第一次鷹宮家異能力大戦
「……ん」
間の抜けた声と共に瞼が開かれ、カーテンから差し込む朝日が部屋の隅に置かれている姿見に反射していた。
重い首を動かして枕元に置いてある時計を見れば、現在時刻は八時。本来ならとっくに学園へと通学している時間だが、今日は休み。その心配もいらない。
よいしょ、と上体を起こそうとしたはいいが、引き留められるような感覚が俺を襲う。
そこに視線を向ければ、純白レースパジャマ姿の鈴莉が俺の右腕に自身の腕を絡めていた。寝起き特有のトロンとした瞳が、俺を見つめる。
「なーに? 朝だよ、起きて。もう少ししたら朝ごはん作らなきゃいけないんだから」
「……やーや。もう少し寝るの」
「全くもう……」
しょうがないなぁ、と思いつつも、寝る体勢には入らない。
だから、俺は迷いなく──
「んっ…………」
鈴莉の口から漏れ出る甘い吐息。それを確認してから、触れていた唇をそっと離す。
鈴莉は本来、甘えん坊だ。二人きりになれば遠慮なく甘えてくる。だからそれを利用して、頼み事を聞いてもらわないとね。
「……今はこれでいいだろ? 続きはまた、起きてから」
「うんっ!」
おやおや、目が覚めたと同時に元気も注入されたようで。
「じゃあ、着替えてからリビングにおいで。階段はゆっくり降りなよ?」
そう言い、俺も手早に着替えてから朝ごはんの準備を始める事にした。
この後に起こる事象を、知る由もなく──。
「よし、上手く出来た」
さて、朝と言えば目玉焼き。定番だわな。
という事で鷹宮家も、例の如く超半熟のベーコンエッグである。
勿論、副菜である簡易サラダも作り、昨夜にこっそり作っておいた味噌汁をお椀に注ぎ、牛乳と白米を三人分食卓に並べる。
これで、俺のすべき事は終わった。後は鈴莉たちが起きてくるのを待つだけだ。
なんて、噂をすれば──と思いながら、上から聞こえてくる足音を聞く。他でもない、鈴莉の足音だ。
それが近付くと同時に、リビングのドアが開かれた。
「おはよー……。あれ、天音ちゃんは?」
「おはよう。まだ起きてきてないが」
「え、そうなの? てっきりもう起きてると思ってたのに」
「多分疲れてるんだろうな。色々あったから。……まぁ、起こしてくるよ。鈴莉は先に食べてな?」
「はーい、了解っ!」
朝からテンション上がりまくりの鈴莉に苦笑しつつ、俺はリビングを抜けて廊下の途中にある和室──天音の自室──へと向かう。
その途中で一度立ちどまり、耳を澄ます。聞こえてきたのは──
「あ、あれ、コショウの蓋が開いてる!? 何でぇっ!?」
最早悲鳴にも近い、鈴莉の驚愕の叫び。
それを聞いて、ガックリと肩を落とす。それと同時に、また思い出した事があった。『鈴莉は、全てが裏目に出る』人間であると。
体質的なモノではない。ただ単に鈴莉がドジなだけなのだが。
張り切って何をやろうとしても、全てが失敗してしまう。そんな子、なんだよな。
さて。ようやく来ましたるは、ねぼすけ妹の部屋の前。
ドアをコンコンと軽くノックし、返事がない事を確認してから、しょうがないなぁ……と思いつつ静かに開けた、俺、だが──
「天音ー。朝、だ……ぞ…………?」
──ピシャリ。
中に見えた有り得ない光景に、思わず語尾が疑問形になってしまう。
いや、でも、これは……しょうがなくね?
再度、恐る恐るドアを開くが、その結果は同じだった。
しかし、本人に聞かぬ事には始まらない。そう決意し、一歩、また一歩と足を踏み入れていく。
「っても、何でこんなに物が揃ってるんだよ……」
この部屋は長く使っていなかった為に、家具類は置いていない。あったとしても、客人用の羽毛布団だけである。
だが、今。この和室にあるのは、物、物、物。敷地内に余す事なく物が置かれているのだ。
この和室の中心には、合わせたかのような茶卓のローテーブルに、座椅子。
向かいには四十六インチのテレビとテレビ台が置かれており、その中にもCDやゲームソフト等が収納されていた。
床には何かの材料か、長短様々の鉄パイプが散乱している。
この異変の当事者であろう天音は布団の上でスヤスヤと眠っており、先程の鈴莉の叫びでも朝日を受けても起きない事から、かなり疲れているんだろう。熟睡中である。
あーあ、コイツを起こすのにまた一つ理由が増えた。
まぁ、何にしろ。起こすという事実は変わらないのだからね。
「あーまーねー、起きろー」
安らかな寝顔を見せている妹様に声を投げかけつつ、足元に散乱している鉄パイプを避けながら天音の方へと進む。
肩を揺すって再度起こしてみれば、聞こえてきたのは苦悶に近い呻き。
「朝から何を呻いてる。朝ごはんの時間だよ、起きろ」
「……やー」
「やー、じゃない。後はお前だけなんだよ」
「だったら、天音は後に……」
「ならないならない」
仕方がない、最終手段だ。
そう意気込んで、俺はある種の使命感を感じつつ毛布を剥がそうと試みる。
しかし返ってきたのはビクともしない手応え。こればっかりはお前、毛布掴んでるだろ。既に起きてるだろ。
「……何でお兄ちゃんがここにいるんですか?」
それに次いで聞こえたのは、その紅い瞳を隠す事なく大きく開いた、絶対零度の如く、天音の声である。
ゾクリとした。背中に悪寒が走った。それをいち早く察知した俺は、咄嗟にバックステップをして天音から距離をとる。
だが天音はさほど気にする事なく、淡々と続けていく。
「あまつさえ、布団を剥ごうとするなど言語道断。そういうのはもっと親睦な関係になってから──というか、お兄ちゃんの相手はお姉ちゃんでしょう? オマケに寝顔をじっくりと眺めた挙句っ……!」
「いや、別にそういう事をしようとしたワケじゃなくてだな……」
「何かと誤魔化して有耶無耶にしようって魂胆は見え見えですよ?」
……やべぇ。コイツ、全く聞く耳を持ってないな。
いや、ハッキリ言って天音は可愛い。そういう部類に入るのだが、鈴莉のソレとはまた少し違う。
愛らしい、に対し、清楚、である。そういう事だ。
それを自覚しているのか定かではない天音は、身体をわなわなと振るわせた後──バッ! その足で、毛布を蹴り上げたのだ!
