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法司者  作者: ひとひら
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これから

 後から駆けつけて来た裁判官や担当本もドデカイ打ち上げ花火を見上げるようにして見送る。そして、静まり返り何も見えなくなると裁判所がこれからどうなるのかを思い思いに口にしながら戻って行く。

 俺らも、執務室に戻ることとした。それぞれが如何に堪えているかは沈黙と震わせる肩が物語っていた。そうして、扉を閉めると同時に・・・


 爆笑ーーーーーーーーーー!


 絨毯の上で俺は腹を抱えて笑い転げる!


「やべーー! お腹ヨジれるぅぅぅぅ!」


 シーレさんは自分の机に額を打ちつけて怪しい歓びの咆哮を上げる!


「もっとぉぉぉぉ!」


 涼ちゃんは壁際で背中を向けてうずくまり体を震わせて噛み締める!


「花魁の書……四十八手の手引き……ぐふっ!」


「それにしても、まさか【聖:法の書】が花魁キャラだったとは!? それも行かず後家ってなんだよ!?」


「マイマスター! 曲がりなりにも世界の秩序を保っていた偉大な御方ですぞ! そのように笑って……は……ブッ! ――失敬!」


 シーレさんが更に激しく打ちつけて悦びの鮮血を噴出!


「103冊……相手はだれ? シングルマザー? くくく……」


 涼ちゃんの妄想が止まらない!


 ――そして、そんな俺達とは()反対に、サーシャは女の子座りで号泣していた。


「わ、わだぢ!? 立派な母親から生まれた子だって! みんな〈サーシャぢゃんも、お母さんみたいに立派にならなぐちゃだめだよ〉っで! 言ってくれてだのに~~っ!!」


 彼女の様子に気付いたシーレさんが片膝を付いて「サーシャ殿、花魁だって立派な職業です。何故ならば客人の為、あんなことやこんなこと……はたまた……はぁ、はァ、ハァ……想像するだけで体中にあざが出来てしまいそうです!」と、本来の悦びとするものに感情を爆発させて昇天☆ すると、サーシャが再び泣きじゃくるので俺は涙を拭きながら声を掛けた。


「この世界に対しての貢献度は計り知れないんだから、いいじゃん」


「で、でも~~……う″っ、ぶわぁぁぁぁん!!」


 逆効果でした★


 サーシャは涙と鼻水を。

 シーレさんはよだれ恍惚こうこつとした表情を。

 そして、涼ちゃんは冷静になるのが一人早かったようで気が付けば俺の法服の肩口に『涼命』という字を暇潰しのように縫い始めているので窘めた。


  ――た、大変です!


 そんな感じで執務室が無法地帯と化して悪化の一途を辿っていると若い男性事務官さんが血相を変えて飛び込んで来た。 


「どうがしまじたぐわっ!?」と、体に比べて3倍サイズに腫れ上がった顔でサーシャが尋ねると「大半の裁判官が〈状況が変わったらまた呼んで〉と言って帰ってしまわれました!」と、その様子に怯みつつも答えた。「なんで?」と俺がすっとんきょうに聞くと威光ホーリーが流れ込んで来ない為に仕事にならないそうですと彼は答える。


「へ?」


 俺はサーシャへ顔を向けた。


「ざきぼどから、威光ホーリーが加速度的に弱くなっでいまず」


「は?」


「だぶん【Mother】がいなくなっで、威光ホーリーにえいぎょうぐぁででいまづ」


「……ん? ということは?」


制約レギュルスが掛かりまじぇん!」


「仕事にならない……か」


「ばび(はい)!」


 フム。ということは、この世界に俺が残っていても同じように意味がない、ということだな。そうか……それじゃあ――


「あの~」


 どうやら、俺が謂わんとすることを三人は分かっているようだ。


 もの、すっごい、目で、俺を見ている。


 サーシャは行かないでという眼差しで。


 シーレさんは苛めてという双眸で。


 涼ちゃんは呪い殺すという諸瞳で――。


「わ、わかったよ! 居ればいいんでしょ!?」


 勢いよく三人が抱きついて来た……って、ちょっと涼ちゃん!? 何時の間にそんな派手な色を使ったわけ!! シーレさん、地味に家畜と呼べと耳元で囁かないでください。サーシャ、どさくさ紛れに俺の法服で鼻をかまんでくれ……ハァ~、メンドイ。


