退治で出た犠牲者は死者が百名以上、重軽傷者は三百名以上になった」
「それが俺と何の関係がある」
「まあ、焦らず話は最後まで聞いてくれ。その時のオーガキングの容姿があんたにそっくりなんだ。最初にあんたを見てオーガキングと叫んだ男は、オーガ退治に参加していた。そして、オーガキングにやられて瀕死の重傷を負っている。そんな訳でパニックになったのだろう。衛兵としてはあるまじき行為だから、後で叱責するが、事情を理解してくれると助かる」
「理由は分かった。だが、今後はこんなことがないように衛兵全員に徹底してくれ」
町に入ろうとする度にこんなことを繰り返したくない俺は、当然の権利として改善を要求した。
「もちろん徹底する」
「そうしてくれ。それと一つ確認しておくが、この騒動はとある金持ちに頼まれたとか、誘拐が関係していたりしないな?」
「質問の意図はわからないが、それはないだろう。叫んだ男は仕事に真面目な奴だ」
「そうか? それならいい」
この騒動に金持ちや誘拐が関係していなさそうなことに安心しながら、俺は住民限定の格安通行税を払って門を潜った。