そして抱き抱えていたらしいクッションを、俺目がけて投擲してくる。
「如何して勝手に入ってくるんですかっ!?」
「お前が起きてこないからだろうが!」
「だったらドアの向こうから呼びかけるとか、お姉ちゃん使うとかすれば良かったじゃないですかっ!!」
「前者はやったよ!」
叫び、チラリと天音が手にしている投擲物の類へと視線を移す。
……よし、後はバナナクッションと枕、プレステのコントロールのみ──!
と思っていた時期が、俺にもありました。
それらを一通り投げ終えた天音は、口を三日月形に歪めながら呟く。
「確か人間っていうのは、人体に強い衝撃を与えれば意識と記憶が飛ぶんですよねぇ……?」
直後、その手に握られたのは一丁の白銀の回転式拳銃。
これは、『コルトSAA』。リボルバーの中でも初弾速が速く、早撃ちに適している銃だ。
が、それは一つだけではなかった。もう片方の手に握られた同じ銃は、
──何も無い虚空から、創造されていたのだ。
意図せずスローモーションに変わる視界の中、既に天音はその照準を俺の眉間に合わせ、撃鉄を起こすモーションに移行している。
乾いた音が二発鳴り響いた刹那、銃口から発火炎と共に非殺傷弾が放たれた。
実物でないとはいえ、眉間に当たれば脳震盪は免れない。
それに、天音はどんな経緯とはいえどソレを使ってきたのだ。
なら、俺も同様のモノで対抗するだけ。
──刹那。耳に届くは、一つにも聞こえそうな、二つの金属音。
その音源たる銃弾は重力に引かれて床に落ち、カランという音を立てて鳴いた。
天音は一連の光景に目を見張っていたが、それは今、俺が一番したい事である。
安堵の息を吐いてから、未だ俺へと銃を向けている天音へと向かって叫ぶ。
「大体なぁ、いきなり銃を向けて撃つヤツがいるか!? しかも非殺傷弾とはいえ、手加減抜きだろ!?」
床に散乱していた鉄パイプの一本。それを手にしていた俺は、円状に弧を描くようにして回していた。無論、アレを回しただけでは銃弾は防げないのだが。
「今の、って……?」
「お前と同じ事だ。同種族なのだから、何ら不思議はないだろう?」
「まさか、それが──お兄ちゃんの異能ですか!?」
その問いに、俺は笑みを持って肯定の意を示す。
──異能。文字通り、異端の能力。
時の流れの中で能力とも魔法とも言われる、言わば人外の扱うべく力だ。
現時点で異能を開花──扱えるであろう──していると思われる人間は、俺たち『忌み子』と《鷹宮》の血を多かれ少なかれ引いている人間だけである。
逆に言えば、国内には《鷹宮》の血族から分散した人間しか異能者はいないという事だ。
その中でも俺たち《鷹宮》の本家筋は『万能』が如く異能を扱う事で、尊敬の念を持たれている。
そんな《鷹宮》だからこそ、人の上に立つ事が容易になった。異能を駆使すれば、地位を上げる事など造作もない。
テレパシーで人の心が読めれば上手く立ち回れるし、念話が使えれば重要機密を外部に漏らし、それによる悪徳企業の壊滅でさえもが出来る。
その力の象徴ともいえるのが、ここ、学園都市だ。
企業合併をし、大企業を創り上げ、問題が起これば政府を抱き込み──エトセトラエトセトラ。
だから《鷹宮》は、かの四大財閥にも劣らずの知名度と経済力を誇る一族ともいえるだろう。
しかしそれはあくまでも分家の話であり、《鷹宮》の本質たる異能者組織の統括者、《長》は世に姿を表さない。まぁ、『万能』たる異能の使い手なのだから、それも当然ではあるが。
……そんな俺たち《鷹宮》の意はただ一つ。
『忌み子』と『異能者』の存在を世に出回らせない事だ。権力さえあれば揉み消すのは容易い。それ故の、異端の存在。
代々と発展しつつそれを念頭に置きながら、《鷹宮》は歴史を積み重ねてきた。
──閑話休題。
俺は鉄パイプで未だ呆然と立ち尽くしている天音と後ろのドアを交互に指し、告げる。
「……起きろ。朝ごはんだぞ」
「…………はい」
~to be continued.