彼女は。
二日連続で色々あり、すっかり疲れてしまった僕は、翌日寝坊してしまった。なんとも珍しい。寝坊すると逆に面倒くさいから普段は絶対早く起きるのに。
普段ゆっくりと歩きながら学校に行っているのだが、今日ばかりは朝から猛ダッシュも許してほしい。
「おはよう……」
「遅かったね、寝坊?」
「まあな」
このクラスにおける唯一の僕の話相手である、羽衣。おかしいな……幼馴染は主人公と一緒に遅刻する役目だろ……
授業を軽く読書で流し、放課後。僕が部室に入ると、既に3人共来ていた。タイムリミットが迫っているため、パソコンを持って来た僕は、早速執筆を開始し、30分が過ぎていよいよ大詰めというところで、校内放送がなる。何やら校内にいる生徒は速やかに下校するようにと。直後、再来先生が慌てて入ってきた。
「問題発生だ」
僕たちは続く言葉を待った。しかし先生は、言葉を続けなかった。すぐに帰るように視線を促し、去って行った。
学校に逆らう必要もないだろうと、僕たちは足早に帰っていった。ただ一人、訛りのように足を動かすものを除いては。
僕にその事件の事が伝わるまで、そう長くはかからなかった。具体的には次の日の朝、女子のクラスメイトの会話で。
「どうやらこの学校の生徒が何かやらかしたようね」
文芸部において、調べものをするならばそれは如月月夜に頼むのが一番だろう。なぜならこいつ一人動けば、如月家の人間はわんさと動く。お嬢様だから。
にしても、僕まだ何も頼んでないんだけどな……」
「貴方の事なら何でも分かるわよ?」
「怖いわ」
「何でもは知らないわよ。貴方の事だけ」
「もうちょい胸大きくしてから来て下さい」
お前は三つ編みでもなければ巨乳でもないだろう。しかも、視力良いらしいし。
「で、どうするの?貴方は文化祭をやりたいんでしょう?」
「水上の本が読めればそれでいいんだが、文化祭やらなきゃ読めないからな」
月夜はため息をついた。何かを諦めたかのように。
「なら、私に任せなさい」
「ああ、任せた」
僕は月夜の事を信頼している。
半年間二人で部活をして来たのだ。当たり前のことだろう。なので、今回事件の根本は月夜に任せる。
さて、今僕が何をすべきか。
考えるまでもない。
僕は急ぎ足でそこに向かった。
水上瑞乃の元へ。
僕は彼女の事をほとんど知らない。そりゃ、出会って1ヶ月も経っていないのだから当たり前だろう。
しかし、それは彼女を切り捨てる理由にはならない。きっと、水上瑞乃はこの騒動に関わっているだろう。
彼女の、昨日の足の動き。あの遅さは、何か後ろめたいことがあったからなのだろう。
彼女の筆の遅さもそうだ。たった一晩であのプロットを仕上げたものが、ここまで書けなくなるには何か理由があるだろう。
さて、彼女は今どこにいるのか。この問いは他のどんな問題よりも簡単だろう。それは、屋上。
クラスにおいて、基本的に僕は一人だ。だがクラスや学年内の事件などはしっかりと僕の耳にまで届いている。それは、クラスメイトの会話が聞こえてくるからである。ボッチスキルパネェ。
だから、屋上には人がほとんど行かないから一人になりたい時にはうってつけと言う謎の情報を持っていた。うちの屋上、無駄に高いし、そして唯一鍵の開いている扉は普段使われている校舎から遠い。
水上瑞乃は、僕とは違い一応の人間関係は築いているはずだ。なら、屋上には誰も来ない事を知っているだろう。
まあ、これで外れてもしょうがない。当てずっぽうなんだから。
扉に手をかけ、深呼吸。重苦しい音を立てて、扉が開いた。
そこには、僕の思惑通り水上瑞乃がいた。屋上のフェンスの前に。
「話だけでも聞かせてもらおうか」
水上は顔の向きを変えぬまま、ゆっくりと息を吐いた。
「話す事なんて、無いよ」
彼女の声は震えている。
「訂正する。話さなくてもいい。だが、文化祭はやらせてもらうぞ」
「……帰って」
彼女は小さな声でそう呟いた。
なので、足を半回転。
「いや帰るんだ!?」
彼女は驚いたように振り向く。僕も振り返る。
彼女の目元は真っ赤に腫れ上がっていた。
「帰ってて言ったのはお前だろうが。それとも何か?寂しいの?かまちょなの?」
「いやそうだけど!!でも今の流れで帰る奴いる?」
「ここに一人」
彼女はため息をついて、言った。
「誰にも言わないって約束する?」
「自体を好転させるためなら、僕は平気で約束を破るぞ」
水上は、水気を含んだ瞳でクスリと笑った。
「脅迫状が届いたの。文化祭を中止にしろって」
ある程度は予想通りだった。
「それで、それを学校に相談した」
一つ目があれば、二つ目は簡単に予想の出来る事だろう。
問題はここからだ。文化祭を、どうやって行うか。事件が解決しない限り、文化祭が行われることはない。
「なんて書いてあったんだ?」
「死ねとか殺すとか、がいっぱい書いてある文章。見る?」
「見る」
その横書きの5枚ほどある脅迫状に目を落とすと僕は呆れかえって、思わず笑みがこぼれた。
「なんだこれ、暗号にすらなってないじゃん」
そう、この便箋は、縦読みでこそ、真の価値を見出せる。
『小説を書くな』縦読みで綴られたこの言葉に込められた意味は、明白だろう。嫉妬でしかない。
だとすれば、犯人は限られてくる。
彼女が小説を書く事を知っている人物。
彼女の才能を知っている者。
彼女が小説を書く上で、圧倒的な才能を持っている事を知っている者。
「お前、文化祭で小説を書くって、誰かに言った?」
「えっと、クラスメイト4、5人とかと、両親ぐらいかなぁ」
この時点で、すでに犯人なんてものは分かりきっていた。
無意識に捨てた、その可能性。僕は、どうしようもなく愚かだ。
「月夜、何か分かったか?」
しばし一人になりたいと言った水上をよそに、僕は部室に戻ってきて、月夜と話をしていた。
「そうね、犯人はこの学校の生徒って事ぐらいかしら」
僕は脅迫状の事を話し、月夜に聞いた結果はこうだった。
「その心は?」
「この学校の生徒にしかメリットがないもの」
確かに、両親に娘を脅迫するメリットは無い。すでに書きあがっている羽衣と月夜は除いていいだろう。
だとすれば、クラスメイト。しかし、クラスメイトにもあまりメリットは無い。この学校の文化祭はかなりの規模で、これ目当てで入学してくる奴もいるくらいだ。なら、何故?
「怪しいのは1年1組の佐原さんね。彼女は小説賞に応募しているの。なら、ライバルは潰したくなるでしょうね。あのレベルの才能の持ち主なら、尚更。彼女は水上さんと仲良くしているみたいだし、かなり可能性は高いと思うわ」
「よし、明日から徹底マークだ」
そう言って、僕たちは帰った。
その後、水上は僕たちと入れ違いに部室に来たらしい。