その五
「来ない、で……」
病室まで追ってきたムロに、キョウコは恐怖を覚えた。
「キョウコさん、こんな状況で言うのもアレですが、私、あなたのことが……」
「ムロ、てめーっ」
背後から、声がした。
ロウである。
ムロの胸倉を掴むと、何してんだ! と、責め立てる。
「聞いたぞ! 黒闇さんにストーカーしてんじゃねぇよ!」
「そっ、そんな……」
ムロがチラとキョウコの方を見やる。
「……」
キョウコは、視線を逸らした。
今度はムロが叫ぶ。
「そんなにこの男が良いのですかっ! なら、この世から消すしか無いっ」
ロウを突き飛ばすと、手にしていたものを掲げる。
隠していたのは、メス。
窓から差し込む月明かりが、それを照らした。
キョウコが息を呑む。
ロウが後退ると、相手に指先を向けた。
「別にお前に恨みはねー。 俺に魔法を撃たせるな」
「……」
膠着状態。
ムロが一歩でも動けば、ロウの炎の魔法で焼かれて死ぬだろう。
(……)
その時、ムロでもロウでも無い、別な影が動いた。
その影は、2人の間に割って入る。
「そん、な……」
ムロは、消え入るようなか細い声で呟いた。
「ロウさんには指一本触れさせない」
キョウコが両手を広げ、ムロの前に立ちはだかった。
ムロはショックを隠しきれず、メスを持つ手が震える。
「そこまでして……」
そして、笑い出した。
「は、はははっ…… くっそ、もう少しでやれると思ったのによ」
ムロは白状した。
自分は、体目当てでキョウコに近づいた、と。
メスを放り投げると、ドアへと歩いて行く。
「ムロ、てめぇ……」
ロウが、最低だな、と吐き捨てる。
「男なんてこんなモンですよ。 ロウ殿」
ロウの肩を叩いて、そのまま廊下へと出ると、階段を降りる。
出てくる涙を必死に拭いながら、ムロは病院を後にした。
「大丈夫かよ」
ロウが近づくと、キョウコは泣き崩れた。
ムロに対して、自分は何て酷い仕打ちをしてしまったのか。
その罪悪感に、キョウコは耐えられなくなった。
「そんな怖かったのかよ。 ……あの野郎」
本当は、違う。
ムロは、自分に良くしてくれていた。
それでも、ロウが好きという感情を抑えることは出来なかった。
自分に嘘をつくことは、出来なかった。
「ロウさん、怪我が完治したら、私は出所しないといけません」
「……ああ」
「だから…… 最後にお願いがあります」