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僕たちは歌姫に恋をする  作者: 玉城霞
7/10

トモヤ

MST団にとって二回目の危機は、リュウが起こしてしまった。

初夏の日差しが眩しい、ある朝のことだ。教室で、例の予備校でも同じクラスの男子が、ニヤニヤと笑いながら話しかけてきたのだ。

「おいリュウ、お前、明日香ちゃんと一緒に部活創ったんだって? 学校中の噂だぜ。」

明日香ちゃん、という呼び方にからかいの意を感じて不快になった。

「音楽関係の部活だよ……そんなに変なやつじゃない。」

「さて、ホントかな~」

無遠慮に下品な視線を浴びせられる。なぜ純粋に作曲活動がしたいというだけで、こんなことを言われなければならないのだろう。

「お前は村上ちゃんと明日香ちゃん、どっちとヤってんだ?」

気づけば、その男子生徒はぐったりと壁にもたれかかっていた。頬は微かに赤くなり、頭を打ったのかうつろな表情をしている。リュウは、自分が殴った、と気づいた瞬間からかぁっと頭に血がのぼるのを感じた。男子生徒の胸倉をつかみ、責め立てる。

「お前は……! サヤが、アスカが、どんなに一生懸命やってるか、分かるか……!! MST団のこと、何にも知らないくせに!!」

周りはざわめき、異様な雰囲気になった。男子生徒は、見下すような視線をリュウに向けていた。

「……るっせえなぁ……ちょっとからかっただけなのによぉ……。」

男子生徒は馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「お前、菅と同類。すぐキレる、やべぇ奴。」

リュウは、周りの生徒から取り押さえられた。

教師からの尋問に、リュウは完全に黙秘した。サヤとアスカを辱めたくなかった。教師たちは困り顔をリュウに向け、こそこそと小声で相談していた。結果、リュウは全ての罪を一人で背負うことになった。


その日はたまたま、MST団の集まりの日だった。部室に入って来たリュウを、アスカたちは笑顔で出迎えた。しかし、リュウの表情は沈んでいた。

いつもとは違うリュウの様子に、アスカは心配そうに顔を覗き込む。

「どうしたの、リュウ……。元気ないじゃない。」

「俺さ、今日はもう帰んなきゃなんないんだ。機材を引き取りに来た。」

「そんな……それじゃ明日は? ゲンが来れるって言ってるんだよ?」

「俺さ、二日間の停学だから。」

えっ……と部室にどよめきが広がる。

「どうしたんですか? リュウくん。」

「何があったんだ?」

サヤもトモヤも、心配して尋ねてくる。リュウはただ、黙っていた。

三人の心配そうな視線を一身に集めながら、リュウは部室をあとにした。やたらと足が重く感じた。


MST団はリュウのせいで悪い意味で有名になった。リュウは停学が明けてからも、学校と予備校で白い目を向けられることが多くなった。きっとあの男子生徒が噂を流しているのだろう。

しかし毎週の集まりにリュウはきっちり参加した。人の目なんて気にならないくらい、リュウはもう曲作りに夢中だったのだ。

時は流れ、夏休みになった。忙しい予備校通いの合間を縫い、リュウ達は部室に集まる。大まかなメロディラインは完成し、後は微調整と音祢ミクの調声である。

それはとても暑い一日で、太陽がじりじり照りつけていた。相変わらず、トモヤは長袖だった。

何も知らないであろうアスカが、

「どうしてトモヤってこんなに暑いのに長袖なの?」

と聞いた。傍で聞いていたリュウははらはらした。

するとトモヤは、

「僕、紫外線アレルギーでね。腕が焼けるのを防ぐためさ。」

と答えた。

案外それが本当なのかもしれない、とリュウは思った。

男子も女子も集団でつるむ高校生活で、いつも一人でいるやつは好奇の目を向けられる。あらぬ噂を流されることも多いだろう。放っておけよと思うが、仕方がない。

思えばアスカも、誰かと一緒にいるところは見たことがない。きっと、あのマイペースぶりとテンションの高さに誰もついていけなくなるのだろう。

完成間近だと思われた曲作りは、音祢ミクの調声で難航した。主にトモヤが不服を唱えたのだ。その日はゲンも柔道部の活動が休みで、部室に顔を出していた。音楽に関しては全くの素人であるゲンも音祢ミクの声を聴いて

