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切ない銀杏並木(7章 個性的な教師たち)

 

 7章  個性的な教師たち



どこの学校にも 名物先生というか

個性的な先生が生息している。


興奮すると顔面蒼白で頭部が小刻みに震えるインテのT市先生は

理科準備室の標本チックで ある意味怖かった。


俺的にはインテの 伴ちゃん がお気に入りだった。

低くこもった声 その つぶやきトークはライト感覚で良かった。



教師の代名詞にもなるニックネームも

多種多様で 一目で その個性を表しているものもあれば

しばらく観察したり 付き合ってみないと

分からないものまであり 興味深い。


また先輩たちから受け継がれる伝統ネームや

その学年 そのクラスでしか通用しないローカルネーム。

2つや3つもある迷走ネームまで有ったりする。


印象に残る個性的な教師も数多くいて 

思い出すたびに顔や声 そして仕草までが

鮮明に浮かんでくる。



印象的には普通で コレといった個性はないのだが 

全校生徒に恐れられていた教師が地理を教えていたK野先生だ。

みんなから「メルカトル」と呼ばれて恐れられていた。


世界地図のメルカトル図法から付けられたらしいが

「メルカトル」と発声する時に限って出るヘンな

イントネーションと何故だか 酸っぱそうな表情をする

トコがやたらと生徒にウケたので 

そう命名されたローカルネームだ。


何が怖いって 進級テストに世界の首都名を出題し

100点合格しないと地理の単位を与えない。

つまり留年させるのだ。


自分の人生において100点のみ合格といった経験が無かったから 

この経験はある種のカルチャーショックみたいなものだった。


一般的に80点ぐらい平均で優秀な部類で賞賛されるのが

0点も98点も同じ扱いになるんだから厳しさを感じると同時に 

やってやるゾと意気込んだ。


このテストは 全ての生徒が真剣に取り組んだ。

なんせ留年なんてカッコ悪い。


上履きや体操服が違う色になり1学年下の生徒が

突然クラスメートになって 1学年上に元クラスメートが存在し 

それらに気遣いしながら 又されながら

学校に行くなんて 想像するだけで背筋が凍りつく・・・


テスト前にでもなると各生徒は お互いに出題し合ったり 

情報交換したりと教室内は殺気立ってくる。


「アセってオーストラリアとオーストリアを間違うと

シャレにならんよなぁ」

「日本の首都は名古屋って書いて 

ウケ狙いでコケた先輩がいるらしいやん」


などと意味のない情報交換をしていたりする。


首都名ぐらいなら難解な科学記号や数式を憶えるより

簡単な事なのだが満点のみ通過のプレッシャーは予想以上だ。


結果 ウチのクラスで1人を除いて全員合格した。


「何で?あいつが!」

不合格の理由はカンニングだった。

その生徒は俺より勉強は出来たがテストを甘く見たのか 

満点のプレッシャーに

負けたのか。そして退学していった。



怖さはないが いつも授業を脱線する先生がいた。

数学担当のM先生だ。


特に別名を持っているワケじゃなかったのだが「M」先生が

2人存在していたから「Mジュン」と呼ばれていた。


黒板に文字や図形を書く時に「ヤーヤーヤー」と

言いながら書くクセが有ったから よくモノマネの

対象にされていた先生だ。


そして この先生の脱線ネタのほとんどが登山ネタで

自分が大学時代からハマっていた登山を語らせたら

エンドレス状態で その登山ネタの中でも得意分野なのが

「ウンコネタ」だった・・・


ほとんどの生徒が退屈な数学の時間がつぶれる事が嬉しいので 

必要以上にウケて少しでも多く語らせる作戦。

ノセられる方も「お前ら上手やなぁー」

と あきれながらも瞳を輝かせながら自らの武勇伝?を

ひたすら熱く語るのだった。


しかし女子生徒たちにはカナリ不評で

「止めてよォー」「汚いヤーン」

とブーイングの嵐。


「ロッククライミング中のウンコはどうするのか・・」

