第三者委員会
その日の夜。
ユーリスとは玄関先で別れを告げて、約束通り皆で眠りに就くこととなった。
すると、どうだろう。
今朝の心配を他所に、だいぶ皆様お疲れだったようで、直ぐに寝息を立て始めてくれて俺も安心して瞼を閉じることが出来た――。
(……まただ)
夢を見ていた。
昨日の男が颯爽と何処かを歩き回っている。
同じ女性もいた。
男は、目の前のその女性に気が付かない。
そして最初の頃こそ愉しげに眺めていたその女性は、やがて気付いてもらえないことに、少し不貞腐れたような表情を浮かべていた。
――場面が変わる。少しだけ、辺りの様子が見える。
男は部屋の中、試行錯誤を繰り返しているようだった。
何かが上手く行かないようだ。
器材を叩きつけては、破片が飛び散り散乱している。
そしてその女性は、それを哀しげに見つめていた……。
そうして――
(こっ、これも夢なのか!?)
とても重く、そして息苦しい……。
まるで世界中の重荷を俺一人に全て圧し付けられたような感じだ。
「……ぐっ!」
苦しみの余り目を覚ます。
今際の際のようにして瞼を引き上げてみると、俺の上にはシーレさんが横四方固のようにして俺の股を決めながら熟睡し、その上では不足分を補うようにして俺の首を両腕でガッチリと挟み込んで締め上げるサーシャが爆睡中。そして更にその上では、涼ちゃんが直立不動で遥か彼方を指差し、安定の両目ガン開きで寝言を宣ふ。
「う……動けん……」
血が全く巡らん所為で、手足には痺れを感じ顔は真っ青となって、純粋無垢な天使達が空から舞い降りてくるのが見えるようだった――。
「流射芽さん、少しは(疲労)ヌケましたか? 流射芽さんの担当(本)として、(疲れを)溜めさせてしまったこと、申し訳なく思っています……今後は素早い対応に取り組みスッキリ☆と職務に励んで頂きたいと思いますので、悶々としまま我慢なんかなさらずに、直ぐに仰ってくださいね!」
「いやー、とても清々しい朝です! マイマスターと一つ(同じ部屋)となることが、こんなにも心身に活力を与えてくれるとは!」
「今日の夜、ぉ兄ぃちゃんに(添い寝)してあげる……」
「・・・」
一階で朝食中……瀕死の俺に追い打ちを掛けるようにして、皆の言葉足らずの所為で、周りの白い目が死ぬほどイタインデスケド。
□
今日の午前中はカルムさんがユーリスと一緒にガウス家に赴くということだったので、俺らは昼過ぎに邸宅へ顔を出す約束をしていた。
「――さて。お願いというのは、このファーランド王国に仕える宰相について、です」
ユーリスが、ガウス家から許されたという話をまず始めに聞いた。カルムさんは、「人それぞれ大切にしているものが違うという事に気付かされました」と、今回の一件から得るものがあったと俺らに語ってくれていたのだが、俺らは彼の様子に、愛想笑いを浮かべることぐらいしか出来なかった――。
(なんか、いきなり重めのワードが出てきたぞ……)
そうして今、彼の応接室で長いソファに四人で腰を下ろしている。
カルムさんは一人掛けを使い、低い丸テーブルを挟んで対面にいる。
「その宰相ですが、残念ながら黒い噂が耐えないのです」
居住まいを但す俺をサーシャが不安げにチラリと見た。
「……というと?」
「一番は国費の流れです。私的流用を疑っているのですが、残念ながら我々では暴くことが出来ませんでした。それに出自なども判然としませんし、細かいことまで言い出せば、切りがありません」
身内の恥を晒け出すのだから仕方のないことだろうけれど、カルムさんの表情は先ほどよりも曇り強張っていた。
そして、そのことに探りを入れるようになってからというもの、しばしば尾行されるようになったということで、一度なんかは警告のようにして帰り道に襲われたこともあるのだそうだ。
その為、俺らが追っ掛けて来た時も其れではないかと考えて、剣を抜いてしまったということで、律儀にも改めて謝罪をくれた。
(……)
それにしても、聖騎士という凄い立場の人を襲うのだから、相手は相当の手練れなのだろう。
「そこで一つ、流射芽殿と皆様方に第三者として、宰相に背信の意があるのかどうかを調べて頂きたいのです」
「それって……第三者委員会って、ことですか?」
「はい。もし背信の意があったならば、我が国で裁きます」
「……なるほど。裁判官であれば、調査能力も高いであろうと見越し、且つ、私達も加わることによって必然的にセントーリア最高裁判所の名が後ろ盾となり、その信憑性も得られ結果を確かなものとすることが出来る……そういうことですね?」
サーシャがトゲのある物言いで確認する。
「仰る通りです。つきましては、王に委員会の設置を認めて頂く為、謁見して頂きたいと思います」
カルムさんは【法の書 《サーシャ》】のその言葉に、まるで予期していたかのように毅然とした態度で返答した。
「王様に会うの!?」
俺の腰が浮いてしまった。
「はい。聖騎士長を始め、このままでは国の存亡に係わると危惧している大事な案件ですので」
聖騎士であるカルムさんの態度は、並々ならぬものだった。
(スンゲ~、重要な任務かもしんない……)
俺は傍にいるサーシャへチラリと視線を送ってみた。すると、(ホレみたことか!)という、熱い眼差しが返って来てしもうた……。