第十一話 初仕事
掲示板には大鹿とクロコダイルの両方の依頼が残っていた。
少し迷ったが、今日は余計なことに時間を取られたので、距離的に近い方のクロコダイルの依頼を受けることにした。
町が見えなくなるまでは、マラソン選手並みの速さで走り、周りに人がいなくなると地面を抉らないように注意しながらスピードを上げた。
その甲斐もあって、1時間程度で目的に到着した。
◇
街道からそれほど離れているわけではないが、誰もいなかった。
「これは都合がいい。人目を気にしないで、クロコダイルを確保できる」
俺は独り言をつぶやきながらも周りを観察した。
背の低い草が一面に生えており、所々に点々と大小の沼が見え隠れしていた。そして、少し離れた所には、小さな川も流れているようだ。
俺は草むらにクロコダイルが潜んでいる可能性を考慮しつつ、慎重に手近な沼に足を向けた。
◇
草むらにいてくれたら楽だったが、残念ながら、クロコダイルは沼の中だった。
水面から目と鼻を覗かせてこちらを凝視していた。
取り敢えず確認できたのは一匹だけだ。
「さて、どうしたものか」
俺は口に出しながら考えた。
そういえば、水辺で草食動物が水を飲んでいる所をワニが襲っている様子をテレビで見たことがある。
率先して試したいとは思わないが、俺のステータスだったらクロコダイルに噛まれたところで無傷で済むはずだ。しかし、体は無事でもスウェットに穴が空いたり、破けたりするだろう。
俺くらいの体格になると、売り出されている古着の数は極わずかとクラウディアが言っていた。
オーダーメイドしなくても既製の新品ならそれなりに数はあるが、良い値段がするそうなので、出来ればすぐに服を購入する事態は避けたい。
「仕方ない」
俺はパンツ一丁になった。誰かが沼地でパンツ一丁の俺を見たら、気がふれたと思うだろう。
俺は脱いだ服を汚れなさそうな場所に置き、沼に近づいた。そして、クロコダイルを視界にとらえながらも、視線を向けないようにして、左手だけを軽く水に入れた。
それからバシャバシャと水を顔にかける仕草を繰り返した。
俺の様子を見たクロコダイルが、静かにこちらに向かって移動し始めたのを視界の隅に捉えた。
「掛かった」
俺は小さくつぶやきながら同じ動作を続けた。
右手は即座に攻撃や防御ができるようにフリーにしておく。
俺の至近距離まで近づいたクロコダイルは、いきなり大口を開けて俺に飛び掛かってきた。しかし、俺にはその動作がひどくスローモーションのように見えた。
これも体のギアが変わったからだろうか?
そんなことを考えられる余裕もあった。
クロコダイルの突進を難なく躱して、無防備な頭に右手の拳を振り下ろした。
「バキッ!」
頭蓋骨の砕けた音が響き、それっきり頭部を陥没させたクロコダイルは動かなくなった。
動かなくなったクロコダイルを見下ろしながら、俺は考えが足りなかったことに気が付いた。
「しまった。どうやってこれを運ぼう……」
倒したクロコダイルは体長6メートルくらいあった。
別に大きくて重いから、運べないわけではない。町まで引きずっていくことなど造作もないことだ。
しかし、それでは皮に傷がついてしまう。
皮に傷がついたら間違いなく価値が下がる。
少し考えた俺は、クロコダイルの右側の前後の足を両手で持って背中に担ぐようにして持った。
尻尾の方は垂れ下がって地面に接触してしまうが、この程度は仕方ないと諦めた。
俺はその状態で町に向かって走り始めた。