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法司者  作者: ひとひら
3/26

お達者で

 西側にある俺の執務室となる部屋へ案内された。

 そこは、中央から数えて五つ目のところで、その隣の六つ目の部屋が俺が寝起きする場所だという。大方の裁判官は、生活に慣れると裁判所周辺に居を構えるらしい。サーシャの話によると、この辺りは裁判所を取り囲むようにしてエウティアという街があるのだそうだ。諸国の人達がセントーリア最高裁判所を一目見ようと観光がてら訪れることで出来あがったらしい。


「お着きになられました」


 扉を開けながらサーシャが中へ声を掛ける。

 覗いてみると、中央を広く空けるようにして、二人の女性が向かい合わせで木製の事務机を前に腰掛けていた。女性二人の後ろには、書棚が背高く据え置かれていて裁判資料の膨大さを物語っている。恐らく、正面奥のアンティーク調の机が俺のだろう。


(おっと)


 二人の視線を感じて、会釈した。

 すると、それが合図となったように二人が立ち上がり近づいて来た。

 向かって左側の女性の身形は、紺色のメンズスーツと思われるスタイルで白のワイシャツから覗くショートの淡い同系色のネクタイがそれを引き立たせていた。

 足元はローヒールのパンプスを綺麗に履きこなしているのだが、何と言っても真っ赤に燃えているようなロングヘアーが彼女の全てを映えさせていた。凛々しい表情を一層素敵なものとしている。


「初めまして、マイマスター。わたくしシーレ・メタリアと申します」と、彼女はそう言って右腕を体の前で折り曲げて挨拶をくれた。

 身長は、俺よりも高い。パッと見180cmは超えてるんじゃないだろうか。それに、シャツのボタンを弾き飛ばさんばかりの立派なお胸がなんとも素晴らしい。今の俺の外見であれば、恐らく彼女の方が年上だろう。


「初めまして、シー――」


「メス豚とお呼びください」


 時が、止まった。


「シー――」


「セントーリアが生んだ奇跡、千年に一度の逸材! ド腐れビッチのメス豚とお呼びください!!」


(讃えてんのか貶めてんのかどっちだよ)


 気が付けば、握手をしようと出しかけていた手を俺は引っ込めていた。


「危険人物。構う必要ない」


 少女は簡潔に述べる。


すず……」


 無表情に見えなくもないその子。彼女の服装はというと、ベロア素材のようなダークストレイトグレーのワンストラップを履きライトブラウンを基調とするフォーマルな学制服のような装いで、チェック柄のスカートがブレザーとよく合い女の子らしさを引き立てていた。それに、まるい黒縁のメガネと深みのある黒髪のショートヘアがとても印象的で可憐な顔立ちに華を添えていた。


(それにしても、こんな小さい子が就業しているとはねぇ……まー、こっちの女性ひとよりも真面まともそうだし、いっか)


「よろしくね! す――」


「――ちゃん」


 何か、聞こえた。


「……え?」


「――ぉ兄ぃ、ちゃん……」


 そう呼ぶ幼な声は、奈落の底へ俺を引きずり込むような、そんな戦慄を覚える響きが備わっていた。その子が、小首を傾げて虚ろな瞳で続けようとする「いっぺん、死ん――」という言葉を俺は手を当てて遮った。


「シ、シーレさんは、訴訟の受理や裁判が始まった時の法廷陣の術式展開などを務めます。とっても優秀な事務官さんなんですよ!」 


 気まずい雰囲気を和ませようとしてなのか、サーシャが明るい調子で言った。

 

「ストレスが溜まりましたら……いえ。溜まらずとも、罵声・羽交い絞め・鞭打ちなど、いつ何時なんどきでも欲望のまま、この性奴隷めを存分にお辱めください!」


(ヨダレ垂らして言うなや……)


「す、涼ちゃんは、裁判中の発言や出来事を記録する書記官さんなんです! 神童と呼ばれているんです!!」


「いつでも改竄かいざんしてあげる……」


(堂々と不正宣言!?)


