今は、知らないから幸せなだけなんだ。1
あんだけまったりしてたから読者としてもかなりクルものがあると思うが、これからは少し大人な話をしよう。
そもそもなにをもってして大人と子供の区別をつけるんだ的な話もしようかと思ったが、それはただただ邪魔なだけの蛇足になるだろう。それに僕がこの話題について語るとそれだけでラノベ1冊分に相当しそうだ。恐ろしい事に。
なのでこの話は置いておいて。
僕が、人間になるための物語を、始めよう。
最近よく変わったねと言われる。主に留美に。
自分でもそう思う。特に瑞乃と恋人になった日からだろうか。今までとは世界の見方が変わったよう気がする。
例えば、今まで起きるのすら億劫だったのが、瑞乃に愛に(会いに)行くために俊敏な動きでベッドから飛び降りたり。今までも遅刻すると面倒だから早めに家を出たりしていたが、早く瑞乃に会うためにさらに早く家を出るようになったりとか。今までは本が主体で主軸で主権だったのが瑞乃が最優先になったりとか。
こういう理由の全てが瑞乃関連になったりとか。
もし今瑞乃がいなくなればどうなるのだろうか。
半年前に戻るだけなのに何故かとても恐ろしい。怖くて仕方がない。
ただーー戻るだけなのに。
もし瑞乃がいなくなれば。僕は、どうなる?
そんな『もし』が実現する可能性を、僕は、知る事になる。
色々な本を買ってきて早数ヶ月。
その数ヶ月で9割がた読んだが、まだ未読のものもある。
その消化をしている時だ。
その時読んでいたのは脳科学の本。
多重人格障害による脳へのダメージ、海馬への危険について書かれていた。
軽度の少女の場合はそこまでの問題はないのだが、重度の、例えば自覚無しにもう一つの人格がある解離性などの場合は要注意だそうだ。
最悪の場合は記憶を失うとか。海馬が機能しなくなるそうだ。
普通の記憶喪失ならばなんらかのきっかけで記憶が戻ることもあるのだがこの場合は、脳への負担を少なくするために海馬から記憶が漏れだす。つまり海馬に記憶が全く残っていない。だから記憶を戻すのは不可能だそうだ。
この時はこんな記事はそんなに気にしていなかった。記憶の底に、海馬に加えただけだった。
それが、あんな事になるなんて。
最終章、始まります。
まあ最終章の後に後日譚というか少なからず救いもあるんでね。




