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僕たちは歌姫に恋をする  作者: 玉城霞
9/10

アスカの将来

青葉が目を刺す暑い夏の日、リュウは大学のキャンパスを訪れていた。第一志望のオープンキャンパスに参加するためだ。国立大学だけに、整った設備と真面目そうな学生。想像より自由な雰囲気で、合格したら始まるであろう大学生活に思いを馳せた。

帰りの電車で、偶然トモヤと一緒になった。声をかけると、反応してくれた。

「リュウもオーキャン?」

オーキャンはオープンキャンパスの略だ。

「そうだよ。W大は今日だったか?」

「違うけど、それ以外の日に行ったほうが本当の大学の姿が分かるからね。」

 なんだかトモヤらしい。

「どうだった?」

「やっぱり色んな人がいたな。僕みたいな人も、もちろん。」

 そうか、と相づちを打つ。

「きっと大学、楽しいさ、お前も。」

「高校は、ぜんっぜん楽しくないけどね。」

ははは、とトモヤは自嘲気味に笑った。

「MST団も、か?」

「MST団は……なんだろう、高校生活って感じがしない。サヤなんて、MST団がなきゃ話すこともなかった人だろうし。特別な時間なんだよ、まさに。」

「じゃあ楽しいってことだな。」

リュウは軽く笑った。

「リュウは、楽しい?」

逆にトモヤが問うた。

「高校生活。」

「ん……まぁ普通、かな。」

トモヤと同じく、孤立ぎみの状況であることは黙っておいた。

「僕ね、復讐したい。」

 トモヤがきっぱり言った。強い言葉に、一瞬呆気にとられる。

「良い言葉を紡いで、いつか結果を出して、あいつらをぎゃふんと言わせたいんだ。」

あいつら、とは高校の同級生を指すのだろうか。

「やめろよ、そんなこと。」

条件反射的に口に出していた。

「お前の才能を、そんなもったいないことに使うな。」

語気を強めた。

「……。」

トモヤは黙ってリュウの顔を見つめた。大して整ってもいなくて凡庸な印象を受けるけれど、熱い眼差しを持ったその顔を。

「リュウは、リュウは……。恨んでる相手とか、いる?」

「いっぱいいるさ。そりゃ。でもそんな奴らのことなんか、考えるだけ無駄だ。」

「そうか……。」

トモヤは遠い目をした。

「この前のこと、まだ怒ってるか?」

 トモヤが、空き教室に閉じこもってしまった件のことだ。

「ううん、違うよ。でもさ、やり切れなくって……。」

 この年頃なんて、やり切れないことばかりだ。リュウもひそかに同感した。


時は流れ、夏休みが終わって秋が来た。受験も迫る中、曲はどんどん完成へと向かっていった。あとは些細な味付けをするだけだ。サヤのピアノの録音データ上がり、ゲンの絵の方も進み、何枚かイメージ絵用の原案が出た。しかし、ゲンの絵に関しては全てがアスカの

「なんか違うんだよね。」

の一言で没にされていた。胸に熱いものが宿っている人物はときに手厳しい。幸いゲンが温厚な性格のため、トラブルになることは無かった。


リュウは一度ゲンに、アスカにあんな言い方をされて腹が立たないのかと聞いたことがある。ゲンは笑って軽く言った。

「ひどい言い方は柔道で慣れてるさ。アスカは俺に期待してるんだ。だから何度も描き直しを要求してくる。」

ゲンは下書き用の鉛筆を走らせる手を止めないで言う。

「卒業までに完成できたらいい……理想の音祢ミク。」

すっすっと鉛筆を躍らせ、艶やかな髪のうねりを描く。絵が描けないリュウは、思わず見入る。

「リュウも、そうだろ?」

「え……? 曲はもうすぐ完成するぞ?」

「違うだろ。」

眉の根一つ動かさずゲンは淡々と言う。

「アスカはまだ満足していない……その証拠に、お前の編曲にまだまだ口を出してくるだろう。」

確かに、アスカはリュウの操作にいちいち

「ミクさんぽい調声じゃない。」

だの

「もっと柔らかい雰囲気にできないの?」

だの口を出してくる。それが元で、口論になることも多々あった。

「リュウもまだ、納得していないはずだ。あの曲の出来には。」

ふと、創作中の曲を思い出した。何度も何度も書き直した歌詞に、コード進行から見直したメロディ。ギターの録音は何度もやり直したし、キーボードの鍵盤だって何度叩いたか分からない。リュウたちMST団は、楽曲製作に時間をかけすぎていた。