「なんだかそれはイメージと違うぞ。」

と言った。よほどリュウの調声が未熟だったのだろう。

実質音祢ミクの調声の作業をするのはリュウ一人で、何か操作するたびに不平不満を言われるため、フラストレーションが溜まっていた。

「せっかく恋の歓びを歌った歌詞なんだからもっと胸に迫る感じを出して。ぜんぜん人間の声っぽくない。」

言葉の感覚にするどいトモヤは少しの違和感が許せなかったらしく、きつい言葉をリュウに浴びせた。繊細なリュウはメンバーの指摘に少しずつ傷ついており、態度がきつくなった。

「そんなこと言われたって……。どうすりゃいいか分かんねーんだよ!」

リュウはいたずらにトーンを変えたりタメを増やしたりした。やはり音祢ミクの違和感は消えない。

「リュウならできるはずだ! 経験者だろ!?」

トモヤが力を込めて叫ぶ。リュウは毎晩遅くまでやっている受験勉強のせいもありストレスが溜まっていた。

「……るっせぇな。んなら自分がやれっての。」

怒りに満ちたまなざしでトモヤを見つめた。リュウはふと、先日あの男子生徒に言われた言葉を思い出した。

「何もできねーくせにイキリやがって……そんなんだからお前と同類とか思われたくねぇーんだよ。」

ぼそり、と言ったつもりだった。ちょっとした腹いせのつもりだった。しかしその言葉がトモヤに届いた瞬間、彼は部室を飛び出していた。

「……待ってよ!」

慌ててアスカが追いかける。ゲンが後ろから、

「今のは言いすぎだ。」

とたしなめた。

「言いすぎ? なんでだよ。」

「今のトモヤの状況……お前も分かってるだろ。」

重々しい口調でゲンは言う。リュウははっとした。トモヤはずっと辛い状況にあるのだ。軽々しい気持ちでつつくべきじゃなかった。

「謝ってこい。」

リュウもトモヤの後を追い部室を飛び出した。じわじわと後悔の念が胸を締め付ける。口が滑ったとはいえ、言っていいことといけないことがあった。もうトモヤは許してくれないかもしれない。校舎を当てどなくさまよい、階段を上り、右に曲がったところで教室の前でアスカが立ちすくんでいるのを見つけた。

「この教室……いつも開きっぱなしなのに今は鍵がかかってるの。多分トモヤが中にいる。」

アスカが切羽詰まった口ぶりで言う。扉を二、三度強くノックし、

「トモヤ! リュウが来たよ!!」

と叫ぶ。返事は、ない。

「あー……トモヤ、さっきはつい言いすぎちまった……悪かったよ。」

その後は沈黙。沈黙。また、沈黙。痛々しいほどだった。

あまりにも静寂が長すぎて、本当にトモヤはこの中にいるのかと疑い始めたとき、蚊の鳴くような声で返事が来た。

「僕……もうMST団やめる。」

「!? なんで! トモヤがいないと……」

「僕なんか必要ない、いらない存在なんだろ。」

トモヤの言葉には達観した響きがあった。

「MST団だけじゃない。学校もやめるかもね。」

「……! トモヤ、俺の言葉でそんなに傷ついたんなら……」

「リュウの言葉だけじゃないんだよ。……もう、もうたくさんなんだ。」

空調設備が効いていないため、むっとするような熱気と埃が混じった大気が辺りに充満していた。アスカもリュウも、気づけば汗ばんでいる。長袖で教室の中に閉じこもっているトモヤはさらにそうだろう。

「僕さ、父さんも友達が少ない人で、僕に友達ができるか心配した母さんが“友哉”って名前を付けたんだって。……馬鹿みたいだろ。」

トモヤが悲しそうに呟いた。高校生活において友達が出来ないとはけっこう残酷なことなのかもしれない。

どんなに暑苦しくても、リュウたちの反感を買っても、出て来たくないのだ。トモヤが受けた心の傷は、それほどまでに深く、痛いのだろう。

「トモヤ……トモヤがいらない存在なんて、そんなの絶対ないから!」

明日香はきっぱり言い切った。

「トモヤがいなかったら、あんなにミクさんにピッタリのフレーズ思いついてなかった。あたしさ、歌詞の案出すのは得意だけど、磨き上げるのは苦手だもん。それって、トモヤの素敵な才能だよ!」

