約束の人物
「決まりね! それで何処に向かうの?」
「ベルとは一度でいいから一緒に行った事がある所だよ」
「ノアと?」
「あぁ、ちるが閉じ込められているあの建物さ」
「……本気??」
ベル様が露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
当然だろう。 前にその場所に行った時の話は私もベル様から聞いたけど、あれは自殺行為と言っても良いものだったのだから。
「ま、また誰かと約束しているの?」
「良くわかったな」
「そう……やっぱり考えさせてもらっても良いかしら?」
「ダメ。 もう時間が無いからな! 今すぐ行くよ。 今回は外に獣人便も手配しているからな」
「えっ! ちょっと! ノ、ノア!!」
そう言うとノアはベル様の手を引っ張り、部屋の外へと連れ出すと私に聞こえる様に大きな声で「外で待っている」と叫んだ。
「あ、あんな強引なノアは初めて見たかも」
目の前の誘拐劇を見ていた私も急いで準備を整え、ベル様とノアの元へと向かった。
外に出ると直ぐにノアが手配した獣人便に私達は乗った。
移動している間に私の身に起きた事や今の状況などをベル様が話してくれた。
大事な話し合いに参加できなかったのは悔しかったが、私が気絶していたのはどうやら一日だけだったという事が分かった時は心底ほっとした。
話の途中、ベル様は私が偽物だと気付けなかった事を何回も謝ってくれたけど、謝るのはむしろリリィーに捕まってしまった私の方だろう。
それにそもそも気付けなくて当然なんだ、テイミーの能力の詳しい制約はわからないがそう簡単に他者が見破れる代物ではない筈なんだから。
だからこそノアがそれを見破ったと言う話は私にはあまり信じられなかった。
一体どうやって?
……頭に浮かんだ様々な考えを消し去る為に私はかぶりを振るう。
今は考えるべきでは無いだろう。 考えれば考えるほど、ノアに対しての感情が良く無いものに変わってしまいそうになる。
それにその答えももうすぐわかる筈なのだから。
先頭を行くノアに視線を向ける、真っ直ぐ先を見据えている横顔を私は少し怖く思ってしまった。
「本当にあっという間なんだな。 前回歩いて来たのが馬鹿みたいだ」
「そういえば今回は大丈夫なの?」
「何が?」
「前回はバレない様にここに歩いて来たのよね? 今回はそう言った心配ないわけ??」
「あぁ、今回はそこら辺は大丈夫なんだ。 さぁ行こうか」
「そういうものなの? あっ! ちょっと待ってよ!!」
獣人便を降り、ノアはベル様と少しの会話を挟んだ後に早足で目的地へと歩く。
本当にこんな森にちる様が閉じ込められている建物が存在するのだろうか?
ベル様の話では近付くまでは全くわからないらしいけど、直接見ていない私には未だ信じられない。
「急ぎましょシャル。 ノアと逸れたら私じゃ目的地には辿り着けないわ」
先に歩いていたベル様が振り返って私に呼び掛ける。
確かにノアと逸れるわけにはいかないと私は駆け足でベル様とノアを追う。
ただでさえベル様に道案内は出来ないのだし……それにしてもノアは随分と焦っている様に見える。
約束している相手との時間を気にしているのだろうか?
ノアからいつもの余裕がまるで感じない。
そしてそれに釣られる様に私の気持ちも昂るのを感じる。
……本当に全ての決着はもう間近なのかも知れない。
時間にして一時間ほど私達は暗い森の中を歩いた、途中少しの会話を挟みはしたが大した内容ではなかった。
不安や期待が何度も脳を入り混り、吐き出したくなるほどの気持ち悪さを感じつつ私はノアの足が止まるまで歩き続けた。
「な、何回見ても凄いもんだな」
前を歩くノアの足が止まり、僅かに震えた声が私の耳に入る。
「ええ、まさかまた来るとは思っていなかったけどね」
次いでベル様が声を発する。
だけど私の目の前には何も写っていない。
二人が一体何に驚いているのだろうと不思議に思いながら私は二人と同じ場所へと足を運んだ。
そしてその一歩踏み出した瞬間それは突然私の前に姿を表した。
「こ、これは一体?」
先程まで暗闇に包まれていた空間は人工的な光と僅かな光炎で照らされ、その中心には見たことのない大きな建物が聳え立つ。
不気味という言葉がここまで似合う建物は存在しないだろう。
それくらいこの場所には似付かない建物だった。
だけど、私が感じた衝撃は聞いた事のある女の声ですぐに上書きされた。
「……やはり来ると思ってましたよ」
額に汗が滲む、一生聞きたくないと思っていたその声は私のすぐ隣から聞こえていた。
「リリィー!!」
ベル様が大声で叫び、同時に私の手を引いてリリィーから距離を取る。
「一体どうして貴方がここにいるのよ!」
「ふふ、それは私の質問では無いでしょうか??」
リリィーは不敵な笑みを浮かべながら嬉しそうにノアに視線を向ける。
「久しぶりだなリリィー」
「あら? つい先程話し合ったばかりだと思っていましたが?」
「お前とは話し合って無かったと思うが?」