「ウンコ中にクマに遭遇したらどうするのか・・」

「ウンコはどれぐらいで自然に帰るのか・・」

「太平洋と日本海の分水嶺でウンコするとどうなるのか・・」


などなど 次から次へと出る出る・・・


身振り手振り しゃがみフリまで交えて自分の

人生哲学である「ウンコネタ」いや「登山ネタ」で

1年間引っ張ったんだから脱帽。


ふと視線をN美に向けると意外にも必死に笑いをこらえつつ

ウケていたりする。


「オィオィそっち系は大丈夫なん?」俺は少しアセった・・・



そのお陰で数学のテストは解答が出てこない完全な便秘状態だった。

アハハ・・

人気ランキング的には高位置につけていた「Mジュン」だったが

「一言多い」ことでも有名だった。


脱線ネタでドッと教室を沸かせて 立ち去る直前に一言ネタを

発射してスッと去るのがMジュンの芸風だった。


その日 ターゲットにした生徒に指を指し 

日頃からネタ帳にでも書いてるんじゃないかと思わせるような

「一発ギャグ」を鮮やかにスパッと決めるのだ。


「そこの天然パーマと言い張ってるアナタ スカート長過ぎ!」

「そこのカッパ頭のアナタ メガネに色付けちゃマズィよっ!」

「そこのダラッとしたアナタ 育児?に疲れた顔してないかい!」

などなど・・・言われる側は結構キツィ・・・



そして ついにN美がその洗礼を受けてしまった。 

教室から立ち去る直前にN美を指差して


「そこのアナタ 栄で男と手つないで歩かないでよっ!」


いつもよりインパクトの弱い内容に教室は ややウケ状態。


しかし言われた本人は凍りついていた。


そのまま休憩時間に入る頃 N美は泣き出してしまった。


E子やK代が寄り添って何か言っているのと 

内容が彼氏ネタだったこともあり 俺は声をかけられずにいた。


初めてN美の涙を見た!と 同時に彼氏の事を言われて

ショックを受けているN美にショックだった。


在学中にN美の涙を3回見たが その1回がこれだ。

もう1回は俺が泣かせた。


それはランチタイムでの出来事だった。

仲良しグループが完全に形成されると

別の席まで移動して弁当を食べていた。


俺の席にヒロユキが移動してきて1つの机にイスを

向かい合わせにして弁当を広げていた。

ヒロユキは人気者だったから 自然と他の生徒も集り

N美 E子 K代 A子あたりも近くにいた。

そこでチョットした事件は起きた。


弁当を食べていたN美の箸が折れた。

いつもの調子で俺が ツッコミを入れる


「箸が折れると悪いことが起こるんだぞぉー」

そう言うと同時なN美の表情が曇り始め 

ついには泣き出してしまった!


「おーぃ そんなコトぐらいで泣くなってー」

言葉にすると同時に心の中でも そう思った。

他の女子の白い視線が俺に突き刺さる。ヤバッ!


N美とは何でも話せる関係になっていたから 

それぐらいのコトで凹むN美には正直ビックリした。


3回目の涙は後で詳しく・・・・・・



話題を先生に戻す インテ講師でT橋先生がいた。


普段は一般の建築都市設計事務所の所長をしていて週に1回 

この学校に何かの講師として来ている。


俺も授業を受けていたのに「何か?」とはヘンだが

何の科目でどんな内容だったのか全然記憶に無い。


きっと俺にとってインパクトのない授業内容

だったんだろうナァ きっと。


それでも名前と顔だけがハッキリ思い出せるのにはワケがある。

特定の女子生徒に興味?があるチョイ エロ教師だったからだ。


いくつかの噂はあったようだが詳細は不明。

この辺が上手なのかも・・・


ある日授業が終わった直後のザワついた教室をT橋先生が去る時 

1番前に座っているY子の胸を触るフリをして出て行った。

何でそんなコトをする必要があったのか 意味不明のシーン。


休み時間にヒロユキが「Y子ちゃん何かされたのぉ?」

と聞くと「うん 胸触られちゃったのぉー」

といつものニコニコ顔。


普通?に返事してるY子にもビックリだけど 

他の生徒がいる前でのT橋先生の行動にも目を疑う。


もしかして これが目的で講師を引き受けてるんか? 

