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僕たちは歌姫に恋をする  作者: 玉城霞
2/10

MST団結成!!

龍たちが始める作曲においてまず決めなくてはならないのが、“テーマ設定”である。ロックなのかポップスなのか、おとなしめの曲なのか賑やかな曲なのか、何を歌う曲なのかここで決める。今回は題材としてははっきりしている。“音祢ミクの最期の曲”だ。

「……音祢ミクの消失、はもうあるんだけどさ。」

明日香はホワイトボードを前に腕組みをした。

「それとは違うタイプの曲にしたいんだよね。カブっちゃうから。」

「音祢ミクとなると……やっぱり機械音っぽい曲がいいんじゃないか?」

と龍が提案する。

「卒業ソングみたいな? 最期だけに。」

友哉が言う。友哉は普段は無口だが、自分の興味がそそられる話題に関しては話せるタイプのようだ。

明日香はしばらく唸ったあと、いきなり

「一番ミクさんぽい曲がいい。最期を飾るんだから。」

と言い出した。

これには龍と友哉が疑問の声をあげる。

「どんなんだよ、それ。」

「具体的にしてよ……。」

そもそも、と龍は言葉を継ぐ。

「音祢ミクの鎮魂歌(レクイエム)作ろうとしてんの、他にもいるんじゃないか?」

既に風前の灯火とはいえ、音祢ミクを所持しているクリエーターはそこそこいるだろう。今回の件で再び曲を作ろうとしている中には、プロやミリオン達成している人物もいるかもしれない。

「そんな奴らを差し置いて、俺たちに最期を飾る曲が作れるとでも?」

「作れるよ、龍とあたし、そして友哉なら。」

友哉が小馬鹿にしたように笑った。

「僕なんて作詞したことも無いんだよ?」

「でも友哉、ポエム書いてたじゃない。」

瞬間、友哉の視線が泳ぎだす。恥ずかしさから、うろたえたようにあーとかうーしか言えなくなった友哉は気にせず、明日香は言葉を続ける。

「……前にも言ったように、二人とも、あたしが認めた才能だ。絶対にやれるはず。」

龍は呆れてためいきをついた。この少女には何を言っても無駄だと思った。

――馬鹿みたいに直球で猛進――。

思えば、そんな明日香になにか違和感を抱くべきだったのかも知れない。

「ミクさんぽい、ミクさんぽい……。」

ぶつぶつ呟くと、明日香はしばらく沈黙した。そして

「あー、やっぱ思いつかない! 二人はどう!?」

と投げやりに叫んだ。

無論、疑問の声をあげていた二人に、アイデアなど思いつくはずもない。

「……それじゃ、また来週ってことで!」

そう言うと、明日香は悩むのも無駄といったように荷物を担ぎ上げ、さっさと教室を飛び出してしまった。


龍は予備校教師が説明する物理の公式をノートに書き写しながら、“音祢ミクらしさ”について考えていた。音祢ミクは音声合成ソフトなので、使い手によって歌う曲は様々だ。

龍が初めて聴いたのは、難解な漢字が羅列した意味不明な曲だった。最初は「なんだ、これ?」と思ったものの、リズムの面白さに惹かれ、徐々に好きになっていった。既に音祢ミク関連の楽曲は龍が知ったときには懐メロとなっていたものの、人間には出せないハイトーンや早口のリズムに夢中になった。

やがて自分でも音祢ミクを使って曲が作りたいと思い始め、ギターを弾き出し、お年玉をコツコツと貯めてソフトを買ったのが中学二年生のときである。

最初は右も左も分からなかったため、自分で作詞や作曲に関する本を読み漁り、MIDIという楽器ソフトも扱えるようになった。大分苦労したが、なんとか音祢ミクの調声もできるようになり、そうして完成した曲を動画投稿サイトにアップした。しかし、しばらく経ってから見返すと、自分の曲がミリオンを達成しているものに比べていかにお粗末か分かった。ドラムの打ち込みや歌詞の練り上げが全く足りない。『カス』『中坊勉強しろ』などのアンチコメントも目立った。

