プロローグ
「よろしい、では学校の蛇口からコーラが出るようにしましょう」
全校集会で集まったみなのものたちに、目安箱の投書にもとづき、そう宣言した。
生徒たちは言ったとたんにざわめき出す。
《やったぜぇ、――えぇ、そんなのやだぁ――なに言ってんだ、コーラだぞコーラ、おいしいだろ――俺はファンタがよかった》
「うるさい! 静かにしろ愚民ども!」
《またアホ会長がどなってる――愚民どもって何だよww――しっ、聞かれたらまずいよ――そうだそうだ、あいつはおだててれば何でもやってくれる――俺キリンレモンがいい》
僕の愛する生徒たちは、まったく言うことを聞かず、まだまだ騒いでいる。
ふん、まぁいいだろう。こやつらは狂喜乱舞しているのだ。僕が実家から持ち込んだ資財で生徒たちの夢が叶っているのだから。一種の慈善活動だ。
……おや、そこの女子、僕と目が合ったようだね、ステージの上からでもきみの考えていることが分かるよ、つまり、僕に惚れたな? スーパーアルティメットエッリートのこの僕がみなから賛辞を得ている光景を見て、僕に、惚れてしまった、そうだね?
僕はマイクに向かって、ニヒルな笑みを浮かべながらこう言った。
「愛すべき本校の女性たちに、あらかじめ言っておくが、僕が完璧すぎる生徒会長だからといって、惚れないでくれよ? 僕は仕事で忙しいんだ」
《――ギャハハハハっ、何じゃそら――えっ、斉藤くん、何の話してるの――ついにとち狂ったか――でもあいつルックスだけは良いから、惚れた奴一人くらいいるんじゃね――俺三ツ矢サイダーがよかった》
くっくっく……、よけい盛り上がっているようだな、無理もない、僕は完璧すぎる。この斉藤涼介さまの軍門に降った以上、これは当然の反応! 生徒会長は軍師っ、生徒は兵士っ、すべては僕の手ひらの上にあるのだ。
◇◇
私立虹が原高校は、僕が支配している。なぜなら、僕は生徒会長だからだ。歴代最高のリーダーシップを見せ、改革を行い、この学校の世界観を変えて見せた。
学校の食堂のおばさんどもにたらふく退職金を手渡して辞めさせ、かわりに一流シェフが立ち働くレストランに改築したり、不人気な教師を、父親の権力を利用して他校に飛ばしたり、プールを屋内温水にしてみたりと、生徒たちに尽くしてきた。
おっと、勘違いしないでくれ、僕は父が嫌いだ。父は市長だ。そして地域の教育委員会とも深く関与している権力者だ。おまけに名家の出身で、金持ちだ。僕の改革ために金を出してくれるから重宝しているが、性格がまるで気に入らない。
父はことあるごとに、僕の耳にたこができるほど、こう言い聞かせた。
「いいかい涼介。市長は神だ。最も地域社会に根ざした政治が行える。街に革命をもたらす私は最上にして最高なのだ」
そんなはずがあるまい! と僕は思いながら育った。そして市長を超える概念を探し求めて、小学校、中学校と学んでいき、高校生になったときに、全校集会で僕は目覚めた。
新入生を迎える集会で、ステージに登壇したのは、当時の生徒会長だった。とても威厳があるように見えた。生徒会長はこうおっしゃった。
「新入生の諸君、ごきげんよう――ごきげんよう――ごきげんよう……(エコー)」
僕は全身が震え上がるのを感じた。こっ、これが真の支配者か、と思った。とてもすごみのある声、そして圧倒的な存在感。常に全校生徒を見下ろせるあの位置! 支配者のポジション!
僕は確信した。市長ではなく、生徒会長こそ神なのだと。全知全能を司り、巣立つ前のひな鳥たちを支配する教育の根幹を握りし聖なる役職なのだと。
そしてこのとき心に誓った。僕は生徒会長になる、と。