プロローグ 2
今から三百年も前ならもしかしたらNOの方が多いって事もあったのかも知れない。
だが、今のこの世界で神様の存在を疑っている奴なんて居ないだろう。
間違えなくこの世界に神様は存在している、そしてそれは常識とも呼べるほど当たり前の事の様に浸透しているから。
何故か?
それは今のこの人間の住む世界そのものが神様のお陰で存在出来ていると言う事をみんな知っているからだ。
この世界には神様が起こした奇跡が、正史として記録されている。
今から三百年前ほど前、人類は唐突に未曾有の危機を迎える事となった。
まだ国という隔たりの数が多くあった頃、そのほぼ全ての都市で同時多発的に大規模な自然災害が発生したのだ。
暴風、豪雨、豪雪、地震、二次災害をも含めると立ち直る事の出来ない程のダメージを人類は一夜にして負う事になったのだ。
その結果、人類の三分の一がこの世界から消えた。
それからも復興など追い付かない程の頻度でこの星は人類に牙を向けた。
まるで狙いすましたかの様に、人の集中する都市から順に容赦無い災害が襲ったのだ。
それから間も無くして原因不明の疫病までもが蔓延し始めた頃、人類の大多数は抗う事を辞め悟り始めていた。
……これは人類という種の絶滅の時なのだと。
今迄幾度と無く見てきた他種の絶滅、その瞬間が人類に訪れているだけなのだと。
最早、国と言う組織はその機能を完全に失い国民一人一人ではどうする事も出来ない状況まで追い詰められていた、いや、どうにかしようと思う人間など一人も居なかったのかも知れない。
既に人類は種の繁栄と生存を諦めていた……。
だけど結局人類が絶滅する事は無かった。
自然災害はそれ以上起こる事も無く疫病もいつの間にか綺麗さっぱり無くなっていたのだ。
呆気ない幕切れであったが、その時の人々はそれを神様のお陰だと声高らかに言った。
災害を止め、未知の病を治したのは神様の力だと、その時代に生きていた人々は皆、信じて疑わなかったのだ。
一体何故神様の力だと思ったのだろうか?
それも全ての人々が。
そしてそれは決してお伽話ではなく、今も真実として伝わっている。
勿論、今の時代に生きる人々がこの昔話だけで神様の存在を信じているわけじゃ無い、この三百年間神様に纏わる話は多々あるし、この話は神様が居るとされる最初の出来事ってだけだ。
この世界では神様が居る事は当たり前とされており、しかも誰もが同じ神様を慕っている。
こうして冷静に考えればそれはなにか凄いことの様に思えるな。
……ん? 同じ神様?
今となっては当然の事なのだが人類が絶滅を逃れたあの時も、皆が同じ神様を想像したのだろうか??
急に出てきた大きな疑問に俺の思考が止まった瞬間、道の先からほのかに甘い匂いを感じた。
目を向けるとそこには木造のお店が並んでおり、人々が小さなショーケースを囲んでいる。
どうやら考えながら歩いていたら、二つ目の目的の場所にたどり着いていたらしい。
俺は同居人の顔を思い出し小さく息を吐いた。 まぁ、これ以上考えてみても仕方ないか。
帰ったら本人に聞いてみよう。 元々そう言う約束だったしな……。
俺は一旦考える事を辞め、同居人に頼まれていた買い物を済ませる為、店の前の行列に並んだ。
か、買いすぎた。 久々の街という事もあってか大量に買ってしまった。
まぁでも必要な物ばかりだしあって困る様な物でも無いから良しとしよう。
俺は自分が今日買ってきた物を再び見つめる。
袋の中にあふれんばかりに押し込められているものは、買った時はとても良い物だと思ったはずなのだが、よくよく見ると一回使ったら飽きてしまう様な物ばかりだ。
更に買う時の気持ち良さが無くなり、代わりに帰るまでの苦労を思い出した今、自分の手の中にある物がとても無駄な物なのではと思い冷静になった頭には後悔の文字が浮かぶ。
次からは買い物は慎重にするべきだな。
あたりはもう夕暮れ時だった。
俺の家は全力で走れば街から片道三十分程度なのだが、道はお世辞にも良いとは言えず、険しい山道を通る。
この先に家が有ると知っていなきゃ誰もたどりつけない様な場所だ。
そして荷物を沢山持っている今はいつもより余計に動き辛く、かかる時間も倍になる。
まぁ普段なら時間など気にしないが、今日は同居人との約束の日でもあった為、間に合うかどうか俺は少し不安になっていた。
買い物での時間ロスもそうだが、あの女の質問に真面目に答えた所為か、その後同じ様な質問を二十回程されたのも痛かった。
女にだけ優しく答えるのも何か嫌な感じがしたから、俺はその全てに真面目に答えた。
今考えば本当に意味のない事をした……。
と、とりあえず後悔と反省は後でするとして今は急いで帰ろう。
ちるとの約束は守りたいしな。
結局、俺は途中から猛ダッシュする事になった。 そしてその甲斐もあって約束の時間を過ぎる事無く自宅の前までたどり着く事が出来た。
ほ、本当に良かった……。
俺は心の底から安堵した。
この大量の汗はこの重い荷物を持って全速力で走ってきたからだろう。
け、決してちるの事を恐れてのものじゃない。
足が震えてるのも体力が限界に近かったからで、昔約束を破った時に半殺しにされた事思い出して震えているわけじゃない。
「ふぅー、助かったぁ」
わざと声に出し大きく一息ついて心を落ち着かせる。
き、きっとこの心臓の高鳴りも久々運動をした障害なのだろう。
絶えず何かに言い訳しながら俺は気を引き締め直し、自宅へと足を進めた。