早く始めるということは、早く挫折を知るということなのかもしれない。それ以来、曲を投稿する気にもならなくなり、せっかく購入した音祢ミクは部屋の隅で埃をかぶっている。

……あの時作ったのは、そういえばラブソングだった。恋愛経験もないのに、背伸びしたものだ。実際歌詞には、まるでリアリティがない。あんな曲に感動したという明日香の気が知れない。それくらいひどい曲だった。今の龍は恋愛も経験したが、ラブソングを作りたいという気にはならなかった。

そうこうしているうちに授業も終わり、受験勉強に明け暮れているうちに一週間が経った。


例の空き教室で再会した明日香は、一人の女子生徒を連れて来ていた。こちらは龍と一年生のとき同じクラスだった、村上さやという人物だ。ゆるくウェーブした髪に抜けるように白い肌、こぼれおちそうな瞳。男子の間で、かわいらしいと評判だった。

「あたしがスカウトしてきたの! 彼女、ピアノの腕すごいからね。」

そういえば、と龍は思い出す。たしか一年の合唱コンクールの伴奏者で、やたら上手かった。最優秀伴奏者賞に二年連続で輝いているはずだ。

「ちょうど音楽について専門的な知識がある人が欲しかったんだ~あたしは歌がメインで、ピアノ教室はついでで通ってるようなもんだし。こちらの龍は独学。友哉は全くの素人だからね。さや、ちっさい頃からコンサート行ったりレッスンしたりして耳が肥えてるでしょ? 演奏聞けばわかるもん。そういう人に協力してほしいんだよね。」

「……で、でも君嶋さんあの。」

ためらいがちにさやが口を開く。いきなりこんな所に連れてこられて、戸惑っているのかもしれない。

「どうしたの? 協力できない?」

「違うんです。そうじゃなくて、あの。」

なんとなく言いづらい話題のようである。おおむね、断りの理由を探しているのだろう。

「村上さん、嫌ならいいんだよ? 受験勉強とかあるだろうし。」

友哉が助け舟を出す。龍もそれに同意した。

「違うんです……。」

さやが震える声で応える。

「嫌じゃない……協力したくないわけじゃなくて、小さい頃からずっと聴いて来たミクさんが製造廃止になっちゃうのって寂しいし、私も何かしたいって思ってます。大学受験も……私は推薦希望してて、評定基準は達してるし、みんなより余裕はあると思うんです。だけど……」