「まぁ確かに言われてみればそうですね。 どちらかと言うと貴方はただ聞いていただけでしょうから」
リリィーはノアから視線を外しベル様と私の方に目を向けて続けた。
「少し遅かったんじゃ無いですか?」
その言葉でようやく私はノアの約束相手が誰かを察する。
「ノア様、もしかしてこの女が?」
「あぁ、そうだよ」
悪びれる様子のなくノアが答える。
面識のある相手なら一言教えてくれても良いのに。
「え? シャルどう言う事?」
「ベル様、言葉の通りですよ。 ノア様の約束相手、私が会いに来た人物がこの女。 リリィーだったという事です」
ベル様は口を小刻みに動かしてリリィーとノアを交互に指をさす。
無理もない、私も何がなんだか全くわかっていないのだ。
一体いつそんな約束を交わしたのか、これから何が起こるのかも検討がつかない。
それ程にリリィーの考えている事はわからないし危険なんだ。
「ノア……大丈夫なの?」
「大丈夫だよベル。 少なくとも今はね、リリィーも俺達に用があるからこそここに招いたんだ。 じゃなきゃとっくに俺達はやられているよ」
「た、確かにそうかも知れないけど……でも」
「随分とビビっているのですね? ベルリン・ベルスロットさん」
ベル様の声を遮ってリリィーが言う。
「な、何ですって?」
「別に私は構わないのです? ここで貴方が帰っても。 だって貴方、それ程までに私が怖いのでしょう?」
「だ、誰が誰を怖いって!? 上等じゃない! そもそも別に誰が待っていても関係ないわ! 私達の目的を達成するだけよ」
「そうでしたか。 では行きましょうか」
「ええ! 行くわよ! シャル! ノア!!」
歩き出したリリィーにベル様は駆け足で付いていった。
「本当いい性格しているよ、ベルは」
小声で呟き私に一瞥した後にノアも二人に続く。
ノ、ノアはわかっていない。 ベル様は決して煽られたからリリィーについて行くわけではない……筈だ。
心の中で弁明しながら私はベル様の元へ向かった。
私達が扉の前まで来た時、リリィーがその足を止める。
「さてここから先はノア、貴方に先導して貰えますか?」
「……はぁ?」
「私の行きたい場所はご存知ですよね? そこまで連れて行って欲しいのです。
前も一度この場に来ていた貴方なら大した問題ではないでしょう?」
「ちっ、まだ足りないって事か?」
「いえ、そう言う訳ではありません。 貴方の能力は貴方がここに現れた時点で確信しました。 ですがそれは私だけにしか証明出来ない、この先のに待つ人はそれでは満足しそうに無いのですよ」
「……わかったよ」
リリィーはノアに先頭を譲る為に進行方向から僅かに身体を右に逸らす。
ノアの能力にこの先に待つ人物、気になる単語がいくつか飛び交ったが今はとても尋ねる雰囲気では無かった。
「じゃあ行くぞ」
そう言ってノアはゆっくりと扉を開け、建物の内部に入る。
外とは違い内部は薄暗く、辛うじて長い通路が私の目の前に映った。
「前と同じね、行きましょうノア」
「いや、今日は先には進まない」
「え?」
「用があるのはこっちだからな」
ノアは直ぐ様振り返りもう一度入ってきた扉を内側から開らいた。
先程とは違い勢いよく開かれた扉の先には、私達が歩いて来た森の姿は無く、あるのは先の見えない古びた階段だけだった。
「こ、これってこの間の?」
ベル様が驚いた表情を浮かべる、如何やらこの階段にも見覚えがあるみたいだ。
「これで満足か? リリィー」
「えぇ。 これで納得してくれるでしょう」
リリィーはどこか安心した様に笑うと躊躇うことなく階段を降って行った。
「さてと俺達も行こうか?」
「で、でもこの先は鍵ないと行けないんじゃ?」
「俺達を待っている人物ってのがあいつならあいてるんじゃないか?」
「ま、まさか!! ユ、ユーノがこの先に来ているって言うの?」
ベル様の言葉に私の心臓は誰かに握られた様な圧迫感を覚えた。
ユーノがここに? なんだろう……何か凄い引っかかる。
「あくまで勘だけどね!」
「それでも良いわ! 行きましょうノア!」
ノアの言葉にベル様は表情を変え先じてリリィの後を追って行く。
「……行かないのか? シャル」
ノアの声が私の耳に響く、だけど私は足は動かす事が出来ずにいた。
初めてノアに会った時に感じた違和感を思い出す。
いや、思い出すのはそれだけじゃない。
先程見た昔の夢、ちる様の寂しげな表情。 それが私の頭の中に鮮明に映し出された。
何か重要な事を見落としている、そんな不安が私の中を駆け巡る。
「シャル! 俺は先に行っているからな?」
「あっ!! ……はい。 すいません、私も直ぐに行きます」
頭の中の不安を掻き消すようにノアが私の名前を呼んだ。
そうだ、少なくとも今は色々考えていても仕方ない。 もし本当にユーノがこの先に待っていたとしても私の、私達の目的が変わる訳ではないのだ。
例えどんな事になってもちる様を助け出す気持ちに変わりはないのだから。
先に進むノアの背中を見失わない様に私も階段にゆっくりと足を踏み入れた。