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法司者  作者: ひとひら
17/26

訴訟

 日が昇り、王都に一日の訪れがやって来た頃。


「ヴワ~~ンッ! 死んじゃったかと思いましたぁぁぁ!」


 俺はサーシャに抱きつかれ、全身の火傷の痛みで死ぬかと思った。


「サーシャ……ごめん」


 仰向けのまま、アゴを軽く引いて謝罪した。

 サーシャは昨夜の出来事については、まったく気が付かなかったようだ。


「いえ……悪いのは私です。担当本として、何もできませんでした……」


 【法の書】は、唇をギュッと噛みしめ俯く。


「いや。俺が裁判官として逸脱してしまい、自分を見失ってしまったのが原因だよ……あの、それでもし、許してもらえるのであれば……その……許して欲しいと、思ってるんだけど……」


「流射芽さん……」


 もちろんです! と、サーシャがまた抱きつこうとするのを慌てて押し留めて、「二人は?」と聞いてみた。昨日の夜も姿が見えなかった。


「実は――」


 話を全て聞き終え、俺はサーシャに肩を借りて隣の部屋へと向かった。


「シーレさん……涼ちゃん……」


 それぞれ二人はベットに寝かされていて、呼吸以外は、ピクリとも動かないでいる。

 サーシャの話では、シーレさんと涼ちゃんも俺と同じようにして倒れて、既に十日が経っているという。それからメルティナ以外の、二人のメイドさんに付いても、少しだけ分かったことがあった。


「直接、威光ホーリーを受け入れた影響が計り知れません。また、体内に残ってしまっているそれが回復の邪魔をしています。外傷などはありませんが、最悪、このまま目を覚まさない可能性も……」


 そう俺らに告げたのは、年長メイドさん兼プリーステスのクリル・アルボットさんだった。

 この人が溶け出していた俺の体を全身全霊の治癒魔法で救ってくれたとのことで、それでも彼女は「完治までには至りませんでした……」と、悔しそうにして話し、火傷については少し時間が掛かりそうだと言っていたのだが、俺は素直に礼を述べた。

 

「……あまり、気を落とされませんように」


 そう励ましてくれたのは、年少メイドさん兼、忍ぶ者のかえで・ノアちゃんだ。


「……」


 俺は自分の愚かさが悔しくて、堪らなかった――。


 □


 サーシャに、「怪我人なんですから!」と、ベットに戻され今は横になっている。

 あれから襲撃者達は城へと連行されたそうで、色々と尋問を受けているそうだ。

 そしてあの獣人は、重傷ではあるものの命に別状は無く、これまでの悪事を洗いざらい聞かれてもいないことまで喋っているらしい。

 その話によると、前宰相および前薬師ともに宰相の命令で暗殺したことも話したそうだ。


「……」


 もしかすると、かなり以前からの経緯が伝わったというのも、耐え切れずに話したかった表れなのかもしれない。

 それに、俺が怒りに我を忘れたあの光景の後、彼は吐き出し嗚咽していた……。

 多分、辛かったんだろう。

 半獣であること……が、なのか。

 人を殺め続けること、が、なのか。

 或いは其の両方なのか。

 それは分からないが、辛かったんだろう。


「……」


 改めて自分の悪逆無道な行為が許せない。

 罪の重さを恣意的しいてきなもので天秤にかけては、裁判官を名乗る資格なんて無い。

 それならいっそのこと、異世界ならば存在するであろう、勇者にでも任せておくべきだ。


(俺は、裁判官……)

 

 それをもう一度、噛み締めよう。

 俺の世界と同じように法が存在する、この世界の法曹の者として。

 偉大な魔導師様のお蔭で出来た、セントーリア最高裁判所を拠り所として――。


 そしてそんな事を肝に銘じて反省しつつ、現状を考察してみる……。

 少し、色んなことが一気に起こり過ぎた。

 サーシャの話に出てきた、俺から発せられた黒い炎というのは、一体なんなのだ?

 感覚だけで言えば、俺の力のような気がしなくもない。

 けれど暴走してしまうのであれば、ただ単に途轍もなく危ない代物というだけだし、それに、今でも胸の奥に疼くようにしてあるのが、其れかもしれない……。

 とにかく自我を失わないこと、今の所、それに尽きるだろう。


 そして、あの女……。

 あんなヤツが野放しになっているなんて、大丈夫なのか?

 けれど今の俺にはどうすることも出来ないし、訴状の山を思い返してみても、あの女絡みの裁判になるような出来事なんて、起こってはいなさそうだ。

 多分こちらは当面の間、どうしたって経過観察のような立ち位置になりそうだな。


 それから最もどうにかしなければならない問題。

 シーレさんと涼ちゃんを、どうしたら助けられる?

