本物のリンゴ、偽物のナシ
「あぁ、そうじゃったのぅー、んー、じゃが他人の能力を完璧に説明するのは難しいのぅー。 えーとのぅ、そうじゃな大まかに言うとじゃな……お主これが何かわかるか??」
ようやく話す気になったのかちるは俺の目の前に両腕を伸ばし手を差し出して言う。
このやりとりに何の意味があるかわからなかったけど、俺は見たままの感想をちるに伝えた。
「これ?? ちるの手に見えるけど??」
「まぁそうじゃな。 じゃあこれは何に見えるかのぅ??」
そう言ってちるは両手を伸ばしたまま手の形を少しだけ変える。
その手はまるで何かを持っている様にも見えたが、何か変化があったとは思えなかった。
「さっきと変わらないんじゃないか? ちるの手があるだけさ」
「その通りじゃな。 じゃあもし我が何かを持っているとしたらそれはなんじゃと思う??」
「その手で持ってそうなものって事か?? まぁそれなら色々想像は出来るな。 形的に丸みを帯びた何かだろう、リンゴとかボールとか?? 円形の物なら大抵当てはまりそうかな」
「おー!! 流石じゃな!! 我はリンゴを持っておったつもりじゃった!!よく当てたな!!」
ちるは少しテンションが上がったんのか、声のトーンを上げて言った。
「いや、まぁ当たったのは良いんだけどさ。 結局それが何なんだ??何か関係あるのか??」
「大ありじゃ!! と言うか答えみたいなものじゃな。 ここにリンゴがあると他者が思えば、それを現実に反映させる事が出来る。 それこそがカミヤの能力じゃ。 まぁ簡単に言えばじゃし、勿論細かな制約はあるじゃろうがな」
「……ちょっと待て。 それは本物のリンゴって事になるのか?」
「本物?? 偽物のリンゴって存在するのか??」
ちるは首を傾げ不思議そうに俺を見つめる。 俺が何を言っているのかわからないっと言った表情だ。
「そのカミヤが作ったリンゴってのは、実際に食べれるのか、もしその種を植えたらリンゴの木が実るのかって事さ」
「当たり前じゃろ??リンゴなんじゃし」
ちるは俺が一体何に引っかかっているのか全く見当がつかないといった表情を浮かべている。
本物のリンゴを何も無い所から生み出す能力。 俺には到底信じられなかった、無から有を生み出す事なんて本当に出来る事なのか??
いや、今更信じる信じないといった議論をしても無意味なのはわかっていたが、そんな能力はまるで。
「神様みたいな能力だな……」
思わず声に出して俺は呟いていた。
「そうじゃろ?? そうじゃろ?? 何も無い空間から何かを創造する。 途轍もなくかっこ良い能力じゃよな!!」
ちるは語気を強めて嬉しそうに話す。
それにしたって、何も無い所から何かを創造するなんて確かに俺の想像以上の能力だ。
俺自身が能力を持っているからか勝手に能力の基準、上限値を決めていたのを少し恥ずかしく思う。
今ならカミヤの能力がちるを生み出す大事な鍵になったのも理解できる。
「確かに俺なんかとは全然違うかっこ良い能力だな。 ただそれだけ凄い能力、無から有を創造する力が有るなら最早それだけでちるを生み出せる様な気もするんだが??」
「それは無理じゃな。 さっきも言った通り様々な制約があるのじゃ。 カミヤの能力では人間や動物を生み出す事は不可能じゃったしなぁ、他にも細かい所は色々あるがその中でも我に大きく関係するのは、存在しない者を生み出す事が出来ないって事かのぅ」
「存在しない者?」
「そうじゃ。 まぁ存在を証明されていない者と言った方が良いかもしれないのぅ。 例えば空想上の生き物のドラゴン、または天使や悪魔に精霊といった類いの者達も不可能じゃのぅ。 そして勿論、神様もな」
俺は街で質問された時の事を思い出す。 神様はいるかどうかを真剣に考えた時、今ちるが話した事と全く同じ様な事を考えていた。
そう、三百年より昔は神様も存在を証明されてはいなかったのだ。
ただ今は違う。 こうして目の前に確かにちるは、神様は存在している。
カミヤの能力が存在を証明されていない者を対象外とするなら、どうやってちるを生み出したのだろうか??
むしろちるが生まれたからこそ、その存在を証明出来た訳じゃ無いのか??
考えても答えは絶対に出ないと悟り俺はちるに訪ねる事にした。
「カミヤの能力だけではちるを生み出せ無い。 それはわかった、続きを聞かせてくれ。 もう一人のちるの親、ソフィアの話を」
「勿論じゃ!! 我はな、カミヤも好きなのだがな何故じゃろかソフィアの方がもっと好きでな!! こればっかりは我もわからないんじゃよなー。 何故じゃろうな??
