8号機 実戦とその後
部屋に戻り、武器のメンテナンスをしていた時、突然サイレンのような音がなった。
「何が起きて…」
『緊急事態発生。市街地に覚醒起動状態のアンドメイドが多数出現、戦闘員は速やかに現場に急行してください。繰り返します。市街地にー』
放送が鳴り止む前に、ミナミが部屋に入ってきた。
「聞いたでしょ、急ぐよ」
「おう!」
現場に着くと、そこには大量のアンドメイドと戦うアンチロイドの姿があった。
「口より手を動かしな。訓練終わりで疲れてるかもしれないけど、これが戦争だからね」
「わかってる。ライトニングの本当の力っていうのも試してみたかったし、ちょうどいいさ」
俺はライトニングを構えた。
「コロ…ユルサ…イ……」
「あれがアンドメイドだっていうのかよ…」
俺が知ってるアンドメイドとは雰囲気が全く違っていた。それはまるで、人間を殺すための兵器のようだった。
「コロスっ!!!」
「…来たっ!」
アンドメイドが一体飛びかかってきた。俺はギリギリで避けたつもりだったが、どうやらかすったようで、頬を少し切ってしまった。
「チッ、速いな…」
「ヒュウマ、次が来るよ!」
ミナミの声に瞬時に振り向き、俺はとっさにライトニングの引き金を引いた。ライトニングから放たれた弾は飛びかかる前動作をしていたアンドメイドの額に命中した。
「くそ、やっぱり弱い…!」
「何言ってんの、よく見なさい」
言われた通りによく見ると、アンドメイドの動きが完全に止まっていた。
「なんで…?」
「ライトニングの本来の用途は足止めなの。それを攻撃用に出力を最大に設定してあっただけで、それを元に戻しただけってこと」
「なるほど、これが本当の力ってことか…」
前線で戦うよりサポートタイプってことか…こりゃあんまり活躍できないだろうな。
俺は残念な気持ちを抑えつつ、アンドメイドを次々に殲滅していった。
「これで最後…!」
リベレーターから発射された弾丸は、最後のアンドメイドの心臓を正確に撃ち抜いた。
「これでひと段落…かな?」
「あんた実戦ではいい動きするじゃない」
俺の目の前に仁王立ちしたミナミはそう言って俺の肩を叩いた。
「ミナミがいいアドバイスをくれたからだよ」
「なっ…!?」
おや、顔が赤くなったぞ。
「と、とにかく、一旦本部の戻るぞ」
ミナミは赤くなった顔を誤魔化すようにそそくさと歩き出した。
本部に戻ると、程度の差はあれど怪我した人たちが治療を受けていた。
「たった一回の戦闘でこれだけ負傷者が出るんだな」
「あんたも頬切ってんだから、治療してもらいなさい」
「いいよこんなの、放っときゃ治るって」
たかがかすり傷で治療なんて大げさだろう。俺はそう思い、治療を拒んだ。
「あんたがそれでいいなら…でも異常があったらすぐに知らせなさいよ。毒が盛られてないとも限らないんだから」
「うっ…大人しく治療受けます…」
「わかればよろしい」
相変わらずミナミのペースに飲まれているのが不服だったが、仮にも先輩の言うことには大人しく従おう、そう決めた俺だった。
カガミに状況報告を済ませ、部屋に戻っている時だった。
「ところで、ライトニングの調子はどんな感じだった?見た感じ大丈夫そうだったけど」
「あぁ、なんか前より軽くなった気がする」
「それは気のせいだと思うけど…」
ミナミは頻繁に俺の…武器の心配をしてくれる。面倒見がいいのだろう。
「なんか…イアみたいだ…」
「イア?誰それ」
聞こえないように呟いたつもりだったのに、地獄耳なのだろうか?
