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忌み子と少女


──絶対にその能力を一般人には話しちゃいけないよ。


縦も横も、右も左も分からぬ暗闇の中。

幼少期、両親に言われた言葉が脳裏を過ぎる。


──蒼月も知ってるだろう? 『忌み子』の御伽噺を。

その事を知られたら、蒼月は今までに無いほどの苦しみと痛みを味わう事になるからね。


それと同時に、言い知れぬ恐怖感を覚えた。


──まだ蒼月は小さいからパパとママが守れるけれど、大きくなったらそれを自分で隠さなきゃいけないんだ。一般人には。


思わずしゃがみ込み、耳を塞ぐ。

だが、それは関係なしに脳裏へ過ぎっては消えていく。


──もう、二人は居ないんだから。


それを聞いた途端、突如現実に引き戻されるかのような感覚に襲われた。風が吹き荒れ、何かに引きずり込まれる感覚。

気が付けば、足元にはポッカリと大きな穴が空いていた。

無論、俺は成す術もなく、堕ちていくだけ。





──僅かな風圧を頬に感じた後、現実へと戻される。

反射的にベッドから跳ね起きるように上体を起こし、直前まで観ていた光景を脳内で反芻していく。


「……夢、か」


ポツリと呟いた言葉は、思いの外、部屋に響き渡った。

それにしても、嫌な夢を見たものだ。この夢は近しく見なかったのに。暗示でもあるというのか。

そう思いつつ立ち上がり、自室の脇に置かれている姿見に全身を映した。茜色の陽の光が反射して、地味に眩しい。


そこに見えるのは、何の変哲もない自分の顔。だが、他の人間から見れば稀有だと思われるであろう顔。

……いや、正確には顔ではなくて、左目の蒼い瞳か。

それに手を伸ばし、軽く触れる。


そして昔から伝えられてきた御伽噺を、誰にともなく諳んじる。

日本発祥の、世で最も有名な御伽噺を。


「このオッドアイは、異能を持つ『忌み子』の象徴」


それ故に、


「『忌み子』はその名の通り人々に忌み嫌われてきた。御伽噺でのように、災厄を齎す象徴として」


これも何度言ったか分からない。ルーティンのように淡々とそこまで言い終え、グシャグシャになった茶髪を手櫛で整える。

そして壁掛け時計を見て現在時刻を確認し、キャビネットから財布と小さな蓋を取り出した。


それを取り外して手馴れた手つきで左目に装着したのは、右目と同色の黒のカラコン。

幼少期から続けてきた事で、俺がオッドアイだと──忌み子だと、周りに気付けさせない為の工夫だ。


そうすれば、何処にでも居る少年にしか見えない。

無論、俺の家族と一部の人間しか、俺が忌み子だと……異能者だという事は知られていない。

それがバレれば、身に危険が迫るだろうから。



長財布を羽織ったトレンチコートの内ポケットに仕舞い、誰も居ない我が家を後にして近場のスーパーへと向かう。

今日は日曜日。一週間分の食料を買いだめするのには丁度良い日だ。

しても、高校生でそれが出来るのは祖父母の仕送りのおかげなのだが。


ふと周りを見渡しながら歩けば、見えるのは大通りに行き交う車と、先に見える東京湾。そして、高層ビル。その看板には《鷹宮》と名が入っている。

ここが、祖父が経営している会社である。……いや、それだと語弊があるか。

正確には、祖父が経営している会社の支部だ。


──《鷹宮》。

その歴史は古く、起源を探るには四〇〇年以上をも遡る。

現代で名の知られている四大財閥にも負けず劣らずの経済力と影響力を有しており、そこそこ名の知られた企業といった感じだ。


そして今、俺が暮らしているこの地区。辺りは海に囲まれており、島のような構造になっている。人工浮島メガフロートだ。

ここも《鷹宮》が開拓し、企業を誘致する為に造られた土地の一つ。現在は学園やショッピングモール、研究所などが集まって、一つの学園都市と化しているが。


「っとと……行き過ぎた」


連なるビル群だけを見ていて渡るべきハズの横断歩道を通過してしまった事に気付き、慌ててUターンする。

点滅し始めた信号に急かされて小走りで渡り、目的であるスーパーへと着いた。

中に入ると、時間帯が時間帯なので、買い物客でごった返していた。暖房などいらないほどだ。


「流石に多すぎだろ……!」


人波に揉まれ、押され、持っていたカートですら手から離してしまう始末。

「まったく……」と愚痴りながらやっとの思いでカートを取り返し、群衆から少し離れた場所に移動する。


そしてこの後の行動を決めようと、やや思案して。

……確か、隣接しているホームセンターがあったハズだ。そこでしばらく時間を潰して、人が少なくなったタイミングで買い物を始めよう。タイムセールも相まって一石二鳥だろう。