まぁそれは良いとして、ソフィアの能力の話じゃったな!! えーと、そうじゃな。 お主これがなんだかわかるか??」
そう言ってちるは再び両腕を俺の前に出した。 今度は最初から何かを持っている様な手の形をしている。
その手の形はさっきと全く同じに見える為、俺はさっきと同じ様に答えるしかなかった。
「ちるの手しかそこには無いが、何かを持っていると仮定するならリンゴって所かな」
「ぶー!! 今回はナシじゃ!!」
「ナシ??」
「そうじゃ!! 果物という推理は良かったが残念じゃったな!! 今回はナシなのじゃ!!」
ちるは口を尖らせながらさっき俺が当てた時より嬉しそうな顔を浮かべている。
「まぁナシでも何でも良いが、結局それが何なんだ?? まさか今度はナシを作る能力とか言わないよな??」
「流石にそんな事は言わんぞ!! だがちょっと惜しいのぅー。
ソフィアの能力はカミヤと近い能力ではあるが実際に生み出す訳では無いのじゃ。 ソフィアは観測する側の意識を変える方じゃったからな」
「意識??」
「そうじゃ、意識、 まぁ認識と言うべきかのぅ」
「認識を変える??」
「うむ、まぁ少しわかりにくいかも知れんがなぁ、例えばこのナシじゃがな?? ここには我とお主しか居ない。
我等が二人ともこの空間にナシが有ると思っていたらもはやこれはナシその物では無いか??」
ちるはそう言って手でナシを投げて遊び始める。
いや、実際にはそう見えるだけでそこにナシは存在していない。
ただ手を上下に振っているだけだ。
「さっきのカミヤの能力と違ってわかりにくいな。 俺にはそこにナシが有るとは思えないが??」
「それはお主がまだここにナシが存在していると信じていないからじゃろぅ?? ソフィアはその認識を変化させる事が出来ると言った訳じゃ。
我からしたらカミヤの能力よりよっぽどわかりやすいぞ? カミヤの能力は正直言って我でも原理がまるで分からん。 一体どうやって何を元にどうやって創造されているのか全くの謎じゃ!! じゃがその点ソフィアの能力はわかりやすい。
他人の認識を変えるだけだからのぅ」
「そもそも俺には能力そのものの原理もわかってないけどな。 他人の意識を変えるってのも一体どうやって行われているかきっと本人に説明されても分からないだろうし。 まぁ、確かにカミヤの能力の方が謎っぽいって気持ちはわかるけど」
今更どうしてそんな事が可能なのかを聞いても仕方ないのはわかってはいたが、頭で理解できない事なんてこの世界にはいくらでもある。
そういうものだと割り切る事にして俺は話を続けた。
「ソフィアの能力はわかったけどさ、他人の認識を変えた所でそこに何かが生まれる訳じゃ無いだろ?? 結局は何もないままじゃないか??」
「んー、まぁそうなのじゃがな。 認識ってのは案外怖いものでな、我とお主の二人だけならまだしもこれがさらに大人数だった場合どうなると思う??
例えばこのナシじゃが、これの価値を高額だと認識させた場合とかのぅ。
お主そうなったらこのナシ買うか??」
ちるはそう言って、俺に手の平を向ける。 相変わらずそこにナシの姿は見えなかった。
「買う?? 買わないさ!! だってそこには高額どころかナシそのものすらないだろ?? 無価値じゃないか」
「まぁ、今のお主にとってはそう見えるかも知れないな。
じゃがお主以外の世界中の人々はこのナシに途轍も無い価値が有ると考えておるのじゃ!!
そうなったら最早このナシは世界で一番高額なナシになる。
食べれもしない、触れもしない、匂いもない、そもそも存在すらしないナシがそこら辺に売っているナシの何十倍、何百倍の価値になる。
値段を付ける側の認識次第でのぅ。 人間の価値観を根こそぎ変化させ、今までの常識をも変えてしまうと言った所じゃ。 お主はカミヤを神様見たいな力と言ったが我は人間のこの世界そのものを変えてしまうソフィアの能力の方が神の様だと思うがのぅ」
ちるの話を聞いて徐々にその能力の凄さが分かってきた。
一人二人の認識では無く世界中の人の認識を変れるとしたら、それは自分にとって都合の良い世界を作れると言っても過言ではない。
ちるの言った通り、それはまさに神の様な力だ。
だけどソフィアの能力にも俺やカミヤと同じく色々な制約、条件があるはずだ。
「勿論、ソフィアにもカミヤと同じく制約があるんだろう?? 世界中の人々の認識を変えるなんて無理なんじゃないのか??」
俺の質問にちるは不敵な笑みを浮かべ答える。
まるで俺の考えを読みとっているかの様な笑みを。
「確かにソフィアの能力にも制約はある。 じゃが、正直言って殆ど無いと言っても過言では無いじゃろう。
ソフィアが能力を使う条件はただ一つ、相手がソフィアの事を知っているかどうか。 それだけだからのぅ」
「知っているかどうか?? それは例えば、ソファア本人を見た事が無くても聞いた事があるだけとか、文字で見た事があるとかそう言ったのも含まれるのか??」
「それはちょっとギリギリじゃのぅ。 言わば認識しているかどうかじゃからのぅ、その人次第な所ではあるかのぅ」
認識を変えるからこそ、他人に自分を認識させなくてはいけないって事なのか??
もしそうだとしたら、そんなに難しい事では無いかも知れない。 世界全てとはいかなくても自分の生きていく範囲内ならむしろ簡単な方だろうし。
「確かに認識を変えるって能力の割には条件は緩く感じるな。 だとしたら変化させる認識に制約があるのか??」
「勿論ソフィアにも変化させる事の出来ない認識はある、カミヤと同じく人間や動物と言った者をそこに居ると思わせるのは不可能じゃな、じゃが……」
ちるは息を呑み込み少し溜めた後に続きを話す。
「存在を証明されていない者を存在する者として他者に認識させることは出来たのじゃ」