ぐ、と何かを堪えるようにさやが唇を噛み締めた。

「……もう私に、ピアノを期待することはやめてほしいんです。」

苦しそうな言葉だった。きっと、挫折や失敗を何度も経験してきたであろう口ぶりだ。龍も、近しい経験があるから分かる。

「なぁ君嶋、無理には……」

「でもミクさん好きでしょ? さや。」

龍の言葉を遮って、明日香はきっぱり言った。き、とさやを見すえる。

「……好きならいいんだ、ピアノは弾いても弾かなくてもいい。ただあたしらと一緒に最高の曲を作ってほしいだけなの。」

さやはうつむくと、ぶつぶつと「……ミクさんが好き……ミクさんが好き。」と呟いていた。

しばらくの間があり、さやは顔を上げた。

「私、協力、します。君嶋さん達に。」

きっぱりと宣言した。見た目に反して、なかなか潔い少女のようだ。

「アスカでいいよ、サヤ。」

アスカは明るく言うと、龍たちの方に向き直った。

「リュウもトモヤも、あたしのことアスカって呼んで! そうすると、仲良くなれるんだって。あたし、あなた達と仲良くなりたいの!」

リュウとトモヤは思わず失笑した。“仲良くなりたい”と直接言うなんてまるで小学生だ。

わざわざ反対する理由もないので、とりあえず龍は

「分かったよ、アスカ。」

と言っておいた。

なんだか照れ臭かった。

「さて、メンバーも集まったことだし。」

そう言うとアスカはホワイトボードの前でペンを持った。また“テーマ設定”の話し合いになるかと思っていたら、

「せっかくだから、この集まりの名前を決めよう!」

ときた。

「ハァ……。」

これにはアスカ以外の全員が気のなさそうな声を出した。そんなのどうでもいい。全然乗り気でない雰囲気を出す三人を差し置き、アスカは何やらホワイトボードに書き込んだ。

「ね、ね! 私、案あんの。これ!」

黒ペンででかでかと書かれたのは、『MST団』という文字である。

「こんなのどうだろ!?」

アスカはキラキラした瞳で三人を見回す。対照的に三人は

「まぁ……いいんじゃないですか。」

「イタ……(小声)」

「どうでもいいだろ、なんでも。」

と三者三様投げやりな返答である。

「あのね、Mはミクさんって意味で、Sは最期のって意味。んでTは作る。で、団で、ミクさんの最期の曲を作る団! どう!? すごいでしょ!?」

盛り上がるアスカを三人は冷めた目で見つめていた。……どうもアスカは一人で突っ走るクセがある。

「はいはい! じゃ、MST団でいいから。」

リュウは手を叩き、アスカの話を遮った。途中で止められたアスカは不満げだが、知ったことじゃない。

「テーマ設定を決めるんだったな。」

辺りを見渡し、本題に戻す。この一週間、リュウも受験勉強の合間に考えていたが、何も思い浮かばなかった。

「そういえば……ミクさんといえばこれ、ってテーマないですよね。」

「基本色んなジャンル歌ってるからな。」

「音祢ミクは次世代の歌姫って設定だから、新しい感じがする曲がいいかもね。」

とトモヤが提案する。

「でもメイン楽器はピアノにするでしょ!? なんたって楽器の王さまだし。」

とアスカが元気よく叫ぶ。

「できたらギターも入れてぇな……うん……。」

リュウが感慨深げにつぶやいた。

「じゃあさ、そこは打ち込みじゃなくてリュウが弾いてよ! 弾けるんでしょ!?」

リュウは文化祭のバンドでギターを担当していた。アスカはそれを見ていたのだ。

しかしリュウは高二の文化祭後にバンドを解散してから一度もギターを弾いていない。音祢ミク同様、部屋の片隅で放置している。

「……弾けるけど……ブランクあるぞ。」

「そんなんちょっと練習すればカン戻るって~」

とアスカは暢気である。

リュウは呆れてため息をついた。

結局その日も使う楽器は決まったものの、テーマ設定についてはなにも決まらず、お開きとなった。

流石に三週間も経ってテーマ設定すら決まらないとは焦りが出てくる。受験勉強が本格化する前に完成させたいというのがリュウの本音だった。おまけにそれまでにギターの練習も再開しなくてはならないし、音祢ミクの扱いも復習しなくてはならない。分かっていたことだが、全然時間がない。そもそも、サヤは推薦が固いから大丈夫だとして、アスカとトモヤは受験勉強のほうは平気なのだろうか。ふと気になったリュウはメールで聞いてみた。

すぐにトモヤから返信が来た。

『僕の第一志望はW大の文学部。……模試の結果は悪くはないけどすっごく余裕ってわけでもない。でもさ、生活のすべてを勉強に捧げたからといって成績が上がるわけじゃない。分かるだろう?』

確かに理解できる。リュウはバンドを辞めてから勉強しかすることが無かったのだが大して成績も上がっていない。反対にMST団での活動に時間を取られている今のほうが、集中して勉強できているようだ。

アスカのほうは、予想に反してなかなか返信が返ってこなかった。やっと返って来たのは三日後で、内容は

『まだ決まってないよ。大学受験するかどうかも分かんない。リュウはもう決まった?』

と誤魔化すような返事だった。志望校がまだ決まっていない、という生徒はまだいるだろうが、大学に行くかどうかも決まっていない、とはどういうことだろう。

『……お前さ、そろそろ本気で考えないと……やべぇんじゃないの?』

すでに高三のゴールデンウィークである。早い生徒だとオープンキャンパスに行ったり、過去問を解き始めたりしているかもしれない。

『こっちにだって色々あってね……ミクさんの曲が完成したら考えるよ。』

やはり手の内を明かさない答えに、まだそれほど気を許されていないのだな、とふと思う。

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