大体楽曲製作にかかる時間は平均で二十時間ほどだ。MIXやマスタリングなしなら五時間ほどで出来る場合もある。それなのにハモリを一旦入れてははずし、エコーやら息の入れ込みやらを調節し、みんなの意見を取り入れ……サヤのピアノの録音を少し調節し、かれこれ半年ほどかかっていた。もちろん意見が食い違うこともあり、喧嘩に近い雰囲気になることもあった。特にアスカは、一歩も引かなかった。

「不満が出るのは、高みを目指しているからだ。」

リュウもうんざりしているのに、自然と口をついて出た。先日の藤崎先生の言葉もあったからかもしれない。勢いで言った言葉だったが、そうだな、と自分でも納得する。

「これからもっと良くなるさ。」

ゲンも微笑んだ。数々の困難を乗り越えてきたであろう、凄みのある笑いだった。


「……というわけで、サヤ、ゲン、合格おめでとーー!!」

パァン、とアスカはクラッカーのひもを引いた。色とりどりの紙吹雪と焦げた匂いがあたりに舞う。

今日はMST団全員で学校近くのカラオケ店に来ていた。紅葉も散る受験間近だが今日は特別だ。サヤとゲンが、希望の大学に推薦で合格したのだ。そのお祝いみたいなものだ。

「今日くらいは受験勉強休んで、二人を祝おうよ!」

アスカはフライドポテトを口に含みながら言う。アスカが企画した会で、サヤとゲン以上に浮かれていた。まるで何の悩みも感じていないかのように。

「いいけどお前……大学決めたのか?」

心配になってリュウは言う。もう秋なのだ。受験勉強も追い込みに入ってくる。本当は、こんなことしている場合ではないのだ。

すっとアスカの瞳が暗くなった。

「あたしのことはいいから……。」

「……お前! そろそろ出願期間だぞ!!」

リュウの深刻な声に、その場が静まりかえる。カラオケ画面を流れるハイテンションなアイドルの声だけが空間に響いた。

「本気で決めないとシャレにならないだろ!」

「リュウくん、今日はいいですから……。」

そっとサヤがたしなめる。

「そうだよ、リュウ。めでたい場なんだから、ひとまず置いておこうよ。」

トモヤもフォローする。アスカはリュウと視線が合わないように俯いていた。

リュウはカラオケの間中、心配そうにアスカを見つめた。なんとなくMST団の雰囲気は重かった。


その夜、リュウはメールを作成した。宛先はサヤだった。

『件名:アスカって

 本文:まだ志望校決まってないのか? サヤ、何か聞いていないか??』

サヤとアスカは同性だ。高校生くらいの年頃は、同じ友人とは言っても男女で距離がある。自分には言いづらいことも、サヤになら打ち明けているのではないかと思った。

『返信:私も何も聞いてないです。アスカちゃん、何にも相談してくれなくて……。でもリュウくん、今はそっとしておきましょうよ。』

『なんでだ? 将来のために、必要なことじゃないのかよ?』

『そうですけど……でもまだ私達って若いんですから、焦って決めることないと思います。私も推薦決まったんですけど、ホントにこの学校で良かったのかなって悩むことありますもん。』

『……サヤは将来何になりたいんだ?』

『漠然と、心理に関わる仕事がしたいなって。リュウくんは、プログラマーですよね?』

『サヤに向いてると思う。そうだよ、俺は情報工学部に行ってプログラマーになりたいんだ。』

『……そこって、音祢ミクとかを扱う学部ですか? リュウくん、開発する人になりたいんですか?』

『まだ分かんねぇけど、な。』

『リュウくんならなれますよ! あんなに機械に強いんですから。』

『昔から、それが数少ない取り柄でな。……アスカは、見守る。それでいいんだな?』

『いいんです。ただ……。』

『ただ?』

どうしたというのだろう。リュウは不安な気持ちがこみ上げてくるのを感じた。

『大したことじゃないんですけど、アスカちゃんのことで気になることがあって……』

『なんだ?』

アスカは悩みも、ネガティブなこともリュウの前では言わない。それだけに、どこか掴めないところがあった。

『アスカちゃん、電車で見かけるとき、いつも一人なんです。お友達と喧嘩でもしたのかなって……。』

確かに女子はいつもつるんで行動しているイメージがある。しかし、そうでないやつも一定数あるだろう。

『単に群れないやつなんじゃないか?』

『そうだと、いいんですけど……。』

サヤは言い淀んだ。リュウは気に掛かったものの、問題集を広げて数式を解き始めた。受験までもう時間がない。追い込みだ。


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