「それで、どうする?」


 鼻声のままに、サーシャが話す。


制約レギュルスが解けてしまうということは、判決の効力が無くなるということです。当然、争いが増えることにも繋がります。それに、セントーリアの権威も危ぶまれます。それに【法の書(私達)】の存在も……」


「どういうこと?」


「私達の存在は、裁判官の方々のお役に立つことです。ですが、裁判がない以上その存在意義を失いますので還ることになります」


 還るとは、この世界のエネルギー体として形を止めない自我のない存在になるということだった。


「そんな……」と、俺は次の言葉を見つけられないままにサーシャとの視線を外せずにいる。


「気にしないでください。私達は、そういう存在なんです」 


 サーシャは力なく微笑んだ。そして、「ですが、緊急事態に備えて魔法使いさん達が【本棚(マジックボックス)】を作ってくれていますので大丈夫かもしれません」といった。


「なんだよそれ。どうなっちまうんだよ……」


「各国それぞれ統治能力はありますので、秩序が無くなるということはないと思います。けれど、真っ当な裁判がなされるかどうかは各国の裁量に委ねられます。そうすると、身分が下に行けば行くほど理不尽な目に遭うと思います……」


 サーシャは、俺の言葉を履き違えて憂いた。公平な裁判を執り行うセントーリア最高裁判所。【法の書】の悲しげな表情……。


「状況確認の為に街へ行ってみないか?」


 俺らは、エウティアの街へ足を運んでみることにした――。


「この路はセントーリアを起点に東西南北へ真っ直ぐ延びていて各国に続いています。そして、目の前にあるのがサウスバイラという真南へ延びている路です」 


 裁判所の正面玄関を出て直ぐ。敷地内と同じように石畳で舗装された大きな路があって目の前の街並みを華やいだものとしていた。

 サーシャの説明によると、この路はコラルド連邦に続き東はイーストクリマという路でダーヴェル公国。それから西のル・ウェスタットがファーランド王国。そして、裏門とされる北はノーシェバイムという路でブシャーラ帝国に続いているのだそうだ。


「考えたくはないのですが、ここセントーリアは交通の要所だけに軍事的にも重要な拠点となり得ます。そうすると、この機に乗じて制圧しようと目論む国が現れてもおかしくはありません」と、サーシャは先ほどよりも憂いを強くした。


「そんなことにはならないように、チャッチャと打開策みつけよう」


 俺は、サーシャの背中をパンと叩いて喝を入れた。


 □


「特に変わりはありませんな」


 額に手を翳してシーレさんが状況を告げる。


「まだ、気付いていない……」


 涼ちゃんが、眠たげに述べる。


「平和……だな」


「そのようですね」


 俺らは、昼過ぎの賑わいの中を歩いていた。

 この街は、様々な地方から人が集まって来ているらしく、その外見や建築様式は面白いほど多様だった。大きく分けてみると、東方出身者は端正な顔立ちが多く、西方は柔和。それから、肌の色が浅黒く彫が深いのが南。そして、色白で目鼻立ちがシャープなのが北側からの人々ということだった。


「ふ~む」


 建築物に目を遣れば、ロッジ風や石造りにレンガ造り、はたまた遊牧民の人が使っていそうなゲルやパオにも似たものまである。

 そして、何となくそうなっていったらしいのだが、それぞれが母国に近い方に拠点を置いて行ったようで、東にはロッジ風の三角屋根が多く、西には陸屋根が目立ち南には石造り、そして北にはゲルやパオ。それからまばらにレンガ造りといった街並みが広がっていて、俺に其々の国の風景を連想させる。こうして歩いていると、ただ異世界観光をしているような気分になる。