なら困ったものだ・・・



そしてY子のビックリネタがもう1つある。


学校帰りに尼ケ坂の手前で Y子が俺に向かって

小走りで近付いて いつものアイドル顔で こう言った


「今ネェ駅でおチンチン出してる男の人がいたよー」


「はァ何だってぇ?」そんな話ニコニコ顔でされても

俺も対応に困る。


「そ!そんでどだったん?」の問いかけに

「それがねーおっきくてぇー・・」


「じゃなくてさァ 何かされたとか 

声出したとか 人を呼んだとかでしょ」

それに「お○○○○」じゃなくて「アソコ」とか

「下半身」と言わないかァ 普通。


俺は急いで駅のホームを探したが それらしい人は

結局 見付けられなかった。


ユキコはいつもニコニコしているのだが 

こんな時までとは恐れ入った。

「♀女って ホント解らない生き物だよなぁ・・・」




保健体育の先生でH部先生がいた。特に記憶に残るでもなく

特徴のない先生だった。ただ ある授業が記憶に残っているのだ。


「今日は生徒だけで討論会をしてもらうからなー」

そう言って黒板にこう書いた。「フリーセックスについて」と


そして賛成派と反対派 それに中立派に机を分けさせた。


賛成派は声のでかぃボーイッシュなA子と誰か忘れたが

もう1人の合計2人。反対派と中立派で残り半々って感じで

向かい合って着席。


だいたい賛成反対と言ったってフリーセックスの意味が

理解されていないのだから始末が悪い。文字のまま捉えると

「自由な性」になるが コレじゃもっと意味が通じない・・・


運転手がいないフリートークという名のバスはノッキングを

起こしながら ノロノロ発車していた。


「高校生なのに そんなことする必要あるのかなぁー」

「それ自体悪いことじゃないから本人の自覚やないかなぁー」

「重要なのは精神的なつながりなんだからあれが有るか無いか別次元だョお」

・・・などなど・・・

「あれ」や「これ」が多いオブラートトークの連続だ。


除々にではあるが意見が出始めて次第に議論は白熱してきた。


A子からは「中立は黙っててよ!」


中立から「そんな言い方おかしいよ!」


白熱戦はさらにヒートアップしていく。。。


申し訳ないがトークの中身より興味を持ったのが

俺の男子チーム情報網によると賛成派のA子は「未経験」


で反対派の中には豊富な経験の持ち主の女子が結構いるってことと 

それと 女子チームが主体でトークバトルが繰り広げられている点だった。

男は黙って行動あるのみか?!

 