 幸いにもあの禍々しい力は、サーシャや二人には流れ込んではいないようだ。

 そして今、あの二人にはホーリーの残滓のようなものがある。

 どうにかして、それを取り除ければ。


(……)


 俺は、あの二人を何としてでも助けたい。

 あんな目に遭わせてしまった償いをしたい。

 その方法……何か……何かないのか――

 

(ん? ちょっと待てよ……)


 そこで俺は、一つの方法を思いつく。

 

「シーレさんの術式ってさ、裁判を円滑に執り行ったり、裁判外に影響を及ぼさない為に必要なんだよね?」


 俺の腕の包帯を巻き替えているサーシャへ聞いてみた。顔や下半身などはそうでもないのだが、腕と胸周りの血漿けっしょうが酷い為に、薬草から出来ているという軟膏を柔らかい布に塗ってもらい、その上から巻いてもらっている。

 サーシャは俺の唐突な質問にキョトンとなったが、「そうですよ」と、直ぐに返事をくれた。


「涼ちゃんの書記は?」


「情報の共有や後世に伝え遺す為、また、不測の事態に備えてのものです……」


 言葉の終わり際、サーシャの視線が自然と落ちた。

『Re、スタート』……制約レギュルスの失敗や裁判の決定的なミスがあった場合などに掛けられる切り札。

 事務官と書記官の体力を著しく消耗する禁じ手。

 中にはこの所為で死に至ることもあるのだそうだ。

 そんな危険を冒させてしまったことに、胸が締め付けられる……。


「あのさ……制約レギュルスの力で、ホーリーを取り除けないかな?」


 ――その後、サーシャとの激しい討論の末、俺の提案を試してみることとなった。


 甲斐甲斐しく世話を焼いてくれているメルティナ達に事情を伝え、その部屋から一時退避してもらって、サーシャと二人、部屋のドアを閉めた。


「流射芽さん、本当にやるんですね?」


「ああ……」


「……分かりました」


 サーシャが諦めに似た表情で姿を変える――。


 そうして俺は、フラつく体をなんとか堪えて、二人へ訴状を読み聞かせた――


「訴状! 損害賠償請求事件 セクハラ・モラハラについて!

 原告、流射芽直正!

 被告、シーレ・ノノ並びに涼!


 右の者らは、自身の性的趣向の満足を得んが為、原告に対し、昼夜問わずSMプレイおよび兄妹プレイの強要を迫ったものである!

 原告はこれに対し、拒否の姿勢を一貫して貫いた!

 ――しかし!

 被告らは常日頃から、隙あらば原告へと擦り寄り、事を成就させようと躍起になっていた!

 その為、原告は次第に心身衰弱に陥り、遂には先日、その苦しみから逃れようと、自身の体に火を放ったものである!

 原告は辛うじて一命を取り留めたものの、心と身体に深い傷を負ってしまった!

 従って、被告らに対し、その身に宿す威光ホーリーの残滓というべきものを損害賠償として請求するものである!」


 一気にまくし立て、サーシャに手を翳す。

 そして、シーレさんと涼ちゃんにも……


 経緯が流れ込んでくる。

 サーシャが如何に惨状を控え目に説明してくれていたのかが、よく分かった。

 シーレさんや涼ちゃんが見ていたものは、醜悪そのものの裁判官《俺》の姿……。

 あんな奴の為に、自分の命を賭すなんて――


「!?」


 建物が激しくきしみ出した。

 やはり、シーレさんの術式が展開されていないことの障害が、直ぐに表れてしまったようだ。


「流射芽さん、急ぎましょう!」


「ああ!」


 判決を下す。


「――原告の請求を認め、被告らは即刻、威光ホーリーの残滓を原告へ差し出せ!」


 判決文を二人へと飛ばす。

 すると二人の中に書面が融和していって、レギュルスが掛かったことがはっきりと伝わってきた。そしてその身体からは、直ぐに威光ホーリーの残滓が光りの玉のようにして現れ浮き出てくる……。


「さっさと来い!」


 その言葉が通じたのかどうかは分からないが、その二つの玉は、俺の方へと突貫するようにして飛んできた。そして俺は、それを自分の胸の中へと押し込むようにして受け入れた――。


「ヴッ!?」


 どうやら一度取り込まれたものは、純粋なものではないらしい。

 まるで、体の中で取り押さえるようにして、それとせめぎ合う……。

 そうして取り込むことに成功した俺は、その苦しさの余り、床へ崩れ落ちた。


「流射芽さん!?」


 サーシャは直ぐに姿を戻し、俺を抱きかかえる。


「……」


 そして俺はまた、気を失った――。



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