「なぁ、サー……」


 俺は、サーシャをまじまじと見て、ひと言。


「透き通るような白い肌だとは思っていたが、ホントに透き通っていたとは……」


「違います! こんなに早く症状が表れるとは思いませんでした! このままだと、私、還ることになります!!」


 俺は、シーレさん涼ちゃんと目顔で話し合うと、サーシャの為の墓標を立ててやることにした――。


「死んでませーーーーん!」


「あ、涼ちゃん。その石じゃ小さい」


「やめてくださぁぁぁい!!」


「シーレさん、縄は自分用にしてください」


「本は最後まで大切に扱ってください~~~~い!!」


 □


「で、どうする? 裁判所もどる?」


 俺らは、芝生が広がる小さな公園のようなスペースで話し合うことにした。


「まずはマジックボックス以外の方法でサーシャ殿の消滅を回避する方法を考えたいですな」


 腕組みするシーレさんの胸元が激しく盛り上がった。


「裁判……」


 両膝を抱えてしゃがみ込む涼ちゃんがポツリと述べた。


「裁判っていってもなぁ」と、両の手を頭の後で抱えながら俺はそもそも論に気づく。


「てかさ、威光ホーリー流れ込んでくるのかな? だめだから帰って行ったんだろ?」


「でも【Mother】は〈必要な時は声をかけて〉と、言っていましたし……」


 寂しげな表情でサーシャが言う……が、俺は先ほどのことが蘇り「サーシャ。必要な時は声をかけて〈くりゃれぇ~~〉だ」と、ニヤリとしながら訂正を入れた。すると、サーシャはフェ~ンッ! と一泣きして更に透明感を増した。


「……グスン。それでも強く求めれば応じてくれる可能性はあるのではないでしょうか?」


「そうだな。試しにサクッと出来そうなのやってみるか」


「……というと?」


(小さい揉め事ってことだよな……)


 追いかけっこをして遊んでいる無邪気な男の子達が目の前を通り過ぎようとする。


「これだ」


 三人が小首を傾げた。


「まー見てなさい」


 俺は得気に下を向き、目に入った木切れを拾い上げるとヒョイと片方の子へ放り投げた――


「イタイ! なにすんの!?」


 追い駆けられていた子が立ち止まり、頭の天辺を押さえながら振り返った。


「なんにもしてないよぉ!」


 追い駆けていた子が心外だとばかりに口論が始まる。


 ヨシ、俺の出番だ……って、なんなのだ、その呆れ顔は?


「や~や~君たち。どうしたんだい?」


「この子が何か投げたんだよぉ!」


「やってないよぉ!」


「よ~し、わかった。お兄さんは見ての通りの裁判官だ。君たちのお話をしっかりと聞いたところ、お兄さんに任せて裁判するのが一番だと思うよ? ということで、ボク、この大きい!? ち、小っこい本に手を翳してくれるかな」


 見れば小指サイズとなっている【法の書 《サーシャ》】を指し示す。補佐役の二人は不安気にコソコソと話をすると「私たちはサーシャ殿から間接的に威光ホーリーを利用することしか通常は出来ませんぞ!」と、シーレさんが耳打ちするようにサーシャに伝え「頑張って供給します!」とサイズの割にデカい声で担当本は答える。

 

 そうして、被害者の子は手を翳す……経緯が薄っすらと流れ込んできた。うん、間違いなく犯人俺★

 そして、もう一人の子にも翳してもらおうとするが後ろ手にして渋った。


「別にいいけどぉ、この子の言うことが、ぜ~んぶ正しいことになっちゃうよ~? 君、ワルイ子になっちゃうよぉぉぉぉ!?」


 内面の大人のやらしさ全開でそう言うとイヤイヤながら手を翳した。


「それでは、裁判をはじめまーす!」


 いつもと順序が変わってしまったが、どうにか進められた。

 俺はコネクトしない動線を握り込むように【Mother】を探し求める。


(……)


 暗闇の中を当てもなく彷徨っているかのようだった。

 今まで気付かなかったが、コネクトするということが世界そのものと繋がり網羅しているような感覚だったことに気付く。


(ここじゃない……)


 場所……というか空間。または、世界そのもの。

 なんともよく分からないが、とにかく他へ意識を向けてみよう――


(…………ふえ!?)


