2号機 不思議な、夢
アンドメイド・イアが我が家に来てからというもの、俺の生活は一変した。
掃除、洗濯、炊事…およそ家事と呼べることは全てイアがやってくれて、俺はそれをただ見守るだけだった。
「ちょっと、またこんなところに靴下脱ぎっぱなしにして、脱いだらすぐに洗濯機に入れなさいっていってるでしょ?」
「あーはいはい…なんでこうなったんだ…」
相変わらずお母さんみたいなことを言ってくるが、それはそれでちょっと楽しかった。
「俺にお母さんがいたら、こんな感じだったのかな?」
「なんか言った?」
「なんでもなーい」
お母さん…か…
『やめて、その子には何もしないで…!』
『だったらお前が被験体になるか?』
「なんだ、今の…」
一瞬何かが脳裏をよぎった。俺の記憶なのか、それともどこかで見た映画のワンシーンなのかはっきりしないが、気持ちの良いものではなかった。
「ヒュウマ、どうしたの?顔色が悪いようだけど」
「だ、大丈夫、なんでもないよ。ちょっと出かけてくる」
「あ、ちょっと、私も行く!」
俺は気を晴らすため、近くのカフェに来てみた。
「ご注文はお決まりですか?」
店員が提示したメニュー表には、いろんな種類のドリンクと食べ物が載っていた。
「タピオカキャラメルマキアートを一つと、マーブルチョコスコーンを一つ。イアはどうする?」
「私はアイスストロベリーラテとグリーンティーシフォンをください」
「かしこまりました、しばらくお待ちください」
相変わらず一般的なアンドメイドはみんな同じ顔をしている。
それにしても、イアは綺麗な顔をしているなぁ。
「…なに、そんなにじっと見つめて」
「かわいいなぁと思って」
「なっ!?」
俺の言葉にイアは顔を真っ赤にした。アンドメイドでも顔が赤くなったりするんだなぁ。”ココロプログラム”が搭載されてるから、恥ずかしいという感情はもちろん持っているというのはわかるけど、それに呼応するように頰が赤くなる仕様なのかな?それにしてもほぼ人間だ。
「…ん?どうしたんだ、そんなにモジモジして。トイレならあそこに…」
「ち、違うわよ、バカ!」
なんか怒られた。
しばらくすると注文していたものが届いた。
「いただきまーす!」
イアは普通に食事をしている。この食事はどこに消化されてどこに排出されるんだろう?やっぱり…
「今また解剖したいとか考えたでしょ」
「ギクッ…そ、そんなことないヨ…」
もしかしたらアンドメイドじゃなくて超能力者なんじゃないか、とたまに思う。
俺が何を考えているのかも、今何を求めているのかも、その何もかもを先読みされてしまう。
「ヒュウマの考えてることはなんでもお見通しなんだから」
「………」
疑心暗鬼になりそうだ。
食事を済ませ、だいぶ気も晴れたし帰ろうとして店を出た瞬間、突然イアの表情が曇った。
視線の先には一台の車が止まっていた。
「イア、どうしたんだ?」
声を掛けるも、反応がない。フリーズしてしまったのだろうか?
「おーい、イア?大丈夫か?」
「…あ、ごめん、なんでもない。行こう」
気が付いたかと思うと途端に歩き出した。
「おい、どうしたんだよ、知り合いでもいたのか?」
俺のその言葉に、動きを止めた。やっぱり何か様子がおかしい。
イアが見ていた車をよく見てみたが、スモークが強すぎて誰が乗っているのか確認できなかった。
それからイアは、家に帰り着くまで一言も発すことはなかった。
「なぁ、どうしたんだ?」
「…ううん、なんでもないの。飲み物でお腹が冷えちゃったのかな」
「アンドメイドでもお腹が冷えるなんてあるんだな」
なんて、ごまかしているのは見え見えだったが、何か事情があるのだろうと察してそれ以上は聞かないことにした。
人間にも、他人に話したくないことがあるように、アンドメイドにも隠しておきたいことがあるのかもしれないしな。
「そうだ、今日の晩御飯はヒュウマが好きなものを作ってあげる。何食べたい?」
『ヒュウマは何食べたい?』
また、何かがよぎった。それもさっきより鮮明なイメージだ。
「…肉じゃが」
「肉じゃが?そんなのでいいの?」
俺は無意識に答えていた。肉じゃがなんて食べた記憶ほとんどないのに、急に食べたくなった。
「うん、肉じゃがが食べたい」
「わかった、それじゃ買い出しに行ってくるから大人しく待ってなさいよ」
そう言ってイアは外に出て行った。
『ヒュウマ、お母さんたちしばらく帰らないから、何かあったらおじさんにすぐ連絡するのよ』
ーイア…?違う、お母さん…
夢を見ていた。知らないはずのお母さん、幼い頃の俺自身を、俺は俯瞰で見ていた。
不思議な夢…自分の過去を見ているはずなのに、知らない世界を覗いているような感覚。
記憶を失ったわけではないはず、忘れているだけかもしれない。それでも、やっぱり他人事にしか思えない。
「ヒュウマ、こんなところで寝てたら風邪ひくわよ?」
「あ、あぁ…イア、もう帰ってきてたのか」
部屋に一人取り残された俺は、いつの間にかソファで眠ってしまったようだ。
「これから晩御飯の準備するから、先にシャワー浴びてきなさい」
俺は言われるがままにシャワーを浴びた。