プロローグ
「あなたは神様の存在を信じていますか?」
目の前の女は俺にそう尋ねた。
俺は願いが叶った事に満足した反面、久し振りの他人からの質問がとてもありふれたものだった事に少しだけ残念な気持ちを抱いてしまう。
まぁ俺はこの質問を受けるためにわざとこの女の目の前を通ったのだから当たり前ではあるけど。
そう思い直すとわざわざこの為にこの道を通った事に急に恥ずかしさがこみ上げてきたが、俺は堪えて迷惑そうな顔を作り上げそれを女に向ける。
よく見ると女は目に涙を溜め溢れないように見上げながら俺の答えを待ち望んでいる。
その表情と服の隙間から僅かに見える胸の膨らみに少しドキッとしたのは、俺としても不覚ではあったがこれは生理現象の様な物なので気にしないでおこう。
どうやら彼女はここでずっと同じこの質問を道行く人に尋ねていたようだ。
事実、俺が彼女の前に通りかかる少し前にも彼女は同じ質問をしていた。
だからこそこの道を選んだ訳だしな。
何故こんな質問をするかは知らないし、興味も無いけど俺が記憶している限り少なくても十年前にもこの街でこの手の質問は繰り返し行われていた気がする。
今でも質問している人が居るのを見るとこの十年間はずっと行われていたのだろう。
なので彼女が涙を浮かべている理由もおおよそ検討はついた。
道行く人々はこの質問自体にうんざりしていてみんな答える事なかったのだ。
まだ答えないだけならまだしも、さっきの人の様に怒鳴りつける人も中には居る。
彼女は、自分の質問に答えて貰えず更に怒鳴れらるというとても可哀想な目にあっていた訳だ。
そりゃあ、泣きたくもなるよな……。
まぁだけど、正直彼女自身も何故この質問をしているかはわかって無さそうだ。
おそらく誰かに雇われでもしているのか、働いている感覚に近いのだろう。
きっと彼女は仕事が出来ない悔しさ、苛立ちを隠しきれずに居るのだ。 それでも少しでも前に進みたくて必死に自分のできる事に向き合おうとしてる。
俺を見つめるその目にはそんな意思が込められているかの如く輝いていた。
まぁそれは俺にとっては全然関係ないからどうでも良いから置いといて、今の俺にとって大事なのは誰かとの会話だ!!
質問の内容だの誰と話をしただの、ましてや話し相手の心のうちなど全く気にする所では無く正直興味もなかった。
つまり俺がこの道を通ったのはあくまで会話の為で、その相手が女でも男でもどっちでもよかったのだ。
勿論、女の子の質問者を探したのも事実の一つではある……いや、どうせ話すなら女の子の方が良いと思う気持ちは当然だろ??
とにかく、俺は誰かと話すと言うミッションを成す為にこの街に久々に足を運んだのだ。
そして俺の希望通り彼女は話しかけてくれた。
そう。 ここまでは予定通りなんだ。
因みにこの質問自体は俺も昔は何度も答えた記憶がある。 答えはいつも決まってたし。
だけどいつも深く考えたりはせず思った事をそのまま答えていた。
今回も昔の様に即答しようと思ったが、久し振りの会話だしあれから何年もたった今、しっかり考えて答えを出すのも良いと思い直し、俺は彼女に少し考えても良いですか?と尋ねた。
俺の返答が遅くかったのか既に俯いていた彼女は顔を上げ、その大きな瞳で俺を見つめたのち、数回お礼を言いながら深く頭を下げた。
良い子そうだな。 俺の同居人にも見習って欲しいわ。
……さ、さて神様の存在を信じているかどうかだったよな。
んー、そもそもここで聞かれている神様とは一体何なのだろうか??
神様なんてのは所詮人間が作り出したものでありその数も膨大だ。
昔あった国ではその数の多さから八百万の神とまで言われていた事があるらしい。
その言葉をおしえてもらった時は流石に多過ぎでは??と思ったぐらいだ。
まその数ある中の一人を信じていていれば答えはYESになるのだろうか?
またその一人だけ信じていて他の神様を信じていない場合はどうなのだろう?
神様の存在を信じていながらも他の神様を信じてはいない。
それはとても奇妙な事に感じるが空想上の者を一人でも信じるのであれば、他の者達も存在するかもしれないと考えるのは当然なのだろうか??
神様がいれば天使もいるし悪魔もいる、幽霊、幻獣、魔物に魔獣、亜人や獣人、妖精に精霊、ドラゴンなど。
神を信じるって事はその他の生物達も存在する又は存在していたのだと認めるべきなのだろうか?
逆に他の空想上の生き物を信じている人は神様の事も無条件で信じているのだろうか?
見た事無いなにかを信じているといった点では同じなのかも知れない。
俺はドラゴンなんてのは見た事も無いけど居たらいいなぁーくらいには思っている。
だけど、ドラゴンの存在を信じているかと尋ねられたとしたら答えはNOだ。
居ると思うかと尋ねられたら期待を込めてYESと言うかもしれないが、信じているかと言われるとそこまでの気持ちは無いだろう、信じてはいない。
じゃあ俺は神様の事は信じているのだろうか? ドラゴンは居ないが神様は存在していると信じて疑っていないのだろうか?
俺は一度深呼吸をし、考えを纏めてから彼女に答えを告げた。
その女は今日一番の大きな声で一礼した後、駆け足でその場を後にする。
おそらく誰かに報告しに行ったのだろう。
俺は彼女とは反対方向の道を歩こうと身体の向きを変えたが、最初の一歩がなかなか踏み出せずにいた。
久々の会話に緊張していたのだ。
いつからこんな風になってしまったのだと情けなく思いながら、俺は自身の足を軽く叩き、再度力を入れてようやくその場からゆっくりと歩き出す事に成功させたのち、安心しながら思う。
結局、色々言い訳の様に考えてみたが最初から答えが変わる事などなかったのだ。
もしもこの街の人々がこの質問に真面目に答えたとしたらも答えは全員俺と同じだと言い切れる。
その答えは間違いなくYESだろう。