 漂うようにしていると【Mother】が安置されていた場所へ吸い寄せられるようにして意識が行き次いで吹き上がるようにして昇る感覚があった――


(なんだ、ここ……)


 ――心安らぐ、光に満ちた場所。


 溶け込むような感覚。


(なんか、最高……)

 

 輝きに包まれていると、俺そのものが、まるで光となっていくような気がした。

 すべての悩みや鬱屈としたものがどうでもよく思えてきて、その幸福感に満たされ脱力する・・・と、


(――しっかりせぬか)


(!?)


 頭の中に響いた声に俺はハッとなる。


(危ねぇ……)


 そう、自我を失い掛けていたのだ。甘美な誘惑と表現してもいいこの空間は流射芽直正という存在を満たす代わりに消し去ろうとしていた。


(集中、集中……)


 俺は、こなすべきことに全神経を集中させた。

 

 そして――


『い……たーーーー!!』


 ほんの微かだが光の中に【Mother】の残り香とでも云うべき導線を見つける。

 はっきりとはしなかったが、とにもかくにも其れを引っ掴むようにコネクトして皆の場所へ意識を戻す――!


「――サーシャァァァァ!」


「はいぃぃぃぃーーっ!」


 俺は共鳴するサーシャへ威光ホーリーを受け流した……が、めっちゃ僅か!

 それでも必死になってサーシャはその威光ホーリーを二人へと供給していき、その期待に応えるようにして二人は途轍もなく小さな法廷陣と文書作成編集機を形成することに成功した……が、


「いや~、判決まで辿り着けんだろ……」


 シーレさんは子供達の足元へとへばり付き未来ある少年に聞かせたくない独り言を息遣い荒く繰り返し脆そうな法廷陣を必死で展開している。

 涼ちゃんはイライラしながら小指の爪の先でタイプして節目節目で唾を吐きながら今にも職務放棄してしまいそうなほどに機嫌を悪くしている。


(しゃーない。グレード下げよ)


 甘く堕ちるような先ほどの体験と、そこから助けてくれた声の主が誰なのかを頭の片隅へと追いやって目の前の事に集中した。


「君達……仲良しだよね?」


 二人は声を揃えて笑顔で頷く。


「そうかそうか! じゃあ何も白黒つけてどっちが悪いかなんてする必要はないよね!? ここは一つ……調停ということで和解成立といこう!」


 一番エネルギーの掛からない方法に切り換えた。俺はミニチュアサイズの調停調書をサラリと作り出し、この人達だいじょうぶ? という顔を向けている子供達にソソクサと飛ばして別れを告げた。


 □


「サーシャ、どうよ!?」


「はい! ゲスなやり方ですが間違いなく効果はありました!」


 ゲス言うな……。


「それにしても、流射芽さんも少し元気になったみたいですね……」


「ん? ああ。やっぱり何かやってる時の方が調子いいみたい」


「そうですか……」


「どした?」


「……今までの裁判のことを考えていたのですが、もしかしたら流射芽さんは【Mother】が威光ホーリーを発現させる為の媒介ではなくて、ご自身の力の拠り所としているのではないでしょうか?」


「どういうこと?」


「先程は調停でしたが、それでも消耗するものです。ところが、流射芽さんにはその様子がみられません。これは威光ホーリー自体が流射芽さんのエネルギーの源となっている可能性がある、ということだと考えられます」


「へ~、なんか良さそうだな」


 じゃあ早速もっと頑張ろう! ということで、俺らは子供達が仲良くしているにも関わらず火のない所に煙を立ててコツコツと調停に励んだ。

 そうして、三日目ともなるとサーシャの体も透けなくなり簡易的な裁判なら可能なくらいにまで戻っていた。


 これを踏まえて分かったことは、サーシャが元の姿に戻れば戻るほど制約レギュルスを掛けられる相手が増える、いわゆる抗制約アンレギュルスの資質者に対する行使力が上がるということ、裁判官としての俺の潜在能力ポテンシャルが求められること、その為にはこの世界での経験を増やしていくしかないということだった。


「やるべきことは見つかったんだから、粛々と熟そう!」


 とは云うものの、この頃には街の子供達が明らかに俺らを敵視しているということは自明の極みだった……。



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