「……さ、裁判は、この4名で明日から執り行われまーす!」


 頬をヒクヒクとさせながらもサーシャは笑みを絶やすことなくそう言って、お開きとなった――。


 翌日。

 サーシャや他の二人が何処に住んでいるのかを聞いてみたところ、シーレさん涼ちゃん共にエウティアの街中で、シーレさんはSMグッズ専門店の上のスペースを賃借していて、涼ちゃんは劇薬を販売する薬草店に下宿させてもらっているという。

 サーシャはというと、この執務室で本の姿となって眠るそうで、担当本の中には居を構えた裁判官と一緒に生活する(姉達)も少なくないらしい。


「なんだかまるでカップルか夫婦。あるいはメイドだな」と、俺が言うと「だから言ったじゃないですか。1人と1冊で1つ。一蓮托生、公私混同、死なば諸共だって」と、自慢げに返して来た。


 二つほど増えていたが、スルーした。


 そうして、午前中から裁判が執り行われた。

 法廷に入る前、執務室でサーシャから法服を渡される。


「ほぉ……」


 同じようなデザインだったが、こちらの方が断然いい。清潔感があってシルクのような厚手の生地は縫い目もとても丁寧だった。通気性もよさそうだし、何より品がある。

 あっちの世界の物といえば、薄っぺらくてみすぼらしくて、些末な物だった。黒い理由が汚れを目立たせない為なんじゃないかと疑ったりもしたもんだ。そして、そんな装いで人を裁くという事に俺は抵抗があった。恰好じゃないかもしれないが、相手にとっては一生のうちで早々ない事。それなのに、下手すれば穴の開いたそれを纏って裁くとは何事か。以前、そのことを【狩猟民族】の同期に話したことがあるのだが「裁くんじゃなくて、()()ね」と、言葉を訂正された。


「サーシャの着ているそれも、法服なの?」


 気を取り直して、先日から目にしているサーシャの服を眺める。仕事モードのようだ。欲情しない。


「はい。この法服の色には、それぞれ意味があります」


「?」


「私の白は、清廉コーラル、ということを表しているそうです。それと……」と、サーシャは恥じらう様子を見せる。


「ん?」


「あなた色に染めてください……というのが、隠れた意味としてあるそうです」と言った。


「た、担当本によって違うのかな!?」と、シドロモドロになりながら仕事モードが崩壊するのを堪えて尋ねる。すると「はい!」と元気よく彼女は答えてくれた。


「ちなみに、この黒は?」


 袖に腕を通す……うん、ピッタリ。


「泰然や従容を表すそうです」


 俺にピッタリ……ということにしておこう。


 法廷の造りは、あちらの世界とほぼ一緒だった。

 違う点と言えば、原告と被告がそれぞれ着席する椅子が法壇の方を向いて用意されていることと、俺らが其処へ上がる為には、傍聴席の端から上がって行かなければならないということ。後は法壇裏に控室がないということぐらいだった。まぁ、判決を不服として襲われたりすることがないのであれば、問題ないのだろう。


 ――そうして、それぞれ所定の位置へ向かう。


 法壇の下には、昨日の執務室と同様の位置関係でシーレさんと涼ちゃんが席に着く。因みに、涼ちゃん以外の他の事務官さんや書記官さん達は皆シーレさんと同じようなスーツ姿だという話しで、先ほど此処に入って来る途中で見掛けた。


「――それでは、これより裁判を執り行います 」


 尋問席でサーシャが本に姿を変えるのを確認してから、俺は極力威厳が損なわれないように姿勢を正して宣言した。

 傍聴席には、数人の人達がいるのだったが、雰囲気から察すると恐らく傍聴マニアだろう。何処の世界にも人の不幸はなんとやらがいるもんだということに俺は思わず苦笑してしまいそうになった。


(――!?)


 そんなことを考えていたらサーシャと見えない導線のようなものでコネクトしたような感覚があった。それと同時に【聖:法の書】、通称【Mother】と繋がったような感覚もあった。顔が火照る。血の流れが逆流するような滾るものがある。そうして、威光ホーリーの脈動が俺の中で渦を巻くようにして流れ込んできた……とても強い力。気を抜けば、暴走してしまいそうな紙一重の力。呑まれないように意識を集中しながら、俺はサーシャへ受け流していく。そして、シーレさんと涼ちゃんに供給されていく。


 サーシャが単独で可能なこと、それは、記憶を読み取って()せること。【Mother】の力を受け流す理由は、適用する法を俺と共有して制約(レギュルス)を発動させるため。俺が媒介となることで、それぞれが力を発揮することができる。他の二人も、役割を果たし始める――


 威光ホーリーを受け取ったシーレさんが立ち上がり、部屋を覆うようにして術式を展開していく。高い天井へと手を翳して、サーシャが俺を連れてきた時のような文字とも文様ともつかないものを造りだして室一杯に満たす。


「民事法廷陣、術式展開! ――亀甲縛り!」


(おい……)