そうして、ホームセンターの方へと歩いていった、のだが──。


──ピロリン♪


「……うん?」


財布と共にコートの内側に仕舞っておいたスマホが音を鳴らす。

画面を見れば、通話着信らしい。そのお相手は、


「もしもし、結衣(ゆい)さんか?」


『えぇ。悪いわね、こんな時間に。買い物中?』


「ご名答」


受話器から聴こえてきたのは、大人びた女性の声。その主は、鷹宮結衣さん。

俺のはとこに当たる人物で、親戚内では祖父母に次いで関係が深い。

それにしても、何故こんな時間に電話を掛けてきたのか。この必要性があるのは、だいたい()()()()の話の時だけなのだが。


『実は、話があってね。アンタの幼馴染がいるでしょ? あの子がアンタの家に住む事になったわ』


「……ん、何? 聞き間違えたかもしれないからもう一回言って?」


『いや、だから。幼馴染がアンタの家に住む事になりました、って事よ。だから、早く買い物済ませて家に帰りなさいな。待たせちゃ悪いでしょ? そんだけよ、じゃあね』


「あ、ちょっ……!」


理由は──と言おうとしたが、その直前に通話を終了された。

そして、俺の胸中には言い知れぬ不安感が募っていく。

だが──


「行かなくちゃ、いけないんだよなぁ……」


結局はやらなければいけない。無視したら関係が拗れるだけだ。

なるべく遅くならないようにしよう。そう思い、手早に買い物を済ませたのだった。






「重い……!」


スーパーの入り口から出て早々、俺の口からは苦悶の声が漏れ出る。

無理もない、一週間分の食材を買ったのだ。総重量は二桁を優に越えるだろう。

両手が塞がり、しかも重みのせいで満足に歩けない。


……近道しよう。

そう思い、大通りから逸れた裏路地にある公園へと入っていく。街灯も点々としか立っておらず、一気に暗さが増した。


「……うん?」


すると、その内の一本に照らされたベンチに佇んでいる一人の少女が視界の端に掛かる。

この時間に少女が一人とは珍しい。しかも中学生くらいに思えるが、下手したら補導対象やチンピラ共の餌食になりかねないんじゃないのか。ここは注意喚起ぐらいしておくべきかな。


「……君、こんな時間にどうした?」


近付きつつ、なるべく怖がらせないように安心感を与えた声色で問う。

俺の問いかけに俯いていた顔を上げた少女は俺を見るなり目を見開いたが、それも一瞬の事。すぐに答えてくれた。


「え、あの──ちょっと……涼みに」


だがその声に抑揚はなく、負の感情が多く篭っているように思える。

しかもこの季節。三月上旬というこの寒い時期に涼みにきたというのも、変な話だ。

あまり他人を詮索したくはないのだが、もう少し、話を聞いてみよう。


「この季節に涼みにくるというのも変な話だけれど。……もしかして、家で何かあったのか?」


「…………」


食材を入れたビニール袋をベンチの傍らに置き、「隣、失礼するよ」と声を掛けてから座る。そして彼女の顔を覗いてから、気が付いた。


──この少女、かなりの美形に分類される顔付きだという事に。

ごく一般的な茶髪のツインテールに、同系色のライトブラウンの瞳。右目が髪に隠れているが、そんな事すら気にならないほどに端正な顔付きをしている。


なら尚更、夜に置いておくワケにはいかない。

しばらくの沈黙の後、再度顔を上げた少女は前髪を揺らしつつこう答えた。


「……家族が」


「家族、が……どうかした?」


「皆、死んじゃって。家には私が独りだけで……」


涙声で発せられるその言葉に、背中に悪寒が走るような感覚に襲われる。

同時に、辺りから声が降り掛かってきた。


「や、ちょっとそこの兄ちゃん。カノジョ泣かしたのかぁ?」


「カノジョ泣かすとか最低かよ。嬉し泣きなら別だけどなぁ!?」


「そりゃそうだ! ギャハハハッ!!」


振り向けば、背後にはいつの間にか近寄ってきていた──それぞれ金髪、鼻ピアスに、手の甲に入れ墨を入れている──ガラの悪い男たち。少し先を見れば三台のバイクがあった。


見れば人目で分かる。コイツら、暴走族か……! よりによって一番絡まれたくなかったヤツらに絡まれたぞ……!


俺は条件反射的に背後の少女を庇うようにして立つ。

それを見たリーダー格らしい金髪の男は不気味な仕草でニヤリと口の端を上げると、ベンチに座って目線を合わせないようにしている少女へ向かって問いかけた。


「ねぇ、こんな兄ちゃんはほっといて俺たちと一緒に遊ばない? ゲーセンとか連れてってあげるけど。美味しいモノもあるよ?」


コイツは言葉巧みに騙しているつもりなのか流暢に語り続けるが、こちらとしてはウザったらしいだけ。

今すぐに警察に電話してもいいのだが、事態を悪化させたくはない。


一通り語り終えた金髪は言っても無駄と判断したのか、対象を俺へと変えてくる。


「兄ちゃんは来る気無いかい?」


「生憎、すぐに家に戻らなきゃなんないんで。お金も持ってませんよ。貴方たちが欲しいモノは、何も持ってません。ほら、行くよ」


刺激しないように言った、ハズ……なのだが、その発言が逆に火に油を注いでしまったようだ。

金髪が少女の手を取ろうとする俺の肩を掴み、耳元で囁く。


「何なら、力ずくでも良いんだぜ? 俺たちは」


「えぇ、どうぞ。構いませんよ? そもそも──」


「ガッ……ハッ…………!」


と言い終えない内に、金髪の鳩尾にエルボーを叩き込む。

咄嗟の出来事に反応出来なかった金髪は、その場で声にならない声を出し、気を失うようにして崩れ落ちた。


「残念。相手が悪かったね」


……いやはや、まさか幼少期から祖母に護身の為に教わっていた格闘技が役に立つとは。改めて護身術の素晴らしさを知ったよ。


そして残るは、ピアスと入れ墨男。そのまま格闘技で圧倒出来れば最善なのだが、やはり不良と言おうか。並大抵ではいかないな。


彼等がズボンのポケットから取り出したのは、一本の折りたたみ式ナイフ。携帯も隠匿も容易な、身近な凶器だ。

出した辺り、使う事は目に見えているが……さて、どうしたものか。


「……君は早く逃げて。俺の事は気にしなくていいから」


「でも……!」


「早く!!」


俺に押し出されるようにして立ち上がった少女の前髪が、風にヒラリと靡く。

刹那、見えたのは、少女の隠れていた右目の瞳。















俺をしっかりと見据えたその瞳は────紅く、紅く、光っていた。



~to be continued.

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