E子は終始無言でずっと うつむいたまま 

K代なんかは机に額を押し当てて耳までふさいで徹底抗戦状態。


K代はコレ系の話題に全然ついて行けない体質だった。

入学間際に一部の男子から面白半分で持ってきた外国のモロ雑誌を

無理やり見せられて号泣していたぐらいだから。


中立派は俺みたいに興味があるのにテレてるタイプが多い感じ・・・


トーク中に俺はN美を探していたはずだ・・・絶対に。 

しかし そのシーンだけ記憶に無い。かんぺきに無い・・・


きっとこんな場でのやりとりを純情なN美に聞いて欲しくない。


「N美だけはこんなコトずっと知らないでいて欲しい」


そんな願望が都合よく記憶を消し去ったのかもしれない。


もしかするとN美も その場にいること自体耐える事だったのかも

しれない 震えていたのかもしれないのに・・・・・・・



 結果的にN美だけは俺の期待通り

「ずっと知らないでいてくれた」。


N美には彼氏がいたし普通の女の子だったから

「もう全部知っている」と周囲

から思われていたが現実はかなり違っていた。


N美がそんなコトに恐怖感や嫌悪感を持っているのを 

俺は知っていた。




2人の距離を縮めてくれたインテリア製図室での出来事だ。

割と自由に会話が出来るし資料の持込が出来る自習感覚の授業で

N美は雑誌「セブンティーン」を持ち込んで見ていた。

メイクにファッションや恋愛といつの時代でもありがち系の

雑誌で女子高生のバイブルでもあった。


いつもの背中合わせの位置からN美が「ネェ おっじさーん」

と背中越しに俺を小声で呼ぶ。その頃ヒロユキと俺はオヤジギャグの

連発を年中無休24時間って感じだったから

N美は少しおどけた時や甘えたい時に

俺をこう呼んでいた。


「どしたぁー」と振り向くとN美はその雑誌に連載されている

漫画のページを指差して「性病って怖いネ」って真顔で俺を見た後 

その雑誌を差し出した。

不気味なホラー調の漫画が描かれていた。

性病に感染した女性が無機質にゾッとするぐらい淡々と描かれていた。


少しだけページをめくっただけなので全体のストーリー

こそつかめなかったが その病気の怖さを伝えるには充分過ぎる

醜い顔に仕立ててあり 今でも鮮明に脳裏に焼きついている

と同時に胸の奥から湧き上る重い嫌悪感を覚える。


男の俺にとっても なかなか拭えない その時の嫌悪感が 

女のN美にとってどれだけ苦痛だったか想像するに耐えない。


その時の嫌悪感がその後のN美の人生に少なからず影響したことは

事実であり俺も影響を受けた。 

いや2人にとって 同じ暗い影を落としたと言った方が 

正しい表現なのかもしれない・・・


たった一冊の雑誌の呪縛に縛られ 生き方自体を翻弄される事がある。

信じられないが それもまた哀しい現実だった。

「事実は小説よりも奇なり」の格言にあるように・・・


その製図室で垣間見たN美の不安げで少し怯えた表情と

細い肩をみつめながら


「俺が ずっと ずっと守ってやるからな 」と心の中で誓った。


N美の3回目の涙と自転車愛好会との決別。

この一見関連のなさそうな事柄が意外な形で 点が線へと 

本人の意に反し 繋がる出来事が起きた。


2年に進級しようとしていたある朝 

高校生活で最も重苦しい経験をした。


いつものように教室に入ると異様な空気に包まれている。


教室全体が静まり返りE子やA代そしてN美が机に伏して

泣いている・・・・

絶対に涙と無縁のA子までが 辺りかまわず嗚咽を漏らし。


「何なんだ! 何が起こっているんだ!」俺も気が動転した。


「何かあったん?」近くにいた女子生徒に問いかけた。

誰に聞いたのか覚えていないが すすり泣く声が響く教室で 

聞き取れないぐらいの小さな声が返ってきた。


「体育のH川先生が死んだらしいって・・」


「はぁ?」


言ってる意味が分からない。もう一度聞いてみる


「ホント何があったん?」


まったく同じ回答が返ってきた。

しばらくは目の前で起こっている この光景や 

その言葉を簡単に受け入れる訳にはいかなかった。


優しい瞳で「一緒にやらんかぁー」と

陸上部に誘い続けてくれたH川先生が・・


覆い尽くす よどんだ空気の中 少しずつだが 

断片的に情報が入ってくる・・・


「車を運転中の夜半の事故らしい」・・・


「電柱への自損事故で ほぼ即死だったらしい」・・・


「部活用のワゴン車で衝撃を吸収できなかったらしい」・・・


持てる限りの情熱と私財を陸上部の活動や部員に

注がなければ私立に対抗できない環境から 

身を削る想いが心身共に災いしたのか・・・


あの優しい瞳を想い 全身が振るえ 

自然と こぶしを握り締めていた。


「N美に何か言わないと・・・・・」


「俺が何か言わないと!」


混乱する頭で思い巡らせるが 先生の優しい瞳が脳裏に

映し出されたまま 全身の中枢神経を麻痺させていて

言葉にならない。


「身体が重い」

「息苦しい」

「普通に声が出ない」


最悪の俺。


N美に勇気を持って向き合う自信がなかった。

それこそN美以上にボロボロに泣いてしまいそうで・・・ 


情けない自分を見せるのが際限なく怖かった。


卑怯者の俺はその日 N美と向き合えずにいた。


「守ってやる」なんて思い上がっていた自分の存在が

うとましく醜く感じられてならなかった。


結局この日を境にN美と俺 2人の生活は一変し


対照的な行動に出る事になる。

間もなく1年の想いが詰まった教室を後にする 


少し寒い朝の出来事だった。



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