 涼ちゃんはというと、独り言を呟きながら術式で形成された文書作成編集機を使いひっきりなしにタイピングをしている。


「●¥£И¶Ю……Fu○k……」


(こっちもかい……)


 妙な言葉はさて置き、二人の仕事ぶりに俺は感嘆した。


「原告の方。尋問席へお願いします」


 辛気臭い原告は立ち上がり尋問席に着く。

 俺は改めて裁判資料に目を通した。


 名前/ストーリ・アラティス

 性別/男性

 年齢/42歳

 職業/引きこもり

 訴状内容/時効の援用に依る所有権の取得確認


(フム……それにしても引きこもりって職業なの??)


 七三に整えられた白髪交じりの髪に貧相な相貌で、古びた小説の頁のようなローブに線の細そうな体を包み込んで一枚革のフラットな履物で存在感薄く佇む。

 そんな彼が、輝きながら宙に浮くサーシャへ手を翳した。この瞬間、俺の中に原告アラティスさんの訴訟の経緯が伝わってきた。


(ん? この感覚……)


 説明を聞いていた限りでは、サーシャから提供されるのものを受け入れるような、そんなつもりでいたのだったが、実際のところサーシャ自身を手繰り寄せているような感覚だった。まるで、形のない感覚だけのサーシャ。なるほど。確かに一人と一冊……そして、一つだ――。


「次。被告の方、お願いします」


(こちらはっと……)


 名前、バルバ・シラドさん。

 職業は採掘師。年齢は本人も知らないとのこと。

 立派な体躯で角刈りの頭は概ね白。厳めしい顔に見事なまでの顎髭を生やしているのだが、低い団子っ鼻には何処か愛嬌がある。

 仕事熱心の余り二十五年ほど家を空き家状態にしていたところ、久々に帰ってみると知らない男が住みついていたので追い出した……と。


(フム)


 麻色のタンクトップをタイトに着こなす姿や紺のズボンの上からでも分かる四頭筋の逞しさは間違いなく肉体労働者であろうと思わせるものがあった。

 そして、そんな被告さんも何枚にも重ねているであろうブーツをゴツゴツといわせながら尋問席へ立ち、ぶ厚い掌を翳した――。


(なるほどね)


 頭の中に適用可能な法と判決が入ってきた。

 まぁ、そうなるわな。


「判決を言い渡します」


 そういうと、俺の中に威光ホーリーが一層激しさを増して流れ込んでくるのが分かった。

 そして、目の前には、碧く光り輝く真っ白な判決用紙が浮かび上がって来た――


(かっけぇぇぇ……)


 右手を書面の左端に翳して、そこから一気に横へと走らせる!

 すると、更なる輝きを放った書面には掌から溢れ出すようにして顕れた文字達が次々と刻まれるようにして文言となっていった。

 見れば涼ちゃんのタイプのスピードが上がり、シーレさんも術式を強めている。


「はんけーつ! 原告の訴えを棄却します!」


 判決文は双子のようにして二通となり、原告・被告のもとへと飛んでいき、それぞれの体の中へ溶け込むようにして消えていった。


(いや~、感動……)と、俺が酔いしれていると「なんでですかぁ~」と、原告さんは涙ながらに訴えかけてきた。


「えっとですね~、判決文にも書いた通り、時効の援用をする為には条件があるんですよ」


「だから、もう18年も住んでるんですから認められるはずですよねぇ~?」


「それは『善意』いわゆる『知しらない』ということと過失がない場合です。ですが、貴方の場合は、その家が自分の家じゃないということは理解されてますよね? 流れ込んで来た記憶によると、名札を確認してましたもんね?」


「はい……」


「ということは『悪意』、『知っていた』ということですから、20年経たないと時効は完成しないんですよ」


「そんなぁ~……」


 原告さんは泣きじゃくる。


「……」


 本来であれば、さっさと戻ってしまうのが裁判官なのだが、折角の異世界だ。

 違う方法もあっていいんゃないだろうか。


「バルバ・シラドさん」


「なんだ?」


 その様子を見ていた被告に、俺は声を掛けた。


「シラドさんは、またお仕事で出掛けられるのでしょうか?」


「ああ。また長いこと留守にする予定だ」


「でしたら、アラティスさんに留守を預かってもらうというのは如何でしょう?」


 そこで、アラティスさんはピタリと泣くのを止めて、シラドさんに情けない顔を向けた。


「……そうだな。家の中も綺麗になるようだし構わん」


 シラドさんはそれだけを伝えると「仕事だ」と言って、何処へともなく去って行った。


「ありがとうございますぅ~」


 アラティスさんは心優しいその背中へ向けて、泣きながら感謝の言葉を送った。


(……いい光景だな)