「いや、なんでもない。それより腹減ったー!」
「あんたって、子供みたいなとこあるよね」
「何おぅ!?少なくとも俺の方が年上だろ!?」
俺の所見では18歳くらいに見えている。
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃん。残念だけどその予想はハズレだよ」
「じゃあ何歳だよ」
「女性に年齢を聞くなんて大人とは言えないね」
いちいち癇に障る言い方をしてきやがる。
「29歳だって素直に言えばいいだろ?」
「なっ、バラすなよサカキ!」
一体どこから出てきたんだと思うほど突然現れたサカキに年齢をバラされたミナミは、慌てていた。
「そう言うサカキだって同い年じゃん」
「私はまだ28ですぅ」
お姉さんたちの会話についていけない俺は、そっと退散しようとしたが、両腕をガッチリ掴まれていた。
「どこに行く気?」
「あんたはどっちの方がオバさんだと思う?」
これまた回答に困る質問をしてきた。
「えっと…二人とも綺麗で可愛いと思うよ?」
「き、綺麗だなんてそんな…」
「可愛いとか…べ、別に嬉しくなんか…」
二人の機嫌が元に戻ったところで、俺は両腕を解放してもらえた。
「それで、もう部屋に戻っていいんだろ?」
「えぇ、足止めしてわるかったわ。私が用があるのはこいつだから」
「え、ちょっ、私も休みたいんだけど!」
ミナミはサカキに連れて行かれてしまった。
二人を見送った俺は大人しく部屋に戻り、改めて武器のメンテナンスを始めた。
その日の夜、俺はミナミに呼ばれて食堂に来ていた。
「なんだよ、急に呼び出したりなんかして」
「あんた、まだご飯食べてないでしょ?話したいこともあるし一緒にどうかなって」
珍しくしおらしいミナミの態度に、俺は面食らってしまった。
「何よ、別にいいでしょ?」
「まぁいいか。それで、何食べるんだ?」
アンチロイド本部内の食堂には、常に2、3人のシェフが常駐している。その日の材料次第で希望のものをなんでも作ってくれるメニューのない食堂だ。
「私はネギたっぷりのお好み焼きとホルモン焼きそば!」
「じゃあ俺は生姜焼き定食で」
「えぇー、なんか地味…」
「茶色一色に言われたくねぇよ」
俺たちはシェフに注文をして席に戻った。
「それで、話ってなんだ?」
「今日戦ったアンドメイドのことなんだけど、一つ気になる事があったの」
ミナミは真剣な顔つきで続けた。
「あいつら、普通のアンドメイドと違って自分の意思で動いてるわけじゃないみたい」
「そりゃ暴走してるんだから当たり前じゃないのか?」
「私も最初はそう思ってた。でもある個体を斬る瞬間、助けてって言ったの。すごく小さな声だったから聴き逃すところだったけど」
ただでも騒がしい状況でよく聞き取れたもんだな、と感心していると、俺の頭に一つの可能性が浮かんできた。
「それって、殺さないでって事だったんじゃないか?命乞いをするみたいな」
「そうね、そう考えるのが一番自然かなって思う。つまり、暴走状態であっても自我を取り戻せる可能性がある」
「アンドメイドを破壊せずに助けられる…!」
俺は小さな希望に胸の高鳴りを抑えきれなかった。暴走したアンドメイドを助けられるなら、イアを見つけた時に暴走状態にあっても助けられるって事だからな。
しかし、その希望はミナミの次の一言で打ち砕かれた。
「でも、今はその方法がわからない。もしかしたらその個体だけが瞬間的に自我を取り戻しただけかもしれない」
「そう…だよな…」
確かに期待するのはまだ早かったかもしれない。でも、俺はその小さな可能性を信じようと決めた。
「あんた、やっぱりアンドメイドを壊すの嫌だったのね。訓練では確実に心臓を狙ってたのに、実戦ではほとんど急所を外して撃ってたもんね」
「ば、バレてたか…」
「当たり前でしょ?私を誰だと思ってんの」
これじゃミナミには敵わないな。
話をしていると、俺たちの席に料理が運ばれてきた。
「お待たせしました、ご注文いただいた品です。調味料などはご自由にお使いください」
「ありがとう!とりあえず話はここまで。さぁ、食べましょ」
「そうだな、いただきます!」
俺たちは食事をしながら他愛ない話をしたのち、何もなかったように自分の部屋に戻った。