アスカは顔をほころばせて言葉を続ける。

「創作ノートの小説もポエムも、すごいと思った。誰からも褒められなくても、これからも続けて欲しいんだ。トモヤは、あたしが認めた、才能の持ち主だから。」

トモヤは何も応えない。ここで出てくるほど、決意は甘くないようだ。

「俺……サヤを呼んでくる!」

リュウはその場を立ち退いた。癒し系の彼女ならなんとかしてくれると思った。藁にも縋る思いだった。

トモヤがいる教室の前に駆け付けたサヤは、優しく呼びかけた。

「トモヤくん……トモヤくんがどんなに辛いかって、なんとなく分かりますよ。どうしたら楽になるのかなんて、そんなの私には分かりませんけど……。」

サヤは何度も根気強く語りかける。トモヤの心に届いたかどうかは分からない。

「トモヤくんのこと、私は尊敬します。めげずに学校に来て、音楽のこと何にもしらないのに自分で調べて歌詞編集して……なかなか出来ることじゃないですよ。トモヤくんがばしばし言ってくれてるから、作詞が進んでるんですし。」

トモヤは反応しない。

「もう……トモヤ! トイレに行きたくなったらどうするの?」

痺れを切らしたアスカが的外れなことを言った。彼女はけっこう空気が読めない。

「ここでするよ! そのくらい平気だ!!」

人間の尊厳を捨てる気で籠るとは、トモヤはかなり意固地だ。三人とも、困り果てる。一体どうしたら、トモヤは心を開いてくれるのだろう。

「あたし! ゲン呼んでくるから!!」

なぜかアスカはMST団に加入したばかりでトモヤとの付き合いもまだ浅いゲンをよんでくるという。相変わらず読めない。おい、と止める間もなく走り出してしまった。取り残されたリュウとサヤは顔を見合わせる。二人とも顔に“?”マークが浮かんだ。

「あー……トモヤ、お前さ、色々と苦しいみたいだな……。」

重厚感のあるバリトンボイスが辺りに響く。同じ高校三年生だというのに柔道部主将で身長百八十五センチのゲンの声には凄みがあった。

「別に苦しいのはお前だけじゃないさ……。みんな多かれ少なかれ、人間関係には悩みを抱えて……。」

「ゲンと一緒にしないでくれ!」

トモヤが強く叫んだ。

「ゲンみたいに身体が大きくて、力も強くてみんなから慕われている人に僕の気持ちなんか分かるか!」

トモヤの言葉に、急にゲンが覚悟を決めたような顔をした。

「俺さ、昔、いじめられっ子だったんだ。」

ぼそりとした声だがいやに響いた。その場にいた全員が驚いた。色が黒く、体格も良く威厳があるゲンがいじめられていたなんて、とてもじゃないが想像できない。

「……嘘だろ?」

「本当さ。小学生のときだな。意地悪な同級生に目を付けられて、カエルを服の中に入れられたり、わざとトイレに行かせられなかったり……ひどいもんさ。」

ゲンの顔が苦痛で歪む。子ども時代によくある、典型的ないじめだ。

「そんなときに柔道に出会った。それのおかげで辛いことを忘れられたような気がするんだ。柔道をしているときは、自分が強くなったように感じたんだ。いじめっこにやり返す力もついたしな。トモヤには無いのか、生きがいを感じられることが……強くなれるようなことが……。」

突然、アスカが走り出した。みんな驚いたが、すでに姿は消えていた。

トモヤは無反応だった。

戻って来たアスカは、なぜか創作ノートを持ってきていた。皆が疑問の表情を浮かべる中、唐突にそれを開いた。

「打ち上げ花火みたいに 消えてなくなったりしないでよ……oh空に縫い付けて」

響き渡ったのはアスカの歌声だった。声量と伸びは少し足りないが、澄んだ声でいかにも楽しそうに歌い上げている。歌声と歌詞に耳を澄まして、みんな静まりかえった。トモヤが編集した歌詞もひつひつと心に迫る。明るいのに、底知れない深さと切なさがある。丁寧に磨き上げられた心情が、そっと自分の身に寄り添う。

アスカが歌い終わって、しばらく間があった。

ガチャリと教室の戸が開いた。トモヤはアスカをにらむように見つめてこう言った。

「まだそれ、直すところだらけだな……歌詞を始めとして、音程も、メロディも。」

ふーっと息をついて続けた。

「まだ僕は必要なんだろ?」

仕方なさそうに言った。どこか得意げだった。

「そうだよ、トモヤ!! 君がいないとこの曲は完成しない!」

アスカは満面の笑みで言った。トモヤはアスカを指さす。

「勘違いするなよ、アスカ。別に、お前の歌に感動して出てきたわけじゃない。」

そう言ったトモヤの頬はなぜか赤かった。

アスカ達の働きかけで、ひとまずトモヤは立ち直ったのだ。根本的には、何も解決していないのだとしても。


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