 ふと、思い出す。駆け出しだった頃、人を裁くことに悩んでいた俺を先輩が飲みに連れて行ってくれたことがあった。


「流射芽くん。判決文を書くっていうことは、冷静に冷酷になるかもしれない答えを導き出すということよ。だからといって、非情な人間になることではないわ。人としての温かみを持ちつつ、一文字一文字に思いを込めて判決文を作り上げる。そうして、何があろうと全力で責任を持って受け止めることだと私は思っているの」


 俺は、今でも言葉一つ一つを確かめるようにして話す先輩の眼差しと、その後に恥ずかしそうにして笑った赤いリップの口元が忘れられないでいた。そして、


 先輩はいなくなった――。


「よ~し! 一発目、無事終了ー!!」


「流射目さん、お疲れ様でした」


「マイマスター、見事なお裁き。感服いたしました」


「ぉ兄ぃちゃん、ようやった」


 三人共に満足げな表情を浮かべている。どうやら、出だしとしては上々のようだ。


「よし! 二件目は?」


「本日は、これで終了です」


 サーシャが不思議そうに言う。


「どしたの?」


「流射芽さん。どこか調子悪い所とかないですか?」


「全然。むしろ絶好調! 若返ったせいかな?」


「そうですか……」


 そして、翌日も難なく裁判をこなした。


「サーシャ。悪いんだけど、もうチョイ裁判の数増やしてくれない? なんだか鈍っちゃいそうなんだよね」


「……分かりました」


 翌日から3件

 翌々日5件。

 翌々々日10件。

 翌週には1日30件をこなしていた。


「あの……流射芽さん?」


「なに?」


「体調は?」


「すこぶる良好!」


「……不思議です」


「何が?」


「普通、あり得ないんです」


「何が?」


「どんなに耐えられる裁判官でも、良くて一日五件が限度なんです。それを流射芽さんは圧倒的に凌駕しています……」


「そうなの? ま~俺が問題ないって言ってるんだから、いいんじゃないの?」と言った、その時!


 ――ゴゴゴゴゴッ!


「なんだ!? 地震か!?」


 強い揺れが襲ってきた!


「こんなこと、初めてではないでしょうか!?」


 サーシャは不測の事態に考えを巡らせる。

 シーレさんは「最高の仕打ちですぞ!」と、興奮一入こうふんひとしお

 涼ちゃんはというと「ぉ兄ぃちゃん、楽しい……訂正、怖い……」と言って、俺の脚にガッチリしがみ付いて離れない。


 ――んでもって、そうこうしていると、


「(ワッチァ【聖:法の書】でありんすぅぅぅぅ)」


(……は?)


 全員が顔を見合わせたあと、サーシャを直視する。

 【法の書 (サーシャ)】は、瞬きするのも忘れて固まっている。


「(ワッチァ長い年月、この世の秩序のため身も心も捧げて参りんしたぁ……特に体をw。なのに未だ身請けの話もありんせん。ワッチもこのままじゃあ、行かず後家とそしりを受けちまいんすぅ。なのでそろそろ、この世界(遊郭)から足を洗い実家に帰らせて頂きたいのでありんすぅ……ついてはいきなりドロンなんてこたぁワッチの心意気が許しんせん。当面の間は皆々様の【Mother】として、必要な時には、声をかけてくりゃれぇ~~~~)」


「――行こう!」


 俺らは急いで【性:花魁おいらんの書】もとい【聖:法の書】の室へ向かった――。


「――あっ!?」


 部屋へ辿り着いてみると、ちょうど【聖:法の書】である【Mother】が宇宙そらから降り注ぐ光に覆われ浮上するところだった。


「【Mother】!!」


 サーシャが悲鳴とも取れる声を【聖:法の書】へと送る。


「さ~ら~ばぁ~~~~――」


 そうして【Mother】は駆け上るようにして宇宙そら高く俺らの与り知らん実家とやらに帰っていった。


 ■


 直後、辺境の地。

 一人の女が、何もない僻地で佇んでいた。

 両手をまじまじと見る。

 空を見る。

 ゆっくりと、辺りに目を遣る。

 そうして「戻って来た……」と、赤い唇を引き攣らせて笑った。


 女は独り、喜